泉、湯銭、全裸
今更だけど、EVeさん新曲リリースしてる!?
「――唯の、『聖女』よ」
言葉が、出なかった。
『聖女』。
国家には、それぞれ虎の子となる単体で軍に匹敵する程の頂上の者が、最低でも一人は在籍している。
王国では『英雄』ガバルド・アレスタ。
魔人国、『傲慢の英雄』レギウルス・メイカ。
帝国は、『帝王』ライカ・アレスタ。
――そして、法国では『聖女』。
「色々あって、まだ本調子じゃないけどね」
「……色々って」
「最近、さる秘術を使ってね。おかげで半分以下程度の力しか出せなかったわ。まあ、それはそれで新鮮だったけど」
「――――」
絶句。
レギウルスと互角以下とはいえども、今現在のアリシアの力量は間違いなくガバルドさえも匹敵する代物。
これで、まだ全盛期ではない?
単純計算でこれの二倍だ。
それだけの力量ならば、容易くレギウルスとて殺害することができるだろう。
「だったら、どうして俺をあの時襲ったんだ?」
「? どういう意味かしら」
「いや、単純な話だ。そもそも、俺が魔人国の外側に出ることはないって監視してたのなら、分かってただろ?」
「ええ。名残惜しそうだったしね」
「それだけで理解するか……」
つくづく、厄介な女だ。
そうレギウルスは内心で悪態を吐きながら、更に口を開く。
「なら、待っていればいいじゃねえか。仮にお前の話が事実なら、容易く俺なんて瞬殺できたんだろ?」
「――ええ」
風が、吹く。
常軌を逸したレギウルスの動体視力でさえ一切認識できないような超常的な速度でアリシアはレギウルスの懐へ潜り込む。
そして、その首筋へ鋭利な刀身を添えた。
無機質な瞳が、レギウルスを射抜く。
「なら、実演してみる?」
そこに宿った意思は本物。
一言。
たった一言を履き違えてしまえば、あまりにも呆気なくアリシアはレギウルスの寝首を掻くのだと、そう確信できた。
だからこそ、せめて我を貫かせてもらう。
「……驚いたな。『聖女』がまさか暗殺屋だったとは」
「あら、そう? 本懐も似たようなモノよ?」
「そりゃあおっかねえ」
「――――」
飄々とするレギウルスの、その瞳の奥底に存在する、震える哀れな獅子の姿でも目視してしまったのか。
アリシアは留飲を下げたように微笑み、刀剣を引っさげる。
「我慢しようと思ったけど、でもダメだった。それだけよ」
「……そうかい」
これ以上の詮索は、不毛。
そう、一切合切を拒絶するかのようなアリシアの怜悧な眼差しに冷や汗を流しながら、ならばと話題を転換する。
「……つーか、法国の生物兵器様が俺なんかに付き添っていいの?」
「勿論、許されざる蛮行だわ」
「だよな……」
法国と魔人族は、数百年前までは相応に有効な関係であったのだが、グリューセルが統治することによりその関係性は大いに変動した。
手を取り合う同盟者から、互いに不倶戴天の怨敵へ。
それもこれも、法王の執念故だ。
どうやら、執念なんていう観点では王も、その兵器も共通する質のモノを持ち合わせているようだと、思わずなんの益体もなく考えてしまう。
閑話休題。
議題は、何故アリシアは今こうしてレギウルスと同行しているかだ。
その内容によっては、あるいは今すぐ切り合いになってしまうだろうと、そう微苦笑しながら、レギウルスは柄を手先へ触れ――。
「あ」
「……ぁ」
不意に――目が合った。
九、十歳程度の幼気ない、されど不衛生な少女の瞳は、なんの脈絡もなくぱちりと開かれてしまう。
そして、レギウルスと目が合ったのだ。
猛烈な殺意と警戒心を撒き散らし、炎熱により焼き焦がれた風体でアリシア――ひいては、少女を射抜く、大柄なガラの悪そうな男と。
それが、ただえさえ限界にきたしている彼女の精神へ王手を加えた。
「ひぃっ」
「……あー」
形相の悪い男へ刳り貫かれるように睨み上げられ(誤解)ことにより、少女の魂はどうやら吹っ切れてしまったらしい。
