『聖女』の本懐
腹黒性格ブスだって色々苦悩感じてるんだよって話です。
こういうところがアキラ君と似てるんですよね、アリシアさん。
本音を言うならば、レギウルスは、リーニャに自身の悲願を果たさんがためにその天命を燃料にしようとするその姿勢を傍観するのに、抵抗が存在する。
リーニャなんて、まだ全然世界を見知っていないのだ。
それに固執するのは、それ以外の生き甲斐を探し出すことができなかったから。
せめて、レギウルスにはそれを見出して欲しかった。
だが、結局それは果たされない。
「――――」
ただただ愚直に。
リーニャという少女はどこまでも勇ましく、前だけを見て迫りくる苦難の一切を耐え忍び、最高の瞬間を貪るような、そんな人柄なのだ。
目下に、最高峰の餌が存在する。
きっと、飢えた猛獣は、それが悪辣な罠であると、そう理解してもなお、飛びかかってしまうのだろう。
きっと、リーニャもそう。
止めてしまいたい。
彼女にどれだけ忌々しく思われようとも、その蛮行を切って捨て、夢を諦観させ――もっと、普通に生きて欲しかった。
だが――。
――それは、余りにも『傲慢』よ
レギウルスとリーニャは、結局知人程度でしかない。
それ以上も、以下もないのだ。
そんな曖昧な存在であるレギウルスが投げかけた言葉に、果たして頑固なリーニャが頷くだろうか。
それ以前に、その忘却は許されるのだろうか。
リーニャの数年にも及ぶ血の滲む努力を、踏み躙れるのだろうか。
「っ」
レギウルスがやろうとしているのは、そういうことだ。
理解、できている。
だが――。
「――だったら、見殺しにしていいのかよ」
「――――」
「自分から死に急ぐようなあの餓鬼の好きなようにして――それで死んじまったら、それでいいのかよっ」
「――――」
レギウルス・メイカは酷薄な人格だ。
それが必要ならば、赤の他人程度それこそ屍の山を築いてしまえる程に殺害できてしまえるのだろう。
だが――リーニャは?
未だ、リーニャとの付き合いは浅い。
だが、それでも一方的でこそあれど、真摯に悲願のためならば命を投げ捨てられるような、そんな強かな覚悟の定まった少女を、どこか尊敬してしまっていたレギウルスに、彼女を断崖絶壁から突き落とすことが、できるのだろうか。
「俺には、無理だよ……」
「――――」
脆弱な魂が、それを想像してしまっただけで苦鳴をあげる。
仮にその非行を率先して実施してしまえば――レギウルス・メイカという男のか弱い魂は、容易く木っ端微塵になってしまう。
ならば――。
「――なら、どうするの?」
「…………」
閑静な路地裏に木霊したのは、そんな冷淡な声音。
アリシアは、それまで微笑みで感情を押し殺していたのにも関わらず、僅かばかりでこそあるが、確かな呆れと敵愾心を剥き出しにする。
「うだうだ下らない不平不満を垂れて、あんたは恥ずかしくないの? ねえ」
「……お前っ」
「あんたの姿、まるで赤子よ。ただただ現実を咀嚼することもできなくて、それを否定することに躍起になる阿呆の鑑ね」
「――ッ」
身勝手極まりなき物言いに、視界が深紅に染まった錯覚に襲われた。
ふざけるな。
そう吠えかけたが、それが確固たる正論であると、そう否応なしに理性がどこか腑に落ちてしまう。
結果、ただレギウルスは俯くだけだった。
そんな彼を見かねたように、アリシアは嘆息し。
「もう、いいわ。あんたに相談したのが間違いだったわ」
そう、突き放した。
「お、おいっ」
「……まだ、何か吐き散らしかねた戯言でも存在するの? だったら、随分と多芸なことだわ。真似だけはしたくないけど」
「――ッッ」
吠え――中断。
結局、アリシアが言い放った声音の一切合切は的を射ているのだ。
我武者羅に葛藤しているだけで迷走するその姿は、あるいはある種の現実逃避とも言えてしまうだろう。
それにアリシアが幻滅するのも当然だ。
言葉を重ねるたびに結局それは恥の上塗りでしかなく、どこまでも醜悪な代物であったのだ。
なんとも、見苦しい。
なら――。
(なら……なら、どうする? どうすればいい?)
