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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
七章・「約定の大地」
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強張る手先















 殺気。


 それを感じ取ることが可能な、最もポピュラーな手段は純然たる感知系魔術を行使することであろう。

 正確性も中々。


 それに、魔力にもよるが、最大その有効範囲を数キロにまで拡大してしまうことも、不可能ではないだろう。


 だが、レギウルス・メイカは魔術師であって魔術師ではない。


 『自戒』により魔術師たる由縁を喪失したのだ。


 代わりに会得したのが、常識外という形容さえも過小評価としか言いようのない、鮮烈な身体能力。

 そして、『自戒』が及ぶのは五感とて例外ではない。


 五感という概念そのものは、酷く曖昧だ。


 それを頼りに長らく死線をかいくぐってきたレギウルスも、それの詳細を明確に言及するのは困難を極めるだろう。

 だが、そもそもそんなモノは不要なのだ。


 痛烈な、殺気。


 それを関知できていれば、万事解決なのである。


 故に――。


「――ッ」


 レギウルスは目を見開き、慌てて『紅血刀』を構える。


 その直後、骨の髄にまで深々と激烈な衝撃が轟いてしまい、思わず情けないうめき声をあげてしまう。

 だが、レギウルスはそのまま本能に身を委ね、反撃を――。


――ずっと、一人ですよ。


「――――」


 する寸前、猛然と飛び退く。


 その予測とは余りにも異なった殊勝な反応に、襲撃者はやや呆気に取られていたが、数瞬後には驚嘆を手放す。

 そして、そのまま研ぎ澄ました殺気をレギウルスへと放った。


「っ……! どうしてこんな奴ばっかり」


「――――」


 つい先程まで救助活動に精を出していたというのに、唐突な奇襲にそんな悪態を吐き出してしまう。

 そして、襲撃者はそんなレギウルスへ頓着することなく、前進。


「お覚悟」


「――ッッ」


 急迫する刀身。


 それに対し、レギウルスは歯噛みしながらお粗末な相手の刀身を叩き割ろうと――した刹那、急激に手元が痙攣する。

 まるで、レギウルスの意思を魂が拒絶しているように。


「…………」


「ほう?」


 もはやこんなていらくでは攻勢に回るのは到底不可能だと悟ってしまったレギウルスは、咄嗟にバックステップ。

 神速が如き速力で襲撃者から距離を取る。


 そして、直後襲撃者から背を向けた。


――逃亡だ。


 様々な意味合いの弱者がなす、戦場において最も唾棄すべき、心底度し難い蛮行である。


 レギウルスとて、これは本意ではない。

 だが、レギウルスの本願は火の海と化したこの下町で日々を営む人々を一人でも多く救い出すこと。


 これは、それ故の後退だ。


――それが、言い訳でしかないとしても。


「――ッ」


「ぐぁっ」


 背中がふと、熱くなった。


 ちらりと背筋を一瞥すると、そこは深々と鋭利な刀身が突き刺さっており、レギウルスの血肉を抉りだしている。


 だが、大剣程度のサイズでもないナイフの一本二本、『紅血刀』により無尽蔵の治癒が成立するレギウルスにとって些末なことだ。

 

 そう、思っていた。


「――ぁう」


「――――」


 不意に、視界が反転する。


 上下が狂い果て、東西南北の感覚さえも定かではない、そんな度し難い不快感がレギウルスのみを苛んだ。

 直後、口内より錆臭い香りが。


 数瞬後、擦り切れた臓腑よりレギウルスの口元から濁流が如く鮮血が滴った。


「毒素……っ!」


「――――」


 襲撃者は、何も言わない。


 そして、レギウルスの指摘に対する返答は、その鋭利な刀身が振るわれることにより成されてしまう。

 刃先がレギウルスの強靭な筋肉を打ち破り、血肉が撒き散らされる。


 苦悶に満ち足りた声音が噴煙巻き上げる下町に木霊した。


 そのまま、襲撃者は満身創痍のレギウルスの息の根を断とうと――。


「――『紅血刀』ッ!」


「――っ」


 微かに、襲撃者が目を見開いたような気配を察知する。


 レギウルスは愛刀『紅血刀』の権能を遺憾なく発揮することにより、瀕死の重傷を瞬く間に修繕する。

 そして、薙ぎ払われた一閃を地を這うように回避する。


(千載一遇の好機――!)


