新たなる一歩、さすればその行き場は修羅の道
プロット自体はそんなに変わらないんだけど、その実数か月前はリーニャちゃんの性格って典型的なツンデレになる予定だったんですよね。
……無口系&無愛想系キャラ、どっかで出したような気もしますが、思い出せないので多分セーフです。
気のせいか?
作者の気のせいなのか?
「っ……!?」
反応は、劇的。
リーニャは凝然と目を見開き、かと思えば迷うことなく猛烈な勢いでバックステップし、軽やかに着地。
そのしなやかな挙動は、猫を彷彿とさせるモノ。
それに感心しながら、レギウルスは目を細める。
「落ち着け」
「黙って!」
「――――」
それまで感情に乏しかった少女は、もはやいっそ獣のように、理性云々さえも投げてて、そう吠える。
それだけで、どれだけかつての『魔王』の虚言がこんな少女を蝕んでいるのだと、そう当事者でもないのに後悔してしまう。
「『誓約』。忘れたか?」
「それ以前の問題っ」
「……あっそ」
真面な会話は、不可能。
アリシアはそんな様に「はあ……レギウルス使えねえ」と柄の悪いことを思わず思案してしまった。
「リーニャちゃん、敵愾心は不要だわ」
「……ッ! だとしても、魂が拒絶するっ」
「――――」
「もう、如何に確固たる事実が存在してもしなくても、私がお前が相容れることはない。それくらい、分かって」
明確な、拒絶。
それにより、アリシアがこれまでせっせと働きアリとばかりにきずきあげてきた奸計は瞬く間に瓦解していき――。
「……はっ」
「……?」
――筈が、無かった。
アキラは、本質的にこの嗤う少女と似ている。
万象を想定しているのだ。
故に、必然的にこのような劇的な反応をするだろうということも予測できただろうし、それは必然。
ならば、余計な要素は残留すべきではない。
ここで、徹底的に破砕させる。
「存外、警戒するわね」
「話、聞いてなかったの?」
「あら、侮らないで頂戴。私だって、耳くらいあるのよ」
「――――」
魔人族の場合、耳元は程度こそあれど、エルフのように先端が鋭利な代物になっているのがセオリーだ。
だが、アリシアにはそれはない。
ちなみに、それが今の今まで露見しなかったのは、アリシアの場合その煌めく金髪の長髪に覆われ、真面に視認することができなかったからだ。
それに悔やみながらも、殺人鬼さながらの眼光でリーニャはアリシアを射抜く。
「目的は、何?」
「――。その前に、一つ聞いていい?」
「……場合にもよる」
「あら、それは寛容で賢明な選択ね」
そうアリシアはリーニャの選択を心意にもない声音で褒め称えながら、その口元に薄い円弧を浮かべる。
「――あなた、生きたい?」
「……随分と、漠然としてるわね」
その一言に、やや手が震えることにもリーニャは自覚することもなく、淡々と、声が上ずらないように注意しながら声を紡ぐ。
「……私は、これぽっちも生をのぞんじゃいない」
「どうして?」
「思い出せないけど……あの頃には、私には生きる主因が、確かに存在した。でも、きっと今ではあの子……人も、多分死んでる」
「――――」
「確信じゃない。でも、魂がそう確信してるの。……つくづく、気色悪いわ」
「……そう」
アリシアと対話を重ねることにより、漠然とだがリーニャも揺蕩う自身の魂の根幹が渇望するモノを認知していた。
――それは、■。
さながら、ノイズ。
それを想い出そうとすると、頭痛にも似たような鈍痛が脳裏に木霊する。
それは強く■■■の存在を浮かべようとするに比例して更に悪化し、最悪探求の末に死に果てるのだと、そう本能が認知した。
明確な輪郭は、依然帯びることはない。
だが、それでも魂が確信している。
それが、自身の生き甲斐だということを。
それを、喪失してしまえば?