その瞳からは大粒の水滴が溢れ出しており――。
「……アリシア。この続きは、また後でな」
「了解よ」
レギウルスは心底苦々しい顔色で、されどどこまでもマイペースなアリシアは、満面の笑みでそれを承諾したのだった。
「――――」
篠突く、とまでは言わないものの、アリシアが構築した魔術により生成されたシャワーが、少女の身に降りかかる。
一体全体如何なる創意工夫を凝らしたのか、降り注ぐ小規模な水滴には洗剤も含んでいるらしく、アリシアが丁寧にそのぼさぼさの挑発を撫でるごとに、本来の艶を取り戻していった。
そんな光景を、レギウルスは渋面で眺める。
「どうしてこうなった」
レギウルスは、水着姿で未だ警戒心を解かない少女の髪をわしゃわしゃするアリシアから、そっと目を逸らした。
それは背徳感故か。
別に、あれが年の割には大きかったワケではない、
メイルにはまだない魅力があって、それに数瞬釘づげになってしまっていたとか、そんな醜聞は存在しないのだ。
「はあ……」
――なし崩し的にアリシア、ついでにレギウルスの生来の面倒見の良さも相まって、連れて帰ることになってしまった少女。
なんとか泣き止まらせようと尽力する二人の奮闘の甲斐あって、なんとか少女はその瞳から濁流のように塩分を垂れ流すことを停止した。
だが、依然として警戒心は健在。
下町は、欺瞞に満ち足りているのだ。
奪われた者こそ邪悪。
それこそが真理であり、簒奪されたくなければ、自身も虚言という武具に縋りつくしかないような、そんな世界だった。
故に、唐突に自身の前に現れた二人組への警戒心は尋常ではない。
だが、それでは困るのだ。
あくまでもレギウルスとアリシアはこの少女から今回の事件の顛末を聞き出さなくてはならないのだ。
会話が成立しないのならば、それこそ話にならない。
そんな窮地に、アリシアは情報の提供を対価として、『限度こそあるもなんでもいう事を聞く』と太っ腹な条件を提示したのだ。
レギウルス的には暴力を行使しなかった時点で驚愕に値するのだが。
無論、その後レギウルスの驚嘆を手に取るように把握したアリシアにより裏で笑顔でタコ殴りにされたのだが。
サンドバックの気持ちがようやくわかった気がする。
そう、青年は後悔するのであった。
ちなみに、爆破事件の事後処理は遅滞して駆けつけてきた市警団に丸投げした。
もっとも、それは公式では消息不明となっているレギウルスと、そしてその立場を断じて提示することのできないアリシアにとっては当然の帰結だが。
閑話休題。
アリシアの『誓約』。
それに対し、少女が要求したのは――風呂に入りたい。
それだけだった。
数百年前の俺も、この少女のようにあの暖かい湯銭を酷く切望していたなー、と、そうレギウルスは懐古していた。
その程度ならばと、アリシアはそれなりの品質の泉へ案内する。
もちろん、代金はレギウルスが支払った。
段々と支配関係が築かれているような気がするのは、レギウルスの邪推であろうか。
「……なんで俺まで」
「あんたも今回の一戦で、結構汚れたでしょ」
「なら、別々に入ればいいじゃんか」
「はあ……ホント、分かっていないわね。――あんたが女の子の前で全裸になることに対する羞恥心、それに勝る甘美なモノなんて存在しないわよ」
「シンプルなクズだな、オイ!」
「これが、YASASISAよ」
「どこが?」
と、阿呆なやり取りを交わす二人へ、少女は冷え切った眼差しで見据える。
「……帰って、いい?」
「……蚊帳の外にして、スンマセンでした」
そう頭を下げるレギウルスと
「別に、わたしが憤慨してるのはそんなことじゃなくて、どうして男のおまえがこんなところに入ってるのかってことなんだけど。個人的に純潔の危機だって、震えてるんだけど」
「……それは、アリシアに言え」
釈然としないレギウルスであった。




