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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
六章・「桜町の夜叉」
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夜空を彩って














「――――」


 瞑目。


 かつての『賢者』であるライムちゃんでさえ全神経を研ぎ澄まさなければ成し遂げられない偉業が、今果たされようとしているのだ。

 もはや、詠唱の必要性は皆無。


 俺とレギウルスが死力をつくし稼いだあの時間。


 あれはライムちゃんの細やかな詠唱、そして陣の構築を済ませるまでの最低限の刻限を搾り取るためであったのだ。

 

 そして、本懐を果たした今。


「星よ――駆け巡って」



――刹那、夜空を流星群が駆け巡る。



 否。

 それはあくまでも錯覚だ。


 重力魔術を駆使することにより極限にまで高めた質量故に成り立つ猛烈な速力で、その岩盤は俺たちへと自由落下する。

 岩盤は空気摩擦故にいっそ烈火さえ撒き散らす始末だ。


「なっ……」


 『老龍』は、突如として俺たち――正確には、明らかに自身へと狙い定められたその暴威に頬を引き攣らせる。

 あるいは、結界が健在であったのならば、まだ勝算はあっただろう。


 だが、それはもはやないものねだり。


 そのような栓無き事を幾ら模索しようが、それは余りにも不毛だろう。


「っ……!」


 おそらく、『老龍』もそう判断した。


 『老龍』は盛大に舌打ちしつつも、迎撃など以ての外だと本能で察しのか即座に後退し、迫りくる隕石から距離を取ろうと目論む。

 が、言うに及ばずそれは想定済み。


「――『烈火万象』」


「――ッ! 良い度胸だっ」


 淡々と、それこそ流れ作業でもするかのような淡白さで軽々とライムちゃんは国家を焼却できる程の大魔術を放つ。

 が、これの意義は広域殲滅ではない。


 阻む外敵は『老龍』以外において他ならないのだ。


 ならば、対応差異も必然。


「っ」


 迫りくる爆炎が及ぶ範囲は、殲滅に特化した大魔術という観点からすると、それはあまりにも微弱だろう。

 だが――燃え滾るそれに宿った熱量は、余りにも膨大過ぎた。


――『花鳥風月』。


 これはそもそも魔術界隈に存在する既存の技巧――ではない。


 『創造魔術』を行使する上でライムちゃんが自然と習得していたらしい技巧で、ちなみに俺もこれは会得している。

 その本質は魔術の改変だ。


 無論、過ぎた真似はできない。


 出力は大して弄れないし、本質的な点に関しては記憶が上塗りされでもしない限り、一切の際が生じることはない。


 だが、たとえば俺の場合、本来有機物にのみ作用していた『天衣無縫』も、今や魂や記憶といった細部にまで及ぶ。


 ちなみに、俺ははんば無意識にこれを獲得していたようで、ほとんど直感だよりにライムちゃんの記憶を抹消できたらしい。

 そこら辺は謎である。


 ルイン関連か、あるいはガイアスの干渉か。


 そこら辺の考察は、またこの騒動が収まってから下すとするか。


「『花鳥風月』の本懐……それは魔術の細部の変更、または合成よ。凡庸性もあって、案外使いやすいわよ。こんな風にね」


「――――」


 もはや、言葉もない。


 『老龍』へとジェット機さながらの速力で急迫する烈火であったが、流石に『老龍』の脚力には及ばない。

 そう、思っていた。


 だが、あくまでもそれは『老龍』の精神に些細な歪をももたらすための一種の演出らしい。


 そして、そんなライムちゃんの解説を証明するかのように、『老龍』の間合いへ烈火が侵入し――直後、加速。

 あるいは、その速力は閃光とも言いとれるだろう。


「っ!?」


「無様ね」


 『老龍』は音速と見紛う程の速力で自身へ劇的に加速しながら飛翔する爆炎に目を丸くし――直後、轟音。


 言うに及ばず、それは極限にまで凝縮された業炎が、『老龍』との接触の刹那に一斉に牙を剥いたことにより生じた爆音だ。

 炸裂したそれの威力には際限がない。


 確かに『老龍』も魔術と結界を捧げることにより、その龍鱗の硬度は常軌を逸しているともいえるだろう。

  

 だが、如何なる生物であろうとも太陽に投げ込まれてしまえば、待ち構えているのは確固たる永劫の眠りだ。

 

