花束
食卓に向かうと、そこには定番通り見目麗しい幼馴染が――
「……また寝坊か? いい加減その悪癖は治せよ」
「なんだ、ブサイクか」
「あ”ぁ!?」
ヤクザが如き低い声音で俺を抉るように睨みつける見目麗しくない幼馴染。
どうせなら可愛い美少女だったらよかったのに。
「山田さん、不法侵入はれっきとした犯罪行為です。それを理解したのならば今すぐ可愛らしい美少女の幼馴染と取り換えられてきなさい」
「オッケー、お前喧嘩売ってるんだな?」
「お兄ちゃん……可愛い美少女なら、すぐ隣に」
「え? なんだって?」
山田さんこと怜音が人前で堂々と妹とイチャイチャ(あくまでも俯瞰してみたら)してる俺へ満面の笑みで中指を立てている。
これが、トモダチか……。
「なんだよ黄昏て」
「自分の胸に聞いてみろ」
と、語感と性質が恐ろしい程合致しない大男に対し唾を吐く。
無論激昂する野生動物であった。
「……ホント、仲良いわよね」
「春香ちゃん、それは正気の思考回路じゃ……あっ」
そういえばこの子頭のネジぶっ飛んでるんだったわ……。
そして、そうなった起因はまず間違いなく俺にある……うわあ。
「どうして気まずげに目線を逸らすのよ」
「……ちょっとね」
「…………」
ジト目で凝視され、居心地悪いことこの上ない。
と、そんな俺へ怜音は欠伸を噛み殺しながら話題を持ってくる。
「そういや彰、お前また女子に告白されたそうだな。死ねよ」
「……理不尽だ」
「いやー、モテる男の宿命だろ。脳髄引きずり出してやろうか?」
「お前は何一人勝手にキレてるんだよ……」
悪鬼羅刹が如き形相で俺を射殺せんとばかりに睨みつける怜音。
ちなみに、その実俺は少々モテる。
どうも顔面偏差値が少々標準よりも上回っていたらしく、それ故か何かとアプローチされ続けられる日々である。
余談だが、大抵の子の場合、俺への第一印象は「可愛い」らしい。
……解せぬ。
「おお彰、変顔大会の練習か?」
「生ける顔面化け物なお前には言われたくねえよ! っていうか、お前彼女居るだろ!? 毎度毎度なんで俺を目の敵にするんだよ!」
「テメェ……! お前が呼吸しているからに決まってるんだろ!」
「殺すぞ!」
これが、トモダチか……(遠い目)。
ちなみに、怜音にも最近彼女が出来たらしい。
馴れ初めは偶然通り魔に遭遇し、丁度その場に海上自衛隊隊長の娘たる彼女が居合わせ、その事件を機に仲良くなったらしい。
なんでも、彼女が怜音を惚れ込んだ由縁が「筋肉美」だとか。
うん、ちょっと何言ってるのか自分でもよく分からなくなってきたぞ。
そもそも通り魔事件なんていう物騒なイベントを出会いの場に昇華できたとか、色々と言いたいことがあり過ぎる。
が、二人の仲は依然熱烈らしい。
目下の怜音の懸念は、しきりにその彼女が肉体関係を迫っていることとか。
「死ねばいいのに」
「ざまあ。お前無茶苦茶モテるけど彼女居たこと一度もねえから、俺の気持ちも全然理解できないだろうな!」
「拳銃」
「女子中学生だから常時携帯していてよかったわ」
「ちょちょちょ!? いきなり拳銃向けるとか物騒過ぎる……っていうかなんで彰妹はそんなもんさも当然とばかりに常備してんだよ!?」
「女子中学生だもの。当然よね」
「ああ、常識だよな」
「俺だけか……? 俺だけしかこの状況を異質と思っているのか……?」
依然、釈然としないレギウルスであった。
――胸騒ぎ。
「――――」
ぼーと、毎度の如くじゃれつく春香と怜音を横目に、俺は雑談に興じるワケもなくただただぼけーと虚空を眺めていた。
何かが足りない。
そう魂の奥底が叫び散らすが、その肝心の「何か」の精緻な輪郭を捉えようとするが、結局霧を掴むが如くことごとくが失敗に終わった。
依然、分からずじまい。
俺は、ふと談笑する二人を一瞥する。
なんてことはない。
毎朝毎朝、懲りもせず繰り広げられる、そんな見慣れたやり取りで、特段それに意外性など皆無であった。
――ならば、この違和感は一体全体どう説明すればいいのだろうか。
分からない。
早朝は愛想笑いを浮かべ適当に誤魔化したものの、刻一刻と蔓延るその空洞は拡大しているように感じられた。
「……空洞」
そう認識したことに、これといった理屈はない。
ただただ魂は至極当然のように胸の内に突如として存在したその風穴を認知した。
それを意識する度にどことなく焦燥感にも共通する感情の大海原が沸き上がっていくような気さえする。
(ホント、朝っぱらからなんなんだよ……)
――何かが足りない。
怜音も、春香も、クラスメイトだって滞在する。
だけど――だけど、たった一人だけ、この空虚な世界に姿を見せていない人がいると、そう自然と認識できた。
意味が分からない。
いよいよ頭が可笑しくなったか?
