幾重にも復唱して
倒れ伏す少女の瞳には、一切光という概念が存在しなかった。
虚無の眼差しで、だらしなく虚空を眺めるその姿はまるで、まるで……。
「お手本のようなレイプ目だあ」
「穏やかな心境で見守りなさい」
「いや、無理だろオイ!」
そう、少女――リーニャはさすればエ〇同人でおなじみの、あの非常に男性の劣情を掻き立てる空虚な眼差しをしていた。
「……人気のない場でやって正解だったな」
「あら……襲う気?」
「テメェは黙っとれ」
アリシアはにべもないレギウルスにめげる様子もない。
そんな彼女に辟易しながら、レギウルスは「はあ……」を息を吐く。
「どうしてこんなことに……」
「腹体液という体液を吐き出して咽び泣くまで教育的指導を加えたわ。それはもう、スッキリしたわ」
「……性犯罪者のコメントにしか思えねえのは気のせいか?」
「警察呼ぶわよ」
「ちょっと待ってくれ」
理不尽すぎるアリシアに吠えるレギウルスであった。
「……幾ら修練とはいえども、限度があるだろ」
「そう? でも、残念ね。私にも私なりにちんたらしていれない、やむを得ない事情が存在するのよ」
「それは……」
「ヒ・ミ・ツ」
「オラァ!」
「甘いわっ」
レギウルスのアッパが炸裂。
が、レギウルス・メイカという男を余すことなく理解するアリシアは、それを未来でも予知したかのように流麗に躱した。
「……チッ!」
「あっ、今の光景、投影魔術で保存したわよ。永久にね」
「おいいいいいい!?」
流石外道。
子悪党程度のレギウルスとは、根本的に成すことが異常であり、一切合切の挙動が奇行とみなされてしまうのだ。
もはや、ここまでくるといっそ尊敬してしまう。
「……で、餓鬼の成長過程についてだ」
「あら? 論点をすり替える気?」
「……で、餓鬼の成長過程についてだ」
「……そういう悪ふざけはちょっと」
「……デ、コンドハガキノセイチョウカテイ二ツイテダ」
「あっ、ハイ」
決まった言葉しか話せない哀れな村人Bとかしてしまったレギウルスに渋面しつつも、アリシアは今回ばかりはその意思に便乗するとした。
「あの子なら、おおむね順調よ」
「死体と化してるが」
「死んでないじゃない」
「おいやめろ。そんな「子供ってどうやってできるの?」とか言う餓鬼みたいなつぶらな瞳で病みを露呈するな」
「生きてるなら、それでいいじゃない。なにせ、私なんて先代から何百回魔力枯渇で殺害されて、地獄の渇きをこれ以上なく味わったか……」
「情操教育に悪ぃことは話すな」
「はいはい」
ちょくちょくあらわになる黒い部分がとても怖いレギウルスが萎縮する最中で、アリシアはすっと目を細める。
「――逢えた?」
「……誰と?」
「メイルちゃん」
「――――」
押し黙る。
それはもう、本当に分かりやすく。
沈静するレギウルスに対し、アリシアは尋問官を彷彿とさせるような怜悧な眼差しでそれを射抜いた。
「あんたは、今日ずっと留守だったわね。心境も、多少はマシになったんだから、メイルと面会でもしてるって、そう思っただけよ。図星?」
「……生憎だ」
それは、事実。
先の爆破テロの一件を経て、ようやくあれほど荒れ狂っていたレギウルスも少しは真面になった――と、思っている。
無論、それは個人的主観の話だ。
(……何も変わってないな)
結局、いつもそうなのだ。
レギウルス・メイカという男は理性ではなく、ほとんど無意識で現実、価値観や思想などを盛大に捻じ曲げてしまう。
だからこそ、変わっただなんて言う戯言を、澄ました顔で言えるのだろう。
厚顔無恥とはまさにこのことだ。
だが、それをわざわざ指摘することはない。
そうだ、せめてそのままでいてくれ。
そうしてくれれば十二分に計画は果たせるし――そして、アリシアの復讐も、成就してしまうのだ。
今だけは、その甘美な果実を深く、深く味わうがいいだろう。
きっと、それは二度とない機会なのだから。
「――アハッ」
そう思えてしまうと、そんな悪辣な笑みがこぼれてしまって――。
「……どうした、アリシア」
「――。なんでもないわ」
「……そうか」
相手に、その笑みが仮面に描かれたような造形ではないと、そう悟られないように特段動揺することはなかった。
「それにしても、驚いたわね。あんた、どうして私の元に戻ってきたの? あれほど忌み嫌っていた筈なのにね」
「……ちょっと、新制『聖女』が気に成ってな」
「私は?」
「蚊」
「辛辣通り越していっそ快感!」
「くっ……この女、ドM属性さえも獲得していたのか……!」
――溺れろ。
自分が踏み鳴らしているそれが、砂場の大城と同等の脆さであるともしらず、精一杯踊り狂って――精一杯奈落へと突き進んで。
――溺れて、溺れて、溺れて。
その時、レギウルスがどんな顔をするのか。
泣き顔?
