失策
本日三度目、です
「……何の、事でしょうか」
絞り出すようにメイルはそう聞き返す。
だが、付き合いの長い俺にはそれを看破していた。――ほんの微かに、メイルの声音が揺れていたことを。
つまり、『王』の一声は図星なのだ。
正確無比な追及に、さしもメイルでさえ動揺したようである。
片や俺は、『王』の質問の真意を量り損ねていた。
(本当の欲望……一体全体何なんだよ)
だが、メイルの反応からして的外れではない。
だからこそ、殊更にその思惑を推し量ることができずに、俺は頭上に大量の疑問符を浮かべていた。
そんな俺を何故か『王』は愉快げに見下ろしながら、なおも追及する。
「誤魔化すか?」
「――。いいえ、私はっ」
「どう弁解するのも当人の勝手だ。俺が直接それに介入する権限は存在しない。――だが、一つ覚えておくがいい」
一拍。
『王』は嘲弄するワケもなく、ただただ自明の理の数式の解でも言い放ったようなように、淡々と語る。
「――果たして、この会談にどれほどの生命がかかっている?」
「――――」
「黙秘するのなら、すればいいさ。その末路は知らんがな」
「――ッ」
メイルは鮮血が溢れ出す程に自身の掌へ鋭爪を突きつける。
そうやってでしか、その理不尽さを八つ当たりすることができないから。
そしてメイルは天を仰ぎながら、「はあ……」と深々と溜息を吐き、それまで隠匿していた情報を開示した。
「――私には、三人の幼馴染が居ます」
「――――」
「その内一名は、傍らの『傲慢の英雄』。――そして、もう二人は、死にました」
「……そうか」
何故か面食らったように『王』は目を丸くする。
そんな『王』をメイルはやや怪訝に思いながらも、もはや隠蔽する必要性もないとばかりに続きを口にする。
「私の宿願は唯一無二。――もう一度、彼らと話がしたい」
「――――」
「生き返らせる必要性はない。きっと、ヨセルやヨシュアンはそれを切に願っているわけじゃないから」
「……っ」
『王』は、メイルが発した一言に、意味不明なことにその瞳を潤ませ――そして、悠々と微笑んだ。
その真意は定かではない。
だが、この『王』からはどことなく俺たちに共通する情念が感じ取れるような……そんな、気がする。
「それが、貴君の根底か」
「……それほどまでに大層ではありませんが」
「結構結構」
『王』はメイルの返事ににこりと万人の頬を紅潮させてしまうような、そんな爽やかな笑みを浮かべ――。
「――期待外れだ、下郎」
――刹那、周囲一帯から強烈な殺気が溢れ出した。
「ッッ!!」
懐にしまい込んでいた『紅血刀』を取り出した俺は即座にそれを抜刀し、メイルの寝首を掻こうと跳躍する黒衣の男が振るった刀身を受け止めた。
それだけで、肩が外れたような錯覚に見舞われる。
『自戒』により確実に世界最強の肉体を会得したというのに……よもや、こうも早々に窮地が訪れるとは。
そう俺は微苦笑しながら、猫のようなしなやかで一回転。
そのままメイルと、ついでにメイセを回収し軽やかに着地した。
「……何考えていやがる?」
「おや? 目上の人物に対する口の利き方がなっていないようだ」
「そりゃあ、俺だって現状維持だったらそうしてたさ。――お前らが、メイルに牙を剥かなかったらな」
「――――」
あの黒衣の男の殺意は正真正銘。
パチパチと二度続けざまに『王』がウインクしたのを認知できなかったらメイルの身体も危うかっただろう。
紙一重ながらも間に合って僥倖だ。
だが、そう安易に安堵できねえよな。
なにせ――その殺意は、明らかに玉座に居座る『王』により発せられたモノなのだから。
「……何の心算だ、『王』」
「自明の理。――その女の声音は、虚言だ」
「なっ……」
『王』の一言に脳内が白熱したような気さえする。
それは、メイルが、俺たちを想う感情が嘘偽りと、そう言っているとしか解釈できやしなかったからだ。
有り得ない。
