冷笑の、その奥底は
『英雄』扱いが当然だったからこそ、それを喪失してしまった今、異常なまでにそれに固執してしまう。
それがレギウルス……というか人間です。
エゴイストがどこまで頑張れるか。見ものです。
――爆音。
轟いたそれに、とめどなくレギウルスの内心を苛んでいた悪感情は一時その行き場を失い、霧散してしまう。
代わりに訪れたのは純然たる驚嘆だ。
木霊した爆音は、なんなら一つの集落程度ならば滅亡に追い込んでしまう程に大規模な代物であった。
無論、魔術の誤爆という可能性もある。
だが、特段由縁もなくそれはレギウルスの心を掻き立てる。
一方、聖女というと――。
「……へえ、存外行動が迅速だわ」
「……?」
そんな、意味深なことを呟いていた。
その真意の一切を推し量ることができず、ただただ間抜けな面を晒すレギウルスに対し、アリシアは馬乗り体制から離脱する。
そのまま長いワンピースにこいりついた埃を払いながら、レギウルスを一瞥した。
「あら。どうしたのかしら、そんな冴えない顔をして」
「どうしたって……」
「じゃあ、言い方を変えるわね。――『傲慢の英雄』の責務は、なに?」
「――――」
――『傲慢の英雄』。
魔人族きっての武闘派であるレギウルス・メイカへ彼の父親の称号をなぞらえて命名された二つ名だ。
だが、それは過去形。
今や、レギウルスにはそれを名乗る資格なんて――。
「身内を守ることで自身の暴虐を正当化していたことに苦悩しているようだけど、そもそもそれは無用な心配よ」
「……? どういうことだ」
「あんたの身内は西側に滞在している。でも、爆音が木霊したのは南東。身内なんて皆無だから、気にすることはないわ」
「……そういう問題じゃねえんだよ」
「――――」
レギウルス・メイカはただただ暴力が怖い。
自分が身勝手な理由で振るう、その暴虐が、怖くし仕方がなかった。
仮にこの爆発に事件性が存在するとしたら、あるいは会敵することも視野に入れるべきで、そうなれば――。
「……はあ」
「――――」
アリシアは、惨めったらしく葛藤するレギウルスを見下ろす。
「じゃあ、妥協するわ。あんたは人命救助に尽力しなさい。仮に接敵でもしたら、私が適当に切り触れるわよ」
「…………」
確かに、それならば万が一のことがあったとしても、レギウルスがその刀身を振るうような局面に陥る可能性は限りなく少ないだろう。
だからといって疑念が沸かない筈がないが。
「……なあ、どうして人族であるお前が、魔人族に肩入れする?」
「――――」
「倫理観? 有り得ねえな。お前みたいな狂人、中々に存在しねえよ」
「否定はしないわ」
「なら、それを踏まえて問う。――お前は、何故こんな真似をする? 俺からしてば、一切意義を見出すことができん」
「――――」
一瞬、アリシアは「あっちゃー」とでも言うように天を仰ぎ――そして、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「それを言ってもいいけど――果たして、そんな暇、有る?」
「……?」
不可解な物言いに、レギウルスは小首を傾げ――そして、耳朶を嬲った轟音に、思わず目を白黒させてしまう。
「なっ……!? なんで、また……」
「私に、心当たりがある。その心当たりによると、爆裂はこれで仕舞いじゃないわ。根源を破砕しない限り、際限なんてないわ」
「――ッッ」
疑問は、売る程存在する。
そもそも、どうしてお前がそんなことをさも当然とばかりに語っているのだとか、信憑性云々だとか。
だが――。
「クソッ。――一刻の猶予もねえなら、しゃあねえな」
「――――」
もはや、レギウルス・メイカには躊躇する暇さえ無かった。
嘘かもしれない。
欺瞞なのかもしれない。
分かっている。分かっているのだ。
だが、それでも、何もしていないままで時が過ぎ去っていく、その惨劇だけはなんとしても回避せねばならない。
ただ、それだけだ。
レギウルスの瞳は、迷いがない――筈もなく、依然として濁り切っている。
