プロローグ ――泡沫の月夜――
はーい、最終章開幕です!
早い! 本当は十一章までやる心算だったんですが、アキラ君が速めに勝手に豹変しちゃったのでこうなりました!
悔いは、無い……。
というわけで、最終章「泡沫の月夜」、本日より本格的に始動致します。
どうぞ、最後まで見守ってくださいませ。
「朝だ――――!!」
「煩い」
晴天。
豪華絢爛な王城の一室で、そう高らかに声音を張り上げる錆色の頭髪の青年に、少女はジト目をする。
寝起きなのだ。
朝くらいは、嫌に脳裏に響くその声色を木霊させないで欲しい。
そんな抗議の念を上目遣いで睥睨することにより如実に伝達しようと奮闘する少女……だが、悲しいかな。
美麗という形容さえも生易しい可憐な少女の上目遣いなんて、青年のオタク心を刺激するだけである。
「ああ……尊い」
「……戯言ばっかり言ってないと死ぬの?」
「もちろん、俺は君の笑顔を見れなくなったら死ぬさ! もう立派な中毒者だよやってね!」
「吐き気しか差さない」
「くっ……! でも拗ねるお前も可愛い! 最高!」
「す、拗ねてないっ」
「またまた~」
飄々と青年は目を細める。
ちなみに、こうも堂々と愛を囁く青年であったが、その実これは平常運転。
口説く相手が少女であろうともなかろうとも、青年のこの気安く軽薄ない態度には一切の差異がないのである。
そこにちょっともやもやを感じてしまっている……ワケがない。
が、どこか釈然としないのも事実。
「……むかつく」
「おやおやあ? どうやら天下のルーシもハーレムな俺に嫉妬を……!?」
「流石彼女居ない歴=年齢。貫禄が違う」
「ああああああ!! や、止めろ! 発作が、発作があ……!」
「ふんっ」
急所を突かれ、悶絶する青年を少女がその幼気ない容姿に不釣り合いな永久凍土が如き眼差しで見下ろす。
「……いい加減、真面目になって」
「だが断る! 異世界召喚なんてされたって、俺は俺だからな!」
「そんなんだからニートって蔑称が定着する」
「くっ……! 動悸がっ」
「……都合の悪いことをアレルギー反応で誤魔化さないで」
「勘違いしないで欲しい。俺とて本意じゃないんだっ。俺だって、こんな自分に力があれば魔王なんて即座に撃滅しているさ……!」
「一人で国家を滅亡に追い込める規格外の体現者がなにを」
「ぐわぁっ!? 吐血するう、吐血しちゃう!」
「……勝手にすれば?」
「そこは心配してよね!」
「ハッ」と阿呆な青年へ鼻を鳴らす。
ちなみに、先刻少女が言った通り、駄々っ子のように転がりまわるこの青年、その実世界を揺るがす実力者なのである。
しかも、異世界からの転移者。
彼に課せられた宿願は『魔王』――こと、敵対国家の撃滅だ。
無論、青年とてむざむざ生物兵器と成り果てるような、そんなマゾな趣味は皆無なので事あるごとに催促されるこの要求ものらりくらりと回避しているのである。
おそらく、少女もそれを理解しているのだろう。
が、それでも叱咤するのは明らかにそれが一つの要因でしかなく、青年が極度の面倒くさがりだと看破しているから。
故に――。
「それ以上埃を舞わせないで。――踏むよ」
「どうぞどうぞ」
青年、忠犬かのように恥も外聞もなく腹を見せ、仰向けに転がる。
「はぁっ、はぁっ」という途切れ途切れな吐息が非常に気色が悪かった。
頬を赤らめる青年を、家畜でも見下ろすかのように少女は凝視し――。
「……次は、無い」
「ツンデレ!? ツンデレなのご主人様!」
「ご主人様だなんて言うな! 気色悪い!」
「傷ついた! 今の一言でこれ以上ない程にか弱い俺のハートが傷つい……あれ、これはこれで……」
「へ、変態……!」
「我々の業界ではご褒美です」
キリッとした顔色でそんなどうしようもないことをさも真理とでもいうかのように嘯く青年であった。
これには少女も天を仰がずにはいられない。
「……あなたには、矜持っていうモノがないの?」
「ご主人様に一切合切捧げました!」
