裏側の、更にその側面
――『妄執の狂王』
あくまでも、彼は起因だ。
確かに永劫結ばれると、そう信じて疑わなかったレギウルスとメイルの関係が引き裂いてしまった、発端。
だが、あくまでも直接的な要因はとっくの昔に存在したのだ。
此度の騒動の主要因は、レギウルスが抱える矛盾だ。
あくまでも、あの男はそれを指摘しただけ。
だが、それでも人間という生物はなかなかどうして面倒かつ厄介な生命体なようで、心中複である。
『……ふてくされてるわね』
『……悪ぃか?』
『ええ。ちゃんと、目下の目標に集中して』
『――――』
真っ当な正論に押し黙るレギウルスから視線を傾け、アリシアはすっと目を細めた。
アリシア曰く、彼女は件の男と独自のパイプが存在するらしい。
一定の恩赦――つまること、神々さえも羨むほどの金銀財宝を貢げば容易く懐柔できてしまうのだとか。
それを知っていれば、まだ話は違っていたのかもしれない。
無論、それも栓無きことだが。
『というか、ちゃんと警戒して。いきなり殺気を湧き出た時は生きた心地がしなかった。注意するように』
『……その身長で上から目線されてもなぁ』
『文句でも?』
『異論ないっス』
思わず鬼気を押し殺すことができずに、門番の男へ不信感を抱かせてしまったのは紛れもない失態だ。
その一件に関しては、れぎうるすも言い逃れができないのである。
『折角財産の大半を浪費したんだから。ちゃんと頑張ってね』
『……へいへい』
『聖女』の役職はその過酷さに報いるように、与えられる報酬も通常の聖職者のそれとはけた違いらしい。
それこそ、豪邸さえも保有しているとか。
アリシアはその有り余る金銀財宝を以て『妄執の狂王』へ協力を仰ぎ、見事それに成功してみせたのだ。
それにより得た恩恵は計り知れない。
なにせ、奴の現実改変魔術の効力のおかげでこうして監察官の目を潜り抜け、『祠』へ侵入できているのだ。
『それに関しては、礼を言っておく』
『利子付けて返しなさいね』
『……うっす』
この『聖女』を自称する少女は、断じて「人として当然の~」なんていうきれいごとを吐くことはないのだ。
もちろん、そんな現実を見向きもしないで戯言をぬかす下郎よりは多少なりとも好感はもててしまうが。
『惚れた?』
『お前はエスパーか』
まるでそこに空気が存在する程に至極当然にレギウルスの内心をくみ取ったアリシアに冷や汗が止まらない。
『……イチャイチャしないで』
『おい餓鬼。お前はプラスチックと結婚しろと言っているのか?』
『あら辛辣……でもそれはそれで……』
『貴様……! いつからなんでも亜里な雑食性の変態に……っ!』
と、騒ぎ立てる二人にリーニャの疲れ切った重苦しい溜息は留まることを知らなかったのは言うまでもないだろう。
そうして、傍から見ると黙々と――されど、実際のところ精一杯口論に興じながら、三人は薄暗い地下遺跡を進んでいく。
ふと、レギウルスは先を見据えた。
が、深淵を彷彿とさせる程に光明が及ぶ半径二メートルより先の景色はおぼつかず、依然として不明慮だ。
隠蔽精度も中々だ。
『自戒』により並外れた空間識別能力を獲得したレギウルスにしても、闇夜の全貌さえもつかめないままでいた。
『……なあ、本当にここであってるのか?』
『あら、疑うの?』
『当然だろ。腹黒オンナの道案内しか道標になり得るモノがねぇんだぞ』
『辛辣ね。女の子に対する配慮はないのかしら』
『女の子って……御冗談がお好きなんですねアリシアさんっ』
『へえ……随分と勇猛なのね、あんた。今この場で私が密告すれば魔人族の象徴たるあんたがどうなるか……体感してみたい?』
『まっこと申し訳ございませんでしたっ』
『な、なんて流麗な土下座……っ!』
『感心しないの。反面教師にするといいわ』
流れる水のような動作でなんら躊躇もなく染み付いた動作で土下座という核爆弾並みの最終兵器を行使するレギウルス。