だが、それでも切迫した戦局の中でそんな雑念に囚われている暇さえないのか、塩梅はやや異なっているのようだ。
「――精々、ついてこい」
「言われずとも」
そして、レギウルスは激烈な勢いで一陣の神風と化し、音源へと猛然と跳躍していった。
「アハッ」
そう、悪辣な冷笑を浮かべる背後の少女の様子にさえ気づくことなく。
既に、運命は転がり落ちるように悲劇へと足並み揃えていた。
「――――」
タンッ。
数日振りの全身全霊の跳躍であったが、どうやら多少なりとも訛っていたようで、やや遅滞していた。
だが、レギウルスはそんな些末なことに気を取られることもなく、目下の惨状を食い入るように睥睨する。
「……やっぱり、前回相まみえた時とは段違いの身体能力だわ」
「お褒めにあずかりて光栄だ」
やや息が荒いが、それでもシッカリと超速で移動するレギウルスを追随することができたアリシアへ自嘲気味にレギウルスへ返答する。
そして、再度それと向き直った。
「さて……どうする?」
――火の海と化した下町と、向き直った。
燃え滾る烈火は際限なく周囲一帯へと拡散していき、なけなしの住宅さえも軒並みに無慈悲にも塵芥にしてしまう。
溢れ出す熱波が微かにレギウルスの強靭な肉体を爛れさせ、そのままの勢いで周囲一帯の有機物へと拡散していった。
そうして、連鎖的に爆炎は勢力を加速させていく。
このままでは、視界が緋色に染まり切ってしまうのも時間の問題だろう。
そんな光景に、レギウルスを頬を引き攣らせながら凝視する。
「……妙だな。予想と火勢が青天の霹靂だ」
「まあ、それもそうでしょうね」
「――?」
レギウルスの感覚では、それほどまでに熱波が及んでいないとみていたが、それが的外れだと知り悄然とする。
だが、そんな無知なレギウルスへアリシアはどこか納得したように嘆息する。
「妙に乾燥しているわ。それに、大気の端々に魔力因子が宿っている」
「……魔術的に烈火を拡散しやがったか」
「そういうことだわ」
「――――」
依然として魔術師として未成熟なレギウルスも、瞳に魔力を凝縮してみれば確かに微かとはいえども因子を感じ取ることができた。
十中八九、これだけ熱波が吹き荒れる要因に一端はこれだろう。
「……範囲は?」
「およそ、半径五キロ」
「――――」
万が一にも有り得ないが、仮に魔術師の到着が遅れてしまえば下町が丸々焼け野原となってしまうのだろう。
そして、魔術師についてさる確信が。
「……魔人国の、それも下町でこんな現象が生じるのは初めてだ。基本的に荒廃しているとはいえども、魔人国の気候は安定しているし、俺の五感でもそれらしい兆候を看破できなかった。――あるいは、人為的な犯行なのかもな」
「ええ、それには同意するわ」
偶然が多重に度重なった。
一応、それもあり得る。
だが、それはあくまでも理論上は可能であるという話であり、実際の可能性は皆無に等しいであろう。
ならば、消去法である説が浮上する。
――即ち、これは他者の悪意により彩られた惨劇だと。
「クソっ……!」
怒号、悲鳴、絶叫。
それらが耳朶を打つたびにこれ以上なくレギウルスの魂を掻き立て、抗いようのない激情がとめどなく溢れ出す。
「ともかく、いつまでもこうやって棒立ちするワケにはいかねえ! おい、お前水系魔術は行使できるか?」
「標準程度なら、十全に会得しているわ」
「そいつは重畳! お前は火勢を食い止めることだけに集中しろ! 俺は出来る限り人命救助を優先する」
「あら、そう」
アリシアはは特段レギウルスが下したその命令に対し反発することもなく、淡々と虚空に陣を形成する。
その挙動の一つ一つは途轍もなく研ぎ澄まされており、思わず冷や汗さえ湧き出てくる。
(……何者なんだよ、あの女はっ)
そう内心で悪態を吐きながら、レギウルスは強かに火の海へと駆けていった。
鬼滅が……鬼滅が悪いんですよっ!
なんでこのタイミングで映画が放送されるんですかね!? 見るしかないでしょ!?
……見苦しい言い訳すみません。更新忘れてました。
遅らせながら、五時中には更新します。おわびに三話。




