会談の末路
「あー。つまりだな」
「――――」
ガバルドは珍しくどこか気まずげに目線を逸らしながら、滔々と国家事情を語る。
仮にこの場で虚言の一つでも嘯いたとしたら容易く交渉は決裂し、転がり落ちるように最悪の事態に陥るだろう。
故に、戯言の類は皆無と信じたい。
「そもそもな、あんたたちはどこまで俺たちの国家の事情に精通している?」
「……詳細は依然不明。でも、存外窮地に陥いていることくらい、容易く想像つく」
「まあ、そうなんだよな……」
「――――」
ガバルドはどこか投げやりに首肯する。
『英雄』らしからぬ無気力な姿勢にメイルはやや面食らったように硬直した。
「まず、大前提としてこの国家はさあ、今存亡の危機に晒されてんだよ」
「……それは、不穏な話なのだ」
「ああ、全くだ」
『英雄』の態度はまるで他人事だ。
あるいは、そうして現実逃避気味に俯瞰して戦局を俯瞰しなければならない程に途方に暮れているのだろうか。
メイルはおおよそは察しているようで、目を細めながら指摘する。
「……ルイーズ・アメリア」
「そういうことだ。ったく、なんであの野郎こんな鬼気迫ったタイミングで離反するかな。……まあ、それも謀略の一環か」
「――――」
――ルイーズ・アメリア。
確か、数日前王城襲撃を手掛け、後日これとはまた別の屋敷に勤務する使用人の一切合切を惨殺し消息を絶った野郎か。
「アレでも、アメリカ家は国家を支える『四血族』……そいつが裏切っちまえば、相当政界も荒れてくる。一部では疑心暗鬼が極まって共食いだなんていう悲劇まで勃発してしまうくらいにな。……業腹なことだが、それだけあの野郎の存在は肝心だったんだよ」
「ふむ……お前らの思惑はだいたい見えたぞ」
「ほう? 随分と素早いな」
「これでも私は参謀なのだ。ただただ暴虐の限りを尽くすような蛮族と一緒にしないで欲しいのだ」
ただただ暴虐の限りを尽くすような蛮族は心にダメージを負った!
無論、これも無自覚なのだろう。
そう思いたい。
苦虫を噛む潰したかのような渋面をする俺に『英雄』はどことなく同情の眼差しで眺めながら、本筋へ戻った。
「ついでに、補足だ。ヴァン家の当主も王城襲撃の際に殺害されている。――ぶっちゃけな、もういつ内乱の一つや二つ巻き起こっても可笑しくないんだよ」
「……王が居るではないか」
「まあな。だが、それでもまだ足りぬ程に荒廃してるんだよ。そんだけ四血族が補完していた箇所は多大だったて話よ」
「――――」
聞くに、これまで『四血族』の内一角でも滅んだことはないらしい。
アメリア家の当主は不老不死という不可思議な体質を持ち合わせているし、ヴァン家は内政こそを旨としている。
メシア家も性格はともかく実力は本物だし、幾多もの多彩なアーティファクトを駆使し敵対者を完膚無きままに圧殺するルシファルス家なんて以ての外だ。
だが、今この時にしてその条理が破砕した。
ならば、それが及ぼす影響も相応のモノなのだろう。
あるいは、無欠の国家に生じた綻びに便乗し、クーデターなんて野蛮な戦乱を呼び寄せる野心家も存在するだろう。
もはや、国家は満身創痍。
自身の傷跡を舐めるだけで精一杯だ。
つまり――。
「――もはや、王国は魔人族と刃を交えるような、そんな余念は存在しないんだよ」
「――――」
成程な……。
これほどまでに懇切丁寧に情報が提供されたのなら、否が応でも国王が下した結論を推し量ることができる。
「……同盟か」
「虫が良い話だっていう自覚はある。だが、利害は一致している筈だぞ」
「――――」
ガバルド――否、王国が提示したのは、恒久的……とはいわずとも、一時停戦を申し出る声音であった。
どうやら、俺が弾き出した推察もあながち的外れではなかったようだ。
「……王国の民草はそれを受け入れられるのだ?」
「無理だろうな。なんせ、今まで散々辛苦を味わってきた魔人族なんかと手を取り合うくらいなら自害してやる。此処はそういう国だ」