「返す!」
「御返品は認可されておりませーん! さあ踏んで! 俺を踏んで! 豚のように! 豚のように!」
「嫌だ!」
普段無感動的な少女は、らしくもなく声を荒げる。
が、青年に至ってはその明確な拒絶にもめげることなく、というか度し難いことに逆に一層興奮そいているようである。
実に、豪が深い。
だが、そんな喧騒も……。
「……貴様、何をしている」
「「あっ」」
組み合う二人は、思わぬ人物の来訪に目を丸くする。
二人へ――正確には、青年へと一極集中する冷徹な眼差しに、青年の顔色が段々と蒼白くなっていった。
そして、突如として王城の一室に踏み込んだその男は、「はあ……」と溜息を吐き、そしてじっと青年を見据える。
「貴様……何故、仰向けで腹を見せながらはあはあしてる?」
「忠節心を体現しております」
「……はあ」
男は深々と、それはもうブラック企業に勤務するおじさんのような吐息を吐き出し――そして、おおむろに青年の腹を踏み躙った。
「確かに、『豚のように踏んで』だったな?」
「ち、違う! 違うんです! あれは何かの誤解で……そう! まず間違いなく、敵国兵の悪辣な罠――」
「言い訳は、後で聞こうか」
「かはっ」
繊細な臓腑に深刻な負荷がかからないように――されど、世界最強の肉体をもつ青年にさえ激痛を付加できるように。
その手並み、まさに神仏の御業。
青年としては、その天性の才覚をもっと有意義なところで使って欲しい所存である。実にブーメランである。
青年がこれでもかと閑静な王城に喧騒を齎し、少女がそんな彼に侮蔑の眼差しをし、男が阿呆な不埒者へと鉄槌を振りかざす。
――そんな、月並みにありふれた在りし日の光景であった。
「……やっぱり、こうなるか」
そう、閑静なテラスでヴィルストは独り言ちる。
風が、肌を撫でる。
寒冷期を迎えた『約定の大地』はそろそろ肌寒くなってくる頃合いであり、そろそろ白銀も降りしきるだろう。
予測は、していた。
そもそも、彼――スズシロ・アキラと邂逅したあの瞬間、ヴィルストは確固たる自信を以て断言できたのだ。
――きっと、この少年と自分は似たもの同士だと。
だからこそ、彼にもある程度は寛容になれたし、娘への仕打ちに対する理解もさも当然とばかりに済ませてある。
だが、それでも止められなかった悔いが残るのはどうしてだろう。
「……はあ」
もう、取り返しはつかない。
あの少年の決意に泥を塗るのは、それは彼を殺害する行為と相違だろう。
ならば――ここは、堪える。
――ヴィルスト・ルシファルスに限った話だが。
「勘違いしないで欲しいね、スズシロ・アキラ」
確かに、彼とアキラは恐ろしい程酷似している。
だが、たった一つの相違点があるとすれば。
「……相当こじらせていた私と比較し、彼は十二分すぎるくらい環境に恵まれているからねえ。――私の加勢は、必要ない」
きっと、それだけだろう。
かつて、アキラがそうであったように、ヴィルストにも同様の状態に陥いてしまったことがあるのだ。
だが、今こうしてヴィルストは五体満足で居られる。
それもこれも、『彼』が思いっきり自分の頬を引っぱたいてくれたが故だろう。
孤独では、どうしようもない。
だが――あるいは、手を取り合うことで、『それ』を受け入れることができるのならば。
「……私も変わったね」
所詮、それは偽善理想の類だ。
それは、ヴィルストが誰よりも理解できている。
無論、ヴィルストとて絆だなんていう絵空事を信望するかのような阿呆な趣味は一切持ち合わせていない。
ただ――アキラのあの眼差しに、ほんの些細な希望を見出しただけだ。
――あくまでも、ヴィルスト・ルシファルスは傍観者。
「でも、だからと言って何もしないとは言っていないよ?」
そう、小悪魔的な笑みを浮かべ、ヴィルストは遥か天空を目を細め、眺めていったのだった――。
■
――『化け物』と、『人』が交わることはない。
これは、それ故の末路である。




