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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
六章・「桜町の夜叉」
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激闘














――一方、その頃。


「――クリス!」


「はいよっ」


 怒声が耳朶を打つ――その数秒前に、ガバルドの性格を熟知していたクリスはとっくの昔に動き出していた。

 目下、そびえ立つのは容易く軍隊を吞みこめる程の巨体を誇る異形だ。


 そして、四足歩行する悪鬼に対し、戦神が如き獅子奮迅の活躍を披露する『英雄』。


「――――」


 クリスは、自身の名をあまりにも簡潔に呼ぶ命令の符丁代わりにするその在り方に苦笑しつつも、大人しくそれに従った。


 迫りくるはどことなく恐竜を彷彿とさせる巨躯。


 が、その特色は常軌を逸したその速力だ。


 一挙手一投足がニンゲンという矮小な生命体にとって致命打になりかねないこの恐竜は、猛烈な勢いで数多くの同胞を葬り去った忌むべき存在――『英雄』を睥睨し、その顎門をあんぐりと開き、捕食体制へ入る。


「――っ」


 一応、ガバルドも魔力には目覚めた。


 が、だからといってこの速力に対抗できる程の脚力は生憎のところ持ち合わせているワケではないのだ。


 故に――。


「――――」


 そして、『英雄』とかつての『最速』が交差する。


 タンッ。


 そんな軽やかな靴音を奏で――その直後、ガバルドと入れ替わったかつての『最速』は高らかに跳躍。

 もはや、その輪郭はガバルドでは認識すらできない。


「――『閃華』」


「――――」


 ジェット機さながらの速力で跳躍したクリスの行き場は――生物学上最も脆弱な、その目玉であった。


 確かに、恐竜モドキの速力も中々だ。


 だが――元『最速』程ではない。


 故に、さも当然とばかりに細切れになる恐竜モドキの眼球。


「――ッッ!!!」


「うるせえな……」


 その想像の埒外な激痛に発狂する恐竜モドキ。


 否、そもそもとっくの昔に既存の如何なる生物とも形容できない哀れな異形と化している時点で、とっくの昔に正気など喪失しているが。


「ふんっ」


 一閃。


 グリューセルの『昇天』も相まって絶大な威力を発揮したその斬撃は、容易く恐竜モドキの龍鱗を穿つ。

 洪水のような鮮血が溢れ出し全身を塗りたくるが、無視だ。


 そのまま、クリスは再生させる暇さえ残さず全身全霊で恐竜モドキの臓腑を掘り進め――そして、ようやくその結晶を目の当たりにする。


「……ったく」


 悪態を吐きつつ、軽やかに踏み込んだ。


 直後、閃光を彷彿とさせる速力で振るわれたその小太刀は、容易に強靭な結晶を破砕していき――。


「っ」


 直後、クリスは足場を失う。


 それもこれも、先の会心の一撃がようやく魔晶石へ届き、そしてそれを粉砕したからである。


 因果応報と知りつつも思わず悪態を忘却することのできないクリスは虚空に足場を生成、着地する。

 そしてその直後、右足を削がれた。


「――ッ!」


 ふと目を凝らしてみれば、そこには子猫程度のサイズの熱帯魚を彷彿とさせる異形がクリスの人肉を食い千切っているではないか。

 実に悪食なことこの上ない。


「っ……!」


 度重なる疲労、そして魔力酷使による倦怠感に、更には畳みかけるようなこの仕打ちだ。


 これには流石の元『最速』も意識が朦朧となり――。


「――クリス!!」


「――――」


 不意に、そんな聞き慣れた野太い声音が轟いた。


 唐突な大声に目を剥き――そして、背後にて察知したその悪辣な気配を判断材料に、思わず納得してしまう。

 諦念。


 そんならしくもない想いが全身をかじかませて。


「――ッッ」


 そして、背後より到来するその鉄拳がクリスをこれでもかと強打した。


 もはや、抵抗の余地はない。


 漠然とし、自我さえ定かではないこの逆境の最中で、ほとんど無意識的に幾重にも結界を展開し勢いを削いだのが功を奏したか。

 即死することはない。


 だが、依然激痛と、そしてクリスがその身を委ねてしまった絶大な速力は健在であり――。


 そして、轟音。


 隕石が如く、クリスは廃墟の一角へ激突していった。


「クリス――!!」


「――――」


 もはや、返答をする余念さえない。


 そのままクリスは、無論受け身さえとることもできずに、爆音を奏でながら猛烈な勢いで廃墟へ激突していった。

















 全身を構築する骨髄は全壊に等しく、臓腑の大部分も潰えてしまう。


 もはや、これではどちらが異形なのかと、そんな場違いな疑念をついつい抱いてしまうような始末である。


「ぁっ……」


「――――」


 血反吐を撒き散らし、微睡む意識の中でも諦めが悪いのか、ガバルドはアイテムボックスからポーションを取り出す。


 だが――折角、手負いの得物が投下されたのだ。


 異形は、その獰猛な本能に身を委ねる。


 故に、その結果は必然。


「――――」

 

