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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
七章・「約定の大地」
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審美眼と、その挟間














「証明を」


「――――」


 無言。


 機械的ば瞳に怜悧な色を醸し出した中年の男は、すっと目下の三人組を目にし、その糸目を殊更に細める。

 求めるモノは唯一無二。


 資格。


 神聖なる『祠』へ足を踏み入れるに足る存在なのか、それの証明を確認することが、男の使命であり、同時に生き甲斐である。

 一切合切は、いと高き神々へ報いるため。


「資格の、提示を」


「――――」


 男は、返事を待つことなく『審美眼』を発動する。


 これこそが男が聖地たる『祠』の守護に任命された由縁だ。


――固有魔術・『審美眼』。


 その瞳にとらえられたら最後、ありとあらゆる情報は男に筒抜けとなってしまう、破格の魔術なのだ。

 実に尋問官向きの魔術だ。


 事実、男の前職もそうだった。


 だが、こうしてただ人を罰するがために神々の御業を行使するなど、今更ながら言語道断であり、禁忌の所行に他ならない。


――その瞳は、神々のために行使すべきです。


 『審美眼』を併用する度に、いつだって脳裏に焼き付いて離れない、その粘着質な声音が木霊してしまう。

 それでいい。


「――――」


 男はじっと目下の三人組を睥睨する。


 一人はなかなかどうして大柄な、戦士職と言及されてもなんら疑念を抱かないどころか腑に落ちる程の体躯の人物だ。


 男の傍らに、寄り添うとも、されど拒絶するとも言えないような曖昧な距離感で佇むのは、男の娘程度の身長の存在。

 その容貌は真っ白なローブにより覆われていて定かではない。


 が、男にとって資格情報など些末なことだ。


 男の『審美眼』において看破できぬモノなど存在しない。


 仮に万が一のことがあったとしても、控えている近衛騎士が『転移』により迅速に駆けつけ、解決できるだろう。

 それ故に、これ以上なく男の心は凪いでいた。


 いっそ、機械と呼ばれても仕方がない程に。


「――――」


 『審美眼』を併用。


 それにより仄かな闇色に染まったその糸目は、眼前の三面の素性の一切をさも当然とばかりに見抜く。


 ――。

 ――――。

 ――――――――。


「――――」


 悪意、皆無。

 戦意も同様であり、こちらを害するような気配もなければ、記憶に刻まれた経歴にも健全この上ない。


 更に奥深くを探ってみるも、依然として洗脳などという気配はどこにもありやしない。


 資格も有しているようだ。


 ならば――。


「失礼。では、どうぞ」


「――――」


 大柄な男は、恭しく頭を下げる男に対し、ぺこっと控えめに頭を下げ、そのまま踵を返そうとする。

 その、刹那。


「……?」


 ふと、ローブの隙間から、くすんだ金色の髪が見えた気がした。


 金髪。

 そんな髪色を有する重鎮には無数に心当たりが存在するが……やはり、真っ先に脳裏によぎったのは、あの男だ。


――『傲慢の英雄』。


 悪しき魔人族、その精鋭中の精鋭。

 幾多もの修羅の道を駆け抜け、その度に法国へと決して無視できぬ甚大な被害と損耗を生み出した張本人。


 そもそも法国共通の教義の影響により魔人族は人権など存在せず、ただただ唾棄すべき害獣程度にしか認識されていなかった。

 