「――ッッ!!」


 が、それでも『老龍』は耐えた。


 文字通り、口内から溢れんばかりの血反吐を撒き散らしながらも、迫りくる決定打から懸命に逃れようとする。

 そして、そんな彼へ更に薄い笑みを浮かべながら畳みかけるライムちゃん。


 ……アカン。


 もうどっちが悪役なのか、いよいよ分からなくなってきた。


 ……まあ、どっちでもいいか。


 そう自問自答しつつ、俺はちらりと『老龍』を――虚空より出現した幾重もの強かな鎖により雁字搦めになっている姿を一瞥する。


「――『呪縛殺』」


「くっ……!」


 『呪縛殺』。


 空間魔術、それにやや字面通り呪術を取り入れ、拘束した対象に絶え間なくデバフを付与する実にうざったい魔術である

 実際、これを真に受けた『老龍』は呼吸さえも億劫に思えるだろう。


 呪術の基礎はデバフ。


 対象者に激烈な倦怠感を付与し、それこそ歩行され困難な程に追い詰め、そのまま前衛が敵対者を始末する。

 これこそが呪術師パーティーの定石だ。


 『老龍』も同様のスタイル。


 俺やレギウルスの場合、変質させた『天衣無縫』により干渉される度その術式を消滅させるように対策を取っていた。

 

 だが、それは俺が一度『老龍』と対峙することができたからこその芸当。


 初見ならば、『老龍』が呪術だなんていうマイナーな魔術を行使するだなんて眉唾話とそう断じるだろう。

 おそらく、一切対策せずに挑んでしまえば、俺も前任者の二の舞だな。


 デバフというモノは存外厄介で、しかも呪術を扱う術者が凄腕だと、殊更憂慮すべき事態に陥るだろう。

 使い方によれば、それこそ呪術は国家を滅亡に追いやることも可能らしい。


 無論、呪術はその痛烈な効力に違うことは無く、これを行使する呪術師と呼称される輩は限りなく少ない。


 だからこそ、誰も『老龍』が呪術師だとは夢にも思わないのだ。


 だが、今更になって別れを告げたはずの呪術に、牙を剥かれるとは……これまた壮絶な皮肉である。


 まあ、因果応報か。


「――『ブレ――」


「無駄よ」


 どうも、ブレスにはガバルドの発現するかもしれない魔術同様、ありとあらゆる存在を対象としているようだ。

 その業炎に触れてしまった者の末路など自明の理。


 おそらく、それは『老龍』を束縛するこの鎖だって例外じゃない。


 だが、『老龍』。

 その一手は、余りにも安直過ぎる。


 俺でさ考えもしないような奇策に果敢にも打って出られていたら、あるいは危うかったのかもしれない。

 だが、現実は非情だ。


 『老龍』――つまり、龍種と対峙することを前提に俺は策を張り巡らしていたのだ。


 ならば――。


「――私とお兄ちゃんが、ブレスの対策をしているとでも?」


「――――」


 『老龍』は、ライムちゃんのどこや嫣然とした蠱惑的な笑みにたいしなんら興味を示すことなく、そのまま暴威の化身を吐き出そうとする。


 無論、彼の本懐が果たされることはないがな。


「――。――――!」


「あらあら」


 『老龍』の意思に従い、確かに龍種に宿った特異的なエネルギーの奔流が吹き荒れ、その熱量が岩礁を焼却する。

 筈、だった。


 が、されど俺の目が腐ってでもいない限り、『老龍』は大口を開けただけで、それ以上のアクションが生じる兆候もない。

 未だかつてない事実に盛大に動揺を露わにする『老龍』。


 そして、その件の『老龍』の口元から、何かの拍子に、鮮烈な深紅の液体を盛大に吐血してしまう。


「……! そういうことかっ」


「御名答」


 ライムちゃんが行使したのは単純明快――『示念』だ。


 これは、代々アメリア家に伝わっているらしい相伝魔術の一つで、そのおおまかな概要は指向性の操作だ。

 ライムちゃんはこれを行使し、『老龍』のある器官を破裂させた。


 ある器官――『炎袋』を。


 どうも、解剖してみて分かったことなのだが、龍種はその身に宿るエネルギーをこの『炎袋』により爆炎へと変換しているらしい。

 だが、逆に言ってしまえばこれを破砕してしまえば万事解決ということ。


 無論、龍種の隔絶した再生能力を駆使されてしまえば、ものの数秒で修繕できるだろう。


 だが――たった数秒で、十分だ。


 だって――。


「星に願いを。――『彗天』」


――だって、もうとっくに『老龍』の頭上には、万物を押し潰すその岩盤が急迫していたのだから。






 

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