名は
「――死ね、化物ッ!」
吠える。
ただ、獣のように。
レギウルスの人はどこまでも澄み渡っていて――それ故に、その内心の異常性がこれ以上なく誇張される。
ちょっと、やりすぎたかな。
そう少々アリシアが後悔するのも致し方ないだろう。
故に――その希望を、へし折る。
「――――」
一閃。
アリシアは、電光石火が如き勢いで異形の胸元へと飛翔し、いざ心臓を穿たんとばかりに鮮烈な刺突を繰り出した。
展開するのは風流魔術。
刃先に小規模な嵐風を展開することにより、ドリルのように傷跡を拡大し続けるその刀身が、異形へと触れた。
直後、血飛沫が盛大に飛び散る。
飛散した深紅のそれさえ拭うことなく、アリシアは更に斬撃を畳みかける。
異形は自身の体内をこうも無遠慮に漁る浅ましき存在へと鉄槌を振るおうと、神速が如き勢いで触手を振るう。
迫りくる凶器――それに対し、アリシアは特段気にすることなく、それが肌を穢すことを許容した。
されど苦悶の声音はない。
あるいは、この少女と、友になれるかもしれなかった少年――スズシロ・アキラはどこか似ているのかもしれない。
そう、レギウルスは漠然と思案する。
そして――不意に、鈍い鉱石が視界の端に移った。
「――『浄罪』」
罪には、罰を。
刹那、アリシアの柔肌を無遠慮に抉ったその大罪に、『分解』という万象を否定する手段を以て鉄槌が振るわれる。
触れたのは、魔晶石。
否――魔晶石の、その奥底の、モノ。
「悪かったわね」
そう、アリシアは頭を下げ――異形のおぞまし肉体が、崩壊していく。
「――――」
魔晶石より発せられたその莫大なエネルギーにより成り立っていた肉体であったが、それを否定されてしまえばどうしようもない。
そして――少女が、白日の下へ晒された。
「存外、別嬪じゃない」
そう、アリシアは目を細め、ぽつりと鳴いた。
「……あれだけ覚悟を決めた俺は俺自身が酷く滑稽なのだが」
廃墟。
そうとしか言いようのない下町の道中、レギウルスは苦虫を一万匹噛み潰したかのような渋面をする。
そんなレギウルスへ、アリシアはせめてもの気休めと、慈母が如き笑みを浮かべ、一言。
「大丈夫。気にしないでいいわ。そんなの、いつものことじゃない」
「オイコラどういうことだ」
とんだ肩透かしを食らったレギウルスへ、アリシアは愉悦故の冷笑を浮かべながらちらりと傍らの少女へ視線を向ける。
それにレギウルスも習い、頭上に疑問符を浮かべた。
「……この餓鬼は」
「あら……あなた、そんなに薄情だったのね」
「正気か、アリシア。そうかそうか。過労で頭がおかしくなっちまったんだな。安心しろ。俺に名医の伝手がある」
「リーシア、お父さんつれないわね」
「一瞬たりともお前みたいな狂人の旦那になった覚えはない!」
断固として血縁関係を否定するレギウルスを流し目しながら、アリシアは端的に手元に抱えたそれが如何なるモノかを言及する。
「真面目な話、誰よこの子」
「……知らないで勝手に命名したのか」
「将来のことを考えると、ね?」
「チラチラこっち見んな」
これのどこが真面目な話だ。
詐欺も甚だしいアリシアの所行に短気で、ただえさえ荒れているレギウルスは猛然と噛みついていく。
が、アリシアに至ってはどこか吹く風だ。
つくづく胡乱な奴だ……と、内心で悪態を吐きながらも、再度深い微睡につく少女をレギウルスは一瞥する。
少女は朝焼け色の腰ほどにまで及ぶ長髪を留めることなく乱雑に放置しており、寝癖だらけで清潔感は皆無。
纏うワンピースも貧相なモノだ。
申し訳程度に容姿に関しては端正であったが、それが醸し出す魅力もその他大勢の要因が相殺してしまっている。
それは月並みにありふれた、下町の少女であった。
レギウルスもこの手の類は腐るほど見たことがあるのだが、その大抵がロクな末路を遂げていないので反射的に顔をしかめる。
「……至って普通だな」
「将来有望な容姿してるけどね。あんたと違って」
「オッケー、話をしよう」
「……私からは、何も」
「そっと目を逸らすな。どうしてそんなに瞳を潤ませる。おい嘘だよな? 幾ら何でも、そこまでの醜男じゃねえよな?」
「……世の中には、知っちゃいけないこともあるわ」
「オイ、不吉なコメントはよしてくれ」
「アッハ」
レギウルスは、それが愛想笑いであるという見え透いた事実さえも看破することができずに、そんな談笑に興じている。
「……で、これ本当にどうする?」
「捨てて良いんじゃないのかしら」
「……だよなー」
下町で、こんな少女売る程存在する。
外見が貧相だからという実にエゴにまみれた理由により保護するのも何か違う気がするので、ここは往来通り捨て置くのが最善だろう。
仮に、この少女がただの女の子でなかったのならば。
「……『異形化』。この餓鬼がそれを行使したのは、間違いないんだな?」
「ええ、否定しないわ。この女の子の心臓部には、確かに硬質な魔晶石が宿っている。まあ、もう既に崩壊寸前だけどね」
「……そうか」
どうするべきか。
今後を考慮し、再度襲い掛からないのかも疑問視しなければならない観点であるので、本音を言ってしまえば放置に一票を投じたい。
だが、仮にこの少女が今回のテロ活動に密接に関与しているのだとしたら?