 だが、この男は忌み嫌われる魔人族の中でも、一際悪目立ちしてしまっているのだ。


 それこそ、普段あれだけ温厚な法王が激情を露わにする程度には。


 依然、法国と魔人国との間柄は友好的……とはいえないものの、なんとか戦火が飛び舞うことはない程度には落ち着いている。

 だが、それでも法国の認識が覆ったわけではないのだ。


 もはや、彼らは魂レベルで拒絶されている。


 故に――。


「――少々、お待ちになってくれませんか」


「――――」


 刹那、男は拍動を忘却した。


 意図的な筈がない。

 男は――否、根幹的な魂さえも突如として空気を張り詰めされたその鮮烈な気配に畏怖の念を抱かずにはいられないのだ。


 死ぬ。


 そう、一瞬で理解できてしまった。


 目をつぶれば、斬殺、殴殺、撲殺と、無尽蔵に自身が死に果てる情景が浮かんでは霧散し、警告でもするかのように再発する。

 それは、ある種の悪夢だ。


 強烈な鬼気を発端として生じた、痛烈な錯覚を以て執り行われる、理性と正気を削り取る、地獄さえも生温い現実と言う名の悪夢。


 この瞬間、男は個人となった。


 『祠』の守護者としてではなく、たった一人の凡庸な感性を持ち合わせる、月並みにありふれた衆愚という孤児へ。


「っ……」


 吐息さえも途絶えてしまう恐怖。


 もはや、男にそれ以上役割を全うにできる筈もなく――。


「――何か、要件でも?」


「ぇっ?」


 故に、絶命さえ覚悟していた男は、突如として滑り込んできた鈴を鳴らしたような澄み渡った声音に目を見開く。


 あるいは、それは水に飢えた砂漠遭難者がやっとの思いでオアシスでも発見した瞬間のような歓喜故なのか。

 柄にもなく瞳を潤ませ男へ振り返ったのは、華奢な体躯の白ローブの人物だ。


 その人物は、にじみ出る抱擁感を隠蔽する様子もなく、ベールがかかっているというのに彼女が慈愛の眼差しを浮かべていると、そう判別できた。


 だが、いつまでたっても呆気に取られるワケにはいかない。


 『祠』の守護者だなんていう、こんなちっぽけな自分にはあまりにも身に余る高尚な役柄を今まで享受していたのだ。


 ならば、男には自身に課せられた絶対的な責務を果たす義務がある。


「いえ……少々気になりまして。宜しければ、もう一度目を合わせて頂けないでしょうか」


「勿論です」


「――――」


 華奢な体躯の人物――澄み渡った少女特有の甘美な声音からして暫定少女か――は、動じた様子もなく振り返った。

 それに準じ、背後の二人も同様に向き直る。


 それを確認し、ほっと息をつきながらも男は再度『審美眼』を発動。


 仄かに染まった視界が、不審者と思わしき集団――特段、先刻大瀑布が如き威圧感を発した大柄な人物を注意深く観察する。


 そして――。


(……結果は変わらず、か)


 そもそもの話、この『祠』に足を踏み入れている時点で法国に鎮座するアーティファクトの選別を突破しているのだ。

 どうやら、男の憂慮も杞憂だったようである。


「失礼。どうぞ、お先に」


「これで最後だと、祈りますよ」


「――。ええ」


 最後の最後に皮肉を言い残した細身の人物に対し、自嘲にも似た微苦笑を浮かべながら、男は深々と頭を下げたのだった。

















「……まずは、第一関門突破ね」


『念話使えよ、念話。どこに監視網が張り巡らされているのか分かったモンじゃねえぞ、オイ』


『あら。それは失礼したわ』


『本当にな』」


『ハッ』


 行使する『念話』さえも、アリシアの魔力因子が宿っているが故に如何に干渉されようが、断じてそれが傍受されることはないだろう。

 が、やはり綱渡りでもしているような緊迫する内心であった。


『……存外、呆気なく侵入できた』


『……俺は釈然としねえけどな』


『まあまあ。あんたもあの男のおかげでこうして本来なら資格なき只人では足を踏み入れることは断じて許容されない聖域へ足跡を残すことができたんだから、過去の遺恨は水に洗ってしまいなさいよ』


『……でもなあ』


『みみっちい』


『!?』


 端的な罵声に傷心するレギウルスであった。


――薄暗い廊下を、白ローブ姿の三名は淡白に足を進める。


 その内一人――門番へ思わず強烈な鬼気を放出してしまったレギウルスは、やや気まずそうに流し目する。


『……まだ怒ってます、餓鬼』


『ほう、あれだけのことをやっておきながら、最も巻き添えを喰らいかねたわたしを「餓鬼」と呼ぶか。そうかそうか』


『謹んで、ご主人様とお呼びいたしますっ』


『えっ、気色悪……』


『え』


 依然、釈然としないレギウルスを、同伴するアリシアはやれやれとばかりに肩を竦めたのだった。



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