そんな哀れな英雄の成れの果てを、リーニャのつぶらなゴミでも見るかのような眼差しが凝視していた。
閑話休題。
ふと、アリシアは岩盤に刻まれた十字を視認すると、「あぁ」と納得にも近似する吐息をこぼした。
『どうした?』
『いや……やっぱり法国の管理体制って厳重だわって思っただけよ。『祠』本体への入り口が、変更されているのよ』
『――――』
アリシア曰く、アリシアが始めてこの『祠』に足を踏み入れた時は、もっと奥深くにこの十字紋が刻まれていたらしい。
無論、『祠』の本質へ接続される道筋も同義である。
『……一々建設しなしているのか、はたまた『祠』自体が一種のアーティファクトにでもなっているのか』
『ルシファルス家の仕業なら、有り得るわね』
『同感だ』
ルシファルス家はかつての魔人族が『聖女』に対していた憎悪と同様に、相応に畏怖されていたらしい。
なにせ、あの当家は随分と手法が出鱈目だ。
理論上、如何なる兵器も創造できてしまうのである。
仮にルシファルス家の全盛期がもう一度到来するとしたら、その時魔人族は容易く滅びの道をたどっていただろう。
あるいは、これも罠か。
だが、その是非を確かめる手段は、存在しない。
ならば――。
「――行くぞ」
「――――」
吐き気、眩暈、頭痛。
五感が溢れ出す濃密な魔力の渦にどんどん狂い果てていき、正気を保っているので精一杯というのが現状だ。
思わず苦鳴の声を木霊させてしまっても可笑しくはないだろう。
「……つーか、俺たちがこんなところに無断で足を踏み入れていることが露見でもしたら、どうなるんだよ」
「しなし、仮にしたとしても問題ないわよ」
「――。成金野郎か」
「そういうことよ」
レギウルスにとっては非常に業腹なことだ。
十中八九、あの男が有する魔術の効力によりレギウルスたちが如何にはやし立てようが存在が露見するようなことはないだろう。
つくづく、反則的な魔術だと痛感する。
『祠』の根幹からは、この奥底に潜む『龍』の存在のせいか、身に宿った魔力が沸騰でもしたかのような錯覚に陥ってしまう。
レギウルスでさえ歩行でギリギリな程だ。
「……どうやら、『龍』がこの先に鎮座してるって話は事実なようだな」
「当然よ」
ちなみに、『祠』は『龍』が発する濃密な気配に相殺されてしまうことにより、基本的に魔力因子が現世に干渉することはない。
故に、この場に限っては細やかな監視も不毛なのだ。
万が一の可能性を考慮し、『念話』で対話する必要性もこれで皆無となったワケだ。
「――――」
レギウルスは、強張る手先を小刻みに震わせるリーニャを一瞥する。
これからが正念場だ。
リーニャが『龍』の元へ到達し、『聖女』と化することで今は亡きかの人を蘇生させることができるのだ。
そして――その代償は、自分自身の天命。
「っ」
止めたかった。
だが、そのエゴで他者の尊厳を踏み躙るのはもうこりごりで。
「――着いたわよ」
「――。そうか」
アリシアの声音が滑り込むのと同時、彼女は虚空に烈火を浮かばせ、それを証明代わりに運用する。
それまでレギウルスもそれらしい前兆を感じ取ることができなかったが、その全貌を視認した瞬間、由縁が発覚する。
多大過ぎるのだ。
それの気配はさも当然とばかりにこの『祠』を覆い尽くしているが故に、それが平時を錯覚してしまう。
いざ陽光が差すと、それが甚だしい筋違いだと痛感する。
――『龍』。
否。
それは――廃棄物だ。
もはや、それは『龍』だなんていう高尚な存在の原型を保持しておらず、半ば崩れ落ちてしまっている。
どれだけの間酷使されただろうか。
薄く除いた瞳からは、当然の如く生気が感じられなかった。
そして――。
『――――』
『儀式』が、始まる。
「――さあ、『傲慢の英雄』を撃滅しましょう」
同時に、殺戮劇も。