「…………」
安易な判断は愚策。
しばし熟考するレギウルスであったが、不意にその意識は目を細めるアリシアに奪われる。
「私は、連れていくべきだと思うわ」
「……何故」
「理由は単純明快よ。そもそも、体内に魔晶石を埋め込むだなんていう離れ業、この世界では一切確認されていないわ。今すぐ、報告すべきだわ」
「まあ、だよな……報告?」
一度レギウルスが捕獲しているとはいえども、それが重宝すべき存在であることは容易く理解できる。
確かに、アリシアの意見も一理あるだろう。
問題は――。
「報告って、一体誰に……」
「あら。気づかなかったの?」
「――――」
少女は、慈愛するかのように、嘆願するかのように――そして、嘲笑うかのように。
どこまでも、静謐で、だからこそ内部に秘められた想いの得体の知れなさふぁ如実に示されていく。
レギウルスは目を剥き、そして一拍。
「お前は……誰だ?」
「――――」
よく考えてみれば、レギウルスがアリシアの素性について知り得ているモノは限りなく少ないだろう。
全く、興味が沸かなかった。
それは、欺瞞の体現ともいえる相手に対し談話なんて不可能だと、そう決めつけていたからか――あるいは。
考えるな。
それ以上は――。
「――また、私を見ないのね」
「――――」
不意に、そんな澄み渡った声音がすり抜けるように鼓膜を震わせ、自己の世界観に没頭していたレギウルスは目を丸くした。
アリシアの瞳に映った、その感情の意味が恐ろしい程理解できないから。
憎悪と似て非なり、愛情とどこか共通しており、狂気なんていう形容が妙に似合い、際限ない執着心の矛先さえも定かではない。
一切合切が曖昧。
目下の少女は、それらの感情の一切を綯い交ぜにしている。
おぞましく、どこか懐かしい。
空虚なその少女は、その瞳の奥底にさながら先の見えない暗闇のような、そんな感情を差し込み、自嘲でもするかのような笑みを浮かべる。
それは、どこかアキラのそれと似ていて――。
「――私は、アリシア・ヴァン・R・デトロイト」
「――――」
少女は心底忌々しいとばかりにその名を口にし――そして、次の瞬間には歪なことに、満面の笑みを浮かべていた。
「アリシア・ヴァン・R・デトロイト。またの名を――」
少女は、固唾をのむレギウルスへ、冷笑を浮かべる。
「――法国が誇りし生物兵器、『聖女』。唯、それだけよ」
そして、そういった。
・聖女と『傲慢の英雄』(笑)が一緒に居ていいか?
そりゃあもちろんアウトです!
ですが、アリシアさんは認識阻害の究極系ともいえるさる魔術が付与されたローブを纏っていますし、仮にそれがなくても問題は無しです。そういうふうに、アリシアさんは根回ししておりますので。
・『聖女』……一言で言うと、色んな意味で原爆よりも悪辣な存在。ちなみに、悪質なのはアリシアさん自身ではなく(それもそうですが)、あくまでもシステムの方がヤバいです。だいたいグリューセルさんが悪い。