つい先程はリーニャは、自身が生きたいのかと自問自答し、結果不明慮だと、そんな結論を付けた。
「――――」
だが、目下のアリシアという少女が『聖女』であるという衝撃の事実を咀嚼したことにより、それは唐突に訪れる。
理解、そして現実の瓦解。
一切合切がさながら摩天楼のようにベールに包まれてしまっている中、それだけがやけにハッキリとしている。
「――なんなら、殺して」
「――――」
押し黙るアリシアに、阿呆な質問をしてしまったな、とそういった傍から後悔してしまうリーニャ。
『誓約』が、存在する。
そういえば、リーニャという少女を児戯のように片手間で圧殺できるこの大人たちは、それのせいで実行できないのだ。
「……御免、変なことを――」
そう、頭を下げようとした刹那――アリシアは、さながら蒙昧なる人間へ最高の果実を差し出すかのような嘲笑を浮かべる。
そして――悪魔のささやきが、木霊する。
「――蘇生魔術って、知ってる?」
レギウルスは、その声音が意味することは理解できない。
だが、どうやら存外『蘇生魔術』という一言はリーニャの琴線に触れたようで、暗黒に満たされたその瞳に激烈な光明が差す。
「……そんなっ」
「失った――察するに、死んじゃったんでしょ? なら、あなたは死んじゃったその人を、生き返らせてあげればいいじゃない」
「――ッ! そんなの、無理っ。そもそも、彼の死から、どれだけの時間が経っていると思って――」
激情をあらわにするリーニャに対し、アリシアはすっと胸を張る。
「――私は、『聖女』。治癒魔術のエキスパートよ」
「――――」
「私なら、容易く失って数百年もの人の魂魄を回収し、そして息を吹き返らせることもできる。それが、『聖女』よ」
「なら、あなたが……」
「――勘違いしないで」
「――――」
差し込まれた陽光。
それに、暗がりこそが唯一無二の居場所であった少女が思わず縋ってしまうのも、当然といえば当然だろう。
だが――甘い。
「蘇生する――つまり、『龍』を殺すという行為は、それはもう法国に真っ向から喧嘩を売るのと同義だわ」
「『龍』って……」
「『聖女』のシステムの話は置いといて……そもそも、幾年もの歳月を過ぎ去り朽ち果てた魂を回収するだなんて暴虐、人間程度には不可能だわ。でも、聖女ならばそれは可能だわ。なにせ――人間なんかじゃ、ないから」
「――――」
ふと、レギウルスは目を丸くする。
それは、らしくもなくそんな声音を投げかけたアリシアに、どこか哀愁にも似たような感情が宿っているような気がしたからだ。
錯覚なのかもしれない。
だが、その違和感は次第に全身を瞬く間に呑み込んでいき――。
「……国家に喧嘩を売るっていうのは」
「そのまんまよ。許容量以上の魔術を行使すれば――最悪、法国は滅ぶわ。だからこそ、あんな処置をしているんでしょうけど」
「……なら、納得できる。仮にその術をあなたが行使すれば法国はかつてない危機に陥って、必然お前へと憎悪の眼差しを向ける……」
「『龍』が死ねば、私は唯の女の子よ」
「……だとすれば、もれなく、死ぬってことね」
「そういうことよ」
「――――」
(さて……大前提は整えた)
後は、バンジージャンプを決行するか否か躊躇する彼女の背中を、いい笑顔で蹴とばしてあげるだけである。
「それを踏まえて、一つ提案があるわ。――あなた、『聖女』にならない?」
「……そうきた」
「そうきたのよ」
アリシアが言い放った声音が持ち合わせる意味をそれまでの前提情報を元に推察し、リーニャは嘆息する。
「私が『聖女』になれば、あの人が息を吹き返す」
「でも、あなたはその代わりに死ぬ」
「――――」
「さあ、どうするかしら? あなたは果たして名前や顔さえも知らない人のためにわざわざ命を張れる? 別に、嫌ならそれでいいわよ? 私としてはいい加減後任を育てたいだけだしね」
「なら、答えは決まっている。
過程はともかく、仮にリーニャが『聖女』となってしまえば、■■■と再度、出会えるのだ。
それに、そうすれば、必然的にこの欠如した記憶も元通りになるという確信は、確かに存在していた。
――迷いは、ない。
「いい。『聖女』だろうがなんだろうが、なんだってなってやる。――それで、この胸の内に眠る感情の行き場がハッキリするのなら」