「……なら、どうして」
国家が一致団結しなければ、結局戦火は不可避なのだ。
それは『英雄』とて理解しているのだろう。
ならば、どうして――。
「手段は二つ存在する。だが、悪いな。後者はウチにとっても虎の子だ。そうやすやすと開示できるようなモノじゃない。
明確な拒絶の意思。
だが、それを裏返してみれば『前者の手段を開示する』という事であり――。
「――アートゥン・コルセー」
「……現実改変の魔術師、か。……『魔人族とは即ち人族の不倶戴天の怨敵』という認識を覆す気なのだ?」
「全く以てその通りだ。後、ついでに荒れ果てた現状も立て直す所存だよ」
「…………」
メイルは熟考するように押し黙る。
王国は同盟への前座を整えるために、そして魔人族は『魔王』という最高指導者を今一度白日に晒すため。
成程、両者ともに利害は一致しているな。
そう一人首肯する俺であったが、どうやらメイルに関してはそう楽観視していられるような性分ではないらしい。
「……一つ、尋ねたいことが」
「――――」
メイルが唐突に呟いたその声音に、俺は小首を傾げる。
が、どうやらメイルは俺を慮る余念もないのか、一瞬瞑目し、そして食い入るように『英雄』を凝視する。
その金色の瞳は一切合切を見透かしているな、そんな不可思議な怖気さえ帯びている。
だが、そんな眼力に対し、ガバルドは平然そのものだ。
流石『英雄』。
存外、肝は据わっているようだな。
「『英雄』。――既に、アートゥン・コルセーの所在地は把握しているのだ?」
「……まあな」
「?」
何故か絶妙に苦々しい顔をする『英雄』に怪訝に思うものの、ここでうっかり介入してしまえば面倒事以外の末路が思いつかないので黙秘するとしよう。
ガバルドは錆色の頭髪を掻きながら、「はあ……」と嘆息し――。
「――魔人国だ」
「――――」
意外も意外。
そもそもの話、仮にアートゥンとやらが魔人国に滞在していたとして、何故それをガバルドたちが把握しているのか。
色々と疑念は沸くが、それ以上にガバルドがわざわざ俺たちの元へ正式な使者として出向い、そして情報を開示した理由もおのずとも理解できた。
「……成程な。貴様らは人族。既に魔人族側の敵愾心は抜けきっている。……懸念したのは、使者の堪忍袋の緒か」
「……同盟を申し込もうとする相手に切りかかったらそれこそ戦争だろ? 使者の方はその手の訓練を積んでいるが……五百年だからな。それだけの歳月を魔人族との戦乱に費やしていたら、ⅮNAレベルで憎悪が焼き付くのも無理はない」
「ついでに、かの富豪は魔人国に滞在している時点で、まず間違いなく魔人族陣営の人間……私たちが交渉した方が手っ取り早いということか」
「御名答。交渉に失敗したら元も子もねえからな」
更に聞く話、アートゥンという富豪の性格は傲慢かつ不躾で、常時他者を愚弄していないと生きていけないような下衆らしい。
そんな性格と、人族の魔人族同士が交わったら。
(……そりゃあ戦争待ったなしだよな)
ようやく俺にもガバルドの懸念を理解できた。
「……金品は? 盗難しないという保証はないのだぞ?」
「『誓約』があるだろ」
「……それこそ、節穴なのだ。洗脳でもされてしまえば容易くお前たちを離反し、そのまま滅ぶ。殊更不安視すべきなのだ」
「用心深いこった。なら、こっちからも使者の一人や二人派遣してやる。なに、安心しろ。文字通り透明人間みたいなやつだ。まず間違いなく、気配が露見するような無様は晒さねえよ、あの暗殺者は」
「ふむ……」
メイルは一瞬瞑目し――。
「返答は、また後日なのだ。国家の存亡が左右されるこの会談の結論は、私個人が下していいモノじゃない」
「否定はしねえよ。じゃあ、三日後に再度来訪する。少なくとも、その時までは末路を定めておけよ」
「言うに及ばず、なのだ」
こうして、特段目立って決裂することもなく、交渉は無事幕を閉じたのだった。




