また明日
轟音。
「――――」
激突の際に生じた激烈なインパクトが途轍もない粉塵を巻き上げ、それはさながら台風にでも直撃したかのような感触であった。
俺は華奢なライムちゃんの肩を支えながら、必死に白煙が収まるのを待つ。
(……流石だな)
多少時間が掛かったとはいえども、これだけの威力の魔術を構築できてしまえるとは……。
流石は『賢者」。
現役でなくなったとしても、その腕には一切の陰りはなく、それどころか更に洗練されているような気さえする。
末恐ろしい話だ。
「――――」
吹き上げられる白煙の勢いが次第に収まっていき、衰えの兆候を察し数十後にはそよ風程度になっていた。
そして、俺は意を決して『老龍』の安否を確認しようと――。
「――やったか!?」
「お前嘘だろ」
え?
なにこいつ、自殺願望者なのではないかという、そんな実に失礼だが的を射ているツッコミを心中でかます。
そして、完全に煙が晴れると――目が合った。
「……これはこれは」
「ぁっ」
それは、称賛か、あるいは呆れか。
確かに、『老龍』を目が合った。――目だけな。
「……こりゃあ酷い」
「流石に同感だわ」
『老龍』は超重力にその身を押し潰され、まずその臓腑を度重なる衝撃から死守していた骨格は完全に消え失せている。
なにより恐ろしいのは剥き出しの筋線維だ。
もはや、龍鱗だなんて接触したコンマ一秒後に一切合切が消し飛んでいる。
何とか再生の効力もあり即死は免れたようだが、上半身の大半はほぼ消し飛び、その下半身さえも筋肉が剥き出しだ。
ちなみに、鮮血は無い。
空気抵抗により烈火を宿したその岩盤の熱波により、『老龍』の身に巡っていた血液の一切合切が蒸発したのだ。
俺と目があったのは奇跡的に「目」として認識できる程度に原型を留めている感覚器官の一種であった。
「……死んだか?」
「いえ、まだよ。魔晶石の大部分は消し飛んだ。――でも、まだ健在よ」
「――――」
確かに、よくよく目を凝らしてみれば、飛び散った『老龍』の肉片は再誕しようと、細胞分裂をしきりに繰り返している。
だが、それも目に見える範囲じゃない。
魔晶石の大部分が破砕されたからか。
『老龍』の修繕能力はとてもじゃないが当初とは見る影もなく、さながら地を這う芋虫が如き速力である。
これもどれも、『老龍』の衰弱の度合いを如実に示していた。
「レギウルス、油断するな。相手はあの『老龍』。サイドの不意打ちの可能性もある。ライムちゃんが簡易的な結界を張って包囲網を構築してから撃滅する」
「……いつになく真剣だな」
「……いつも軽薄で悪かったな、オイ」
「ああ、慰謝料として女装写真集――可愛らしい写真を要求する」
「誤魔化せてねえぞ」
まさかこの男……マジか?
俺はマジマジと上目遣いで、大柄なレギウルスを見詰める。
その男の瞳は本気と書いてマジと如実に示されており――。
(気のせい。きっと気のせい)
疲れているのだろう。
現代における生けるゴリラことレギウルスに俺が異性として好意を抱かれるとか嫌過ぎる。
こいつは付き合って数週間した経っていないのに浮気をしているのだろう。
不思議だ……。
不思議だなあ……。
「どうした気色の悪い大男に異性として見られた男みたいな顔をして」
「よく分かっているじゃないか」
「? どういう意味だ? ちょっとよく分からん」
鈍感系主人公!?
お前……なんでそんなに節操なく属性を増やそうとするのか、いよいよ俺の許容限界を超えてしまう。
(考えないことにしよう)
ライムちゃんと要領は同じだ。
この手の輩は、会話する度に悪寒がするので適当に放置しておいた方が得策だと、そうどこかの本で読んだことがある。
ここは、それを実践するべきだろうと、そう決意した今日この頃であった。
「……お兄ちゃんたち、何イチャイチャしてるの?」
「アッハッハ、ライムちゃんは冗談が上手いねー」
思わず顔面にドロップキックを浴びせたくなるくらいには。
「そ、そう……? 止めてよね、そういう不意打ちっ。……やるなら、二人っきりの時にしてよね」
お前、これまで散々やっておいて、今更ラブコメヒロインみたいなあざと可愛い仕草するんじゃねえよ! 可愛い!