 襲撃者は全身全霊の膂力を以て振るったその斬撃が虚空を切り裂いてしまったが故に、やや転倒気味だ。

 更に、がら空きとなった懐を見据える。


 さあ、その胴体を深紅の刀身を以て撫でるのだ。


 そうすれば――レギウルス・メイカが愛好する、血肉と臓腑が、これ以上なく湧き出して――。


「――――」


 硬直。


 それは、『傲慢の英雄』ならば絶対的に有り得ないような、そんな無様で――。


「――阿呆」


「ぐべっ」


 無論、それを手練れらしき襲撃者が逃す筈もない。


 襲撃者は怜悧な眼差しで手元の刀剣により、レギウルスの脊椎へと致命的な一撃を遠慮なく突き刺した。

 激烈な苦痛により、全身が沸騰したかのような錯覚に陥る。


 それもこれも、レギウルスがその一閃を躊躇してしまったであり――。


「――――」


「っ」


 そして、襲撃者の鮮烈な一閃がレギウルスの寝首を掻いた。

















――その、一歩前。


「――ッ」


 軽やかな靴音が奏でられ、レギウルスを耳朶を打つ。


 今しがたレギウルスの首筋を割断しようと一切の躊躇もなく振るわれた、殺意に塗装されたその斬撃。

 それが、突如として乱入した白ローブの存在により、小指で逸らされていた。


「何……」


「――――」

 

 襲撃者も暗殺業に携わってからも長く、手練れと呼称しても差し支えない程度には暗殺スキルも上達している。

 無論、斬撃が受け流されるなんて以ての外だ。


 その道理が、眼前で捻じ曲げられる。


「――――」


 耐え難き事実に襲撃者は暗殺者らしくもなく呆然と目を見開き――そして、加えられたその蹴りにより吹き飛ばされた。

 うめき声さえない。


 白ローブの人物は、その華奢な細身には不似合いな脚力を以て、襲撃者を撃滅していった。


 そのまま、刻まれた魔術により襲撃者を徹底的に断罪し、それにより再起不能にまで追い込んでしまう。


 そして、周囲に人気のないことを確認し、そのローブを剥いた。


 波打つ長髪は、鮮やかな金色に煌いており――。


「アリ……シアっ」


「はあ。随分と、あの『傲慢の英雄』も腑抜けたわね」


「――――」


 言い返す言葉もないレギウルスは、渋々『紅血刀』の権能により、苦痛の根源を徹底的に消失させる。

 

「……すまんな」


「ええ、十全に感謝して頂戴。拝み倒したい程に感謝しているのなら、生涯私に玩具として忠節を誓うって『誓約』して」


「安定のアリシアさんですね」


「?」


 こてんと天然気味に、憎たらしいことにその魔貌も相まって可憐な仕草で小首を傾げるアリシアに少々殺意が沸き上がってくる。

 だが、今はそんなことに気を取られている暇は、皆無。


「……お前、消火はっ」


「ええ、頑張ったわよ。――頑張っただけだわ」


「ダメじゃねえか!」


 一番アウトな返答に目を剥くレギウルスに対し、アリシアは「冗談、冗談」と好々爺のようなどこか老成した笑みを浮かべる。


「ちゃんと情報は回収したわよ」


「じゃあ最初に言え!」


「いいわね、その顔。夢に出てきそうだわ」


「それ、絶対悪夢だろ、オイ」


「あんたにとってはね。ほら、恋する乙女は気になる異性からちょっと視界に留まると舞い上がっちゃうじゃん。それと同義よ」


「その気になる異性の眼球を満面の笑みで抉った女がなにを」


 レギウルスはかいわを重ねるごとに度重なっている疲労感に嘆息するが、アリシアは心外とばかりに頬を膨らます。


「違うわよ。――あんたは、気になる玩具候補よ」


「ダメだもっとタチが悪かった!」


 想像だにしなかった……というか、そもそもこんな清楚系美少女が言って欲しくなかった真意にツッコんでしまう。

 そんなレギウルスへ、アリシアは目を細めながら補足した。


「まあまあ。私だって、なんの収穫もなしに逃げ帰ったワケじゃないんだし」


「……聞こうか」


 詐欺師でも相手するような怪訝な眼差しのレギウルスへ、アリシアは堂々と言い放つ。



「――放火の起因が、判明したわ」




 

 


 みっともない! あのレギウルスさんがとってもみっともない!

 ねえ今どんな気持ちぃと実にうざったい表情でインタヴューしたいです。もちろん、解決編はありますが、それはもう少し先で、これからこの鬱屈とした感情は鳴りを潜めます。まあ、それはそれで面倒なことになるんですけどね。


 

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