意味不明な胸騒ぎの起因の究明に没頭する俺であったが、不意に面食らうことになる。
「――お兄ちゃん」
「あだぁっ!?」
キック。
春香ちゃんの華奢な体躯ではそれも可愛らしいモノである――仮に、その照準が俺の股間ではなければ。
激烈な痛覚にノックダウンする俺。
悶絶する俺へ、春香ちゃんはどことなく怪訝な眼差しをしながら心配げに問いかけてきた。
「お兄ちゃん……珍しいわね。一人で考え事だなんて。もしかして気になる人でもできちゃったのかしら」
「その前に添えられた短刀を仕舞って欲しいな……」
そろそろ春香ちゃんの兄離れして欲しいモノである。
一々女性に告白される度にドロップキックされる俺の身にもなって欲しいモノだ。
が、それまでの悶々とした思考回路はライムちゃんが打って出た一手により、図らずとも払拭されていた。
流石マイシスター。
恐ろしい娘……! である。
「ああ、御免御免。ちょっとどうやったら怜音を泣き喚いて俺に許しを請う程追い詰めることができるかなって」
「ちょっと待って欲しい」
「どうしたんだい怜音君」
「……彰、そろそろお前とは雌雄を決しなくちゃいけね頃合なようだな……!」
「雌雄を決する……くっ、この変態めっ。貴様まさかその口で」
「お前は何を言っているんだ」
急激に冷静になる怜音が酷く印象的であった。
「……はあ。仲睦まじいわね相も変わらず。それじゃあ私はゴミ溜めに行ってくるから。お兄ちゃんたちも精々頑張ってね」
ゴミ溜めって……。
「なあ、今俺血は血で争えないって、物凄く実感したよ」
「オイコラどういう意味だ」
俺はこれでも生粋の常識人の心算なのだが……。
いや、確かに腹黒いっていう意味合いじゃ共通しているかもしれないが、あんな狂信者と一緒にしないで欲しい。
「……さて。んじゃあ俺たちもそろそろ行くか」
「ハッ、お前みたいなブサイクとの登校だなんて、それこそ俺の品性が疑われるな」
「安心しろ。俺の尽力もあり、お前は生粋は幼女をお持ち帰りしあまつさえ「お兄ちゃん」って呼ばせてる変態鬼畜紳士って拡散してやったから、そんなの今更だぞ。さあ、胸を張って門を潜るんだロリコン!」
「お前ぶっ殺すぞ」
そろそろこの男と縁を切ろうと、そんな雑感にふけながらも、俺は渋々ながらも謙遜にまみれた教室へと足を踏み入れた。
……何名か、俺を認識した瞬間まるで見てはいけないモノでも見てしまったかのような表情でそっと目を逸らしたような気がするが、気のせいだ。
オタク活動に日々の青春を費やす小村くんがまるで新たなる同士を歓迎するかのような眼差しをしているが、見間違えだろう。
と、俺は釈然としない表情で荷物を下ろし着席し――そして、固まった。
――『■■■■』。
そう記された古びたネームが張り付けられた机には――花束が、添えられていた。
意味わかんないですよね、はい。
詳しい解説は八章で。
ヒントといえば……怜音くんも春香ちゃんも、性格容姿揃って瓜二つだということです。