 視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線――。


 否。


 肌を刺すそれは、強烈な飢餓感と言うべきか。


 気が狂いそうなその心境、幾度となくクリスも経験したから、心の奥底まで容易に理解できてしまえるだろう。


「――――」


 もはや、絶対絶滅――では、ない。


 唯一、クリスにはある勝算が存在する。


 それは――。


「――――」


――一閃。


 氷結魔術により強引ながらも刀身を増大させ、それに一切合切を切り伏せる『英雄』の魔術を上乗せする。

 そして、それは常軌を逸した膂力により傲然と振るわれたのだった。


「――――」


 薙ぎ払われるその刀身が及ぶ範囲に滞在する存在の一切合切は、魔晶石ごと完膚無きままにその存在を掻き消される。

 ちなみに、クリスは辛うじて肌を掠める程度の被害で過ぎ去ったようだ。


 直後、爆音と共にクリスが失墜した地点の廃墟に再び風穴が空けられた。


 そして、強かな足音がおぼろげなクリスの耳朶を打って。


「ガバルド……」


「はあ……こりゃあ重症だ」


 ガバルドの名をうわごとのように囁く師匠を目の当たりにし、やや呆れ果てながらも強引にその口内へとポーションを投与する。

 王国が誇る英傑ガバルド・アレスタは様々な面で優遇されている。


 彼が持ち合わせるルシファルス家直伝の数少ないポーションも、その一環である。


「――ぁ」


 流石はメイドインルシファルス。


 その性能は確かなようで、それまで深手という形容でさえ物足りない程に満身創痍だったクリスの肉体がたちまち癒える。

 それに伴い、ようやくその意識も確立されたようだ。


「ここは……」


「師匠、あんま死にそうになるんじゃねえぞ! 心臓に悪ぃ!」


「……そうか。お前が……」


 そのような問答が交わされている間にも、ガバルドは怒涛の勢いで押し寄せる異形たちを殲滅している。

 が、肝心なのはそこではない。


「おい、ガバルド……軍隊の集結の首尾は上々か?」


「……ぼちぼちだ。後数十分で片付きそうだわ」


「十分な……その頃には、もしかしたら俺たちもあの悪鬼共の腸の住人になっちまってるかもなあっ」


「――――」


 否定は、しない。


 異形の隔絶した力量はとっくの昔に好みで実感している。

 今回の乱戦の主因はあくまで時間稼ぎとはいえども、流石にその制限時間が未だ断定されていないのは何気に精神を辟易させていた。


――もはや、真っ向勝負で溢れ出した異形の掃討は不可能。


 それこそがスズシロ・アキラが弾き出した結論であった。


 小癪ながらもこれにはガバルドも納得せざるを得ない。

 異形たちの常軌を逸したその実力を前にして歴戦の兵士さえ数分意識を保っていただけで情的ば位だ。


 故に、もはや真面な対峙は不毛。


 それ故に導き出されたのが『封印』という手段であり、そのためには巻き添えにならないように戦士たちの集結が必要不可欠なのだ。


「……そろそろ終幕してくるとありがたいんだがな」


「流石に、同感だ」


 既にポーションもほとんど底を尽きている。


 魔力に関しても既に根底的に浪費してしまっているので、これ以上の先頭はもはや厳しい――そう、結論づけた瞬間だった。


『――『英雄』殿。首尾は如何で?』


「――! おっさん!」


 脳内に直接語りかけたのは、淡白な筈なのに包み隠せない理知的な雰囲気を醸し出す声音であった。


 おっさんことグリューセルは、それまで死力をつくしてきたガバルドをねぎらうようにして、言い放つ。


『ガバルドさん、一度クリスさんと合流し、本部に戻ってください』」


「準備が整ったんだな!」


『いや……』


「――――」


 煮え切らないグリューセルの態度に、ガバルドは小首を傾げる。


 そんなガバルドへ、グリューセルはいっそ無慈悲にそのとてもではないが朗報とは言えない情報を耳打ちした。


『その……少々、問題が発生しまして』




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