恥を、自覚した。
ならば、これから思案すべきは、もっと建設的なモノ。
レギウルス・メイカは性根自体はまだまだ冷酷になり切れないが故に、依然リーニャの身を案じてしまっている。
だが、それは結局のことろリーニャにとってはありがた迷惑でしかないのだ。
仮にリーニャの道を阻めば、それでレギウルス自身は満足する。
だが、当の本人は?
その暴虐が生み出す結果は、レギウルスにとって非常に都合が良い代物でしかなく、リーニャにしてみればいらんお節介。
彼女の幸せを考慮すれば、それは唾棄すべき禁忌の所行だ。
そう認知してしまった以上、もはやレギウルスにはリーニャの果敢な行動を阻止するような真似はできない。
ならば――。
「――なら、俺はせめてリーニャに満足に死んで欲しい」
「――――」
それが、レギウルス・メイカが、幾星霜もの葛藤の末に導きだした、唯一無二の決断であったのだ。
それに、アリシアは吟味するように目を細める。
「こんな現実、クソったれだって、そう心の奥底から思うぜ。……だが、もうそれを覆すことなんて、できやしないんだ。なら、せめて俺はあいつが死ぬ間際まで笑って欲しい」
「あんたは、それで満足?」
「全然。妥協案だ、妥協案。本当なら、あんな若さで散って欲しくねえよ。……でも、あいつはもう定まっちてんだよ。もう、ブレねんだよ。きっと、俺が叩きのめそうとも、何度でも再起する。……それに、もう自己満足で誰かの夢をぶっ壊しくはねえからな」
「――――」
アリシアは、レギウルスをじっと見据える。
濁流が如く溢れ出すのは、『聖女』としてではなく、アリシア自身が発する、正真正銘の鮮烈な気迫だ。
それに直面し、さしもレギウルスも頬を引き攣らせる。
そして――。
「……最初からそう言えた方が、もっと格好良かったわよ」
「やかましいわ」
「はいはい」
直後、鬼気配からの束縛が消失する。
極限にまで張り詰めた空気は直後緩やかなそれとなり、なんとかレギウルスも安堵にほっと息をついた。
「お前もそれに納得した……そう解釈してもいいんだな?」
「ええ。渋々だけど、ね」
「……辛辣っすね」
「うじうじしている人は、私嫌いなのよ」
「……そうかい」
遠回しに『うじうじしてんんじゃねえよクソ野郎』と罵倒されたような気がして、やや頬が引き攣ってしまうレギウルスであった。
だが、ふいにレギウルスはさる違和感に襲われる。
「なあ、一つ聞いていいか? ――お前こそ、どうしてそんなにあの餓鬼に肩入れしてんだよ、オイ」
「……どういう意味かしら」
「『聖女』が懇切丁寧に、面倒な手間までかけて、あんなか弱い餓鬼の宿願を寄り添って成就させる……成程、高尚なストーリだ」
「――――」
「だが、お前にそれはあまりにも似合わん。――少なくとも、聖職者は総大将たる法王を『あの男』なんて呼ばねえよ」
「……失言しちゃったわね」
「――――」
どこか呆れ果てたように嘆息するアリシア。
それは、紛れもなく真意はもっと別にあると、そう言外に告白するのとなんら差異なんてありやしなかった。
それに殊更レギウルスは剣呑な眼差しを向け、柄に指先を――。
「――『聖女』って、どんな役柄か、知ってる?」
「……?」
耳朶を打ったのは、張り詰めた雰囲気とは乖離した、凪いだ湖のように静やかな声音であった。
「『聖女』はね、一種の生物兵器よ。私だって、誰かの命を摘み取りたくなかった。――でも、今は壁の染みでも眺めるように無感動に誰かを殺せてしまう自分自身に、いよいよ嫌気が差しているのよ」
「――――」
「あの子が『龍』を殺せば、『聖女』のシステムが崩壊する……協力する理由なんて、それだけよ」
そう、アリシア――否、『聖女』は目を伏せ、言った。