そう確固たる確信を以て俺はこちらを見下ろす『王』を睥睨する。
メイルが流したあの雫がハリボテだなんて、そんなこと想像したくもなかったし、そもそも荒唐無稽だ。
だが、メイルの安否を確認するために振り返ると――思わず、固まってしまった。
メイルの瞳は――揺れていた。
「……っ」
長い付き合いだからこそ否応なしに理解できてしまうその劇的な反応に、信じられないと絶句してしまう。
猿芝居の気配もない。
つまり、『王』が放った声音は真理――。
「勘違いするな、『英雄』」
「……?」
「俺はあくまでも『一番』の我欲と言った。ならば、自明の理。――この女が放った声音が、あくまで『一番』ではないだけ」
「――――」
どうやら、俺が抱いた疑心暗鬼は早計だったようで、俺はその短慮の恥じ入る一方、どうしようもなく安堵していた。
だが、それと同時にある疑念も沸いてくる。
「なら……メイルにとって一番の欲望って、なんだ?」
「――――」
メイルは、依然俯き沈黙したままだ。
その反応は殊更に当惑を加速させ、ただえさえ混沌と化した戦局も相まって錯乱してしまいそうである。
一縷の望みをかけ、『王』を見上げる。
が――。
「俺を見るな。俺はある程度他者の心理を悟ることはできるが、それ以上は到底不可能だ。身勝手にあてにされても困る」
「――。ああ、そうかいっ」
自分でばら撒いた種だというのに、随分と無責任なこった。
そう俺は反吐を吐き、そのまま『紅血刀』を構える。
「それで、どうする? このまま徹底抗戦か?」
「ふむ。それもまた、悪くないな」
「――――」
その言い方では、まるで『王』の真意はもっと別にあると、そう断定できてしまうようなモノである。
あるいは、まだ交渉の余地が……。
「言っておく。我欲の一つや二つさえ羞恥心に呑まれ口にもできないような愚図に提供するようなモノはウチにはない」
「――ッッ!!」
その紛れもない挑発の一言に視界が白熱したような錯覚を覚える。
そして、そのまま溢れかえる激情を十二分に発散すべく、『紅血刀』が存分に遺憾なく猛威を振るって――。
「――レギ!!」
「…………」
が、それは幼馴染のいつになく粗ぶった声音により中断することとなった。
普段良い意味合いでも悪い意味でも冷静沈着なメイルが、こうも感情を剥き出しにする光景なんて、中々見れるモノじゃない。
目を見張る俺の袖を、メイルは震えた手先で、されど強かに握った。
「お願い……行かないで」
「――――」
その想いには万感の想いが込められていることは即座に判別でき、唖然としてしまう。
そして、『王』の声音がどれほど図星だったのかそれまで俯き目視することができなかった容貌が明らかになる。
「っ」
絶句。
メイルの瞳からは、洪水のように大粒の涙が溢れ出していた。
何故、何故、何故――。
いよいよ混迷を極めていく最中、『王』は呆れ果てたように俺を一瞥する。
「その雫の真意さえも看破できないとは……それでも、貴君はその女の幼馴染なのか?」
「――ッ」
『王』からはもはや隠蔽する必要性も無いとばかりに侮蔑と嘲弄の色がにじみ出ており、それが俺を射抜く。
不可思議なことに、それはこれ以上なく胸を抉り――。
「ああそう、貴君は依然として俺が貴君らと刃を交らわせないその思惑さえも理解できていなかったな。――その答えは、背後の魔術師だ」
「……?」
『魔術師』。
この一行の中で、それに該当する人物だなんて俺はたった一人しか思い浮かべることができなかった。
「――辛気臭い顔、してるんじゃありませんよお二人さん!」
そう、『魔術師』――メイセは極度の集中故か、滝のように脂汗を掻きながら、極限まで気配を押し殺し構築したそれのトリガーを引く。
「――『天扉』ッッ!!」
不自然な程に一切の抵抗もなく、視界が切り替わった。
――これにて、『金兎機構』との交渉は失敗に終わったのだッた。