般若が如き代物?
それとも、微笑みさえ浮かべているのだろうか。
分からない。
分からないからこそ――怖い甲斐が、ある。
「アッハ」
「……怠い」
「我慢しろ。これからはそれが日常だと思わなくちゃやっていけねぞ」
「……うっさい」
「……お前はお前で相も変わらずだな。なんだなんだ、反抗期か?」
「……黙って、運んでっ」
「はいはい」
レギウルスは、拠点――昨日宿泊し、今もなおそれは継続中であるホテルの一室――を目指し、お枝が如き軽量な少女を持ち上げながら移動していた。
本来ならばこの役割はアリシアが果たす筈だったのだが、残念至極なことに彼女は急用が入ったようで、今はお暇している。
「はあ……なんでアリシアのところに来たのやら」
「……お前、あの人と仲悪いの?」
「……複雑過ぎてもはや何も言えねえよ」
「それはそれは」
「…………」
最近この餓鬼の脳内から完全に遠慮という概念が消えうせているような気がするが……と目を遠くさせるレギウルスであった。
「……正直、俺はあんまあいつのことは信頼してねえ。なにせ、いきなり切りかかったり、自称『聖女』なんだからな」
「だったら、殊更どうして……」
「……どっかで、安心してんだよな」
「……?」
不可解な声音にリーニャは小首を傾げる。
「俺は、きっとこの先も今後も、あのお嬢を理由に一切合切を正当化するような真似はしねえ。なにせ、そもそも強すぎるんだからな。あれで全盛期じゃないんだから、いよいよ笑えてくる」
「……それには同感」
「だろ?」
レギウルス・メイカにとっての恐怖は、メイセに指摘された通り、誰かを言い訳にして暴虐を振るってしまうこと。
だが、アリシアにはそんなことが不要な程の力量を持ち合わせているのだ。
故に、ある程度は気を抜ける。
レギウルスにとってのアリシアはそんな認識だ。
(……ふーん)
たった一日過ごしただけ。
それだけで、リーニャがレギウルス・メイカという青年を余すことなく理解することは到底できやしない。
だが――どこか、根底的に相容れないような、そんな気がした。
それっきり、会話はない。
ただ、淡々と二人は夕焼けを背に、拠点へと足を進めていった。
計画は、順当だわ。
役者も、順々な手駒も、なにもかもが私の思い通りに掌で心底下らない猿芝居を興じているのだわ。
これほど愉快なことなんて、到底ない。
そう、私は恍惚としながら確信していた。
「さて……そろそろ、第二段階に移ってもいい頃合だわ」
私は、ちらりとその少女――透明質な髪をセミロング程度に伸ばした女の子を、目を細めながら眺める。
この子が、第二段階のキーパーソンとなるわ。
彼女こそが、レギウルス・メイカという青年の紛れもない根幹である。
それを壊してしまえば――。
「――メイルちゃん、頑張ってね」
そう、私は歪んだ笑みを浮かべた。
だいたいの黒幕はあの人