心中複雑な俺が「ハイ、ソウデスネ」と機械的に返答しつつ、『老龍』へスタスタと歩み寄る。
「さて……そろそろ、終止符を打とうか。ライムちゃん、結界は?」
「もう出来てるけど、お兄ちゃんが今晩添い寝してくれないとうっかり消えちゃうかも」
あら、この子ったらこんなにたくましくなっちゃって……!(現実逃避)
当初は羞恥心故にあまり積極的ではなかったライムちゃんであったが、今ではこんな大胆なアプローチを……!
でも、できることならそれはお兄ちゃんに向けて欲しくなかった。
できることなら同世代を求愛して欲しい所存である。あっ、そういえばライムちゃんって確か今四千――。
「それ以上の狼藉を働けば襲うわよ――性的に」
「そういえば、ライムちゃんって四千以上の魔術を行使できるんだね! 流石俺の妹だよ!」
「……照れるわ」
テメェッ、今あんたが仰った痴女としか言いようのない発言をしておきながら、よくこんな乙女チックな表情を……!
ほら、レギウルスだって「マジだろ……」とライムちゃんを見てる……あれ、軽蔑の眼差しの矛先は俺のような……・。
レギウルスと目が合った。
レギウルスは、まるで路傍の生ゴミでも見下ろすかのような眼差しをし、即座に俺から目線を逸らした。
アキラさんは、心にダメージを負った!
「……まさかのロリコン疑惑再熱」
「お兄ちゃん、いい加減認めた方がいいんじゃ……」
「認めるも何も、俺は永遠の沙織一筋――そんなワケないじゃん。可愛い妹が居ながら余所見する兄貴なんて、最低だよな」
「お兄ちゃん……!」
別に、ライムちゃんがハイライトが消えた眼差しで突拍子もなく俺の間合いへ急迫し、首筋に短刀を添えたからこんな掌返しをしているワケではない。
某ペテさんではないのだ。
俺の妹が、こんなに狂っているわけがない!
「……ふんっ」
「あっ」
と、俺たちが乳繰り合っている(誤解)間に、スタスタと『老龍』の残骸へレギウルスは歩み寄り――その魔晶石を、大室に踏みつぶした。
それはもう、一切の躊躇なく。
ぐしゃりと。
「おいいいいいいいいいい!! お前、なにやってんの!? ホント何やってんの!? 死ぬの!? ねえ殺して欲しいの!?」
「お、おい……血相変えてどうしたんだよ」
「いや、どうしたんだよじゃねえよ! 『老龍』なんていうラスボス的な相手に、あれはないだろ
! もっとロマンを愛せよ!」
「い、いやそれは非合理的だし……」
「!?」
おっと、合理をこよなく愛する俺の理性が「俺は何をやっているのだろうか」と自問自答していますね。
いつになく冷静至極なレギウルスに感化されたらしい。
心底どうでもいいがな。
「……これで、『清瀧事変』もとうとう終幕か」
と、黄昏るレギウルス。
でも、どうしてだろう。
俺にはこの台詞が、明らかに死亡フラグにしか聞こえないんだよな……。
気のせい!
きっと気のせいだろう!
そう俺は信じ――そして、瞠目し、同刻確信を得る。
――これで、『清瀧事変』も終幕か。
その一言が、どうしようもない死亡フラグへと昇華されてしまったことを。
「ライカちゃん――レギウルスを連れて逃げろ」
「何を言って……!! ちょ……こんなの聞いてないわよ! なんであの男が絶対領域へ足を踏み入れることができてる!?」
「落ち着いて! 喚いたってどうしよいもない。とりあえず、『転移』を構築、それでレギウルスと一緒に逃げてくれ」
「で、でもお兄ちゃんは……!」
「俺は大丈夫。まず殺されない」
「――。信じてあげるわ」
「サンキュー」
と、俺たちが怒涛の勢いでまくしたてる光景を理解できない者が一名。
「お、おい、どういうことだよ……!」
「あー。レギウルス」
俺は、あからさまに狼狽する『傲慢の英雄』――否、レギウルスへと、にこっと愛嬌のある笑みを浮かべ、一言。
「――お互い生きてたら、また明日」
――そして、廃墟に悪意が放たれる。




