流星群に恋して
ラッセルさん視点です
「アッハッハ! 愉快愉快!」
「――――」
もはや、声も出ない。
耳朶を打ったその猫撫でな声音は、あまりにも聞き覚えてありすぎて。
思わずらしくもなく硬直してしまうラッセルに対し、上空を悠々と浮遊する美少年――ルイーズ・アメリアは、軽やかにスナップを鳴らす。
直後――流星が降り注ぐ。
「――『示念』」
「ッ!?」
詠唱。
その直後、それこそラッセル以上の速力でジェット機さながらに速力で鋭利な短刀が少女へと雪崩のように殺到する。
これには流石の少女も頬を引き攣らせてしまった。
が、流石に唖然としてばかりで回避行動の一つさえ満足にとれやしない、なんていう無様を晒す程の凡愚ではないようだ。
あまりにも意外すぎる人物の介入に驚嘆しつつも、少女は迅速に急迫するナイフを雨あられから撤退する。
が――。
「――慢心するのだ、ちょっと早いね」
「……っ」
直後、ルイーズの思念に応じ、幾多もの担当の軌道が変質。
それまで垂直に近似する角度で少女へと降り注いでいたナイフの豪雨であったが、唐突にその指向性が変更。
無論、その照準は言うまでもない。
「――安堵するのは、微睡についてからね」
「ッッ!!」
これ以上は泥沼だ。
仮に少女が急迫する凶器をつがいなく回避しようが、きっとルイーズは再度指向性を変更するだけだろう。
それは、余りにも不毛だ。
故に。
「――『疾風迅雷』」
「……嵐風魔術っ」
少女の詠唱に呼応し、虚空より一切合切を豆腐のようになんら抵抗もなく割断してしまう神刃が展開される。
その標的は、もちろん肉薄するナイフのスコールだ。
「――『起動』」
「――っ」
既に、トリガーは明瞭に引かれた。
ならば何時まで経っても退屈に空中に滞在する由縁など皆無で、直後旋回しながら不可視の刀身が吹き荒れる。
もはや見境もない。
ただただ、存在する敵対者を滅亡させるための魔術だ。
そして、それが害するのは自分自身も同様。
そうして指向性を喪失させてしまうという『自戒』により、これ以上ない程の風刃の威力が増長されることとなる。
「――――」
白煙が晴れると、とっくの昔にルイーズが展開していた鋭刃による弾幕が掻き消えてしまっていた。
だが――双方、追撃はない。
言うに及ばず、少女は難敵との遭遇に存外警戒心を抱いてしまっているため。
そして、ルイーズは満身創痍なラッセルの治療に躍起になっているからだ。
「――『聖典』」
「――――」
詠唱。
それに呼応し、倒れ伏していたラッセルの全身を朗らかな陽光が包み込み、その深手の裂傷を治癒していく。
だが、依然ラッセルの眼光は険しいままだ。
「……どうして、戻ったんです?」
「? どういうことだい?」
容量を得ない問いかけにたいし、とっくの昔にその真意を推し量っている筈のルイーズは意地悪な笑みを浮かべ質問を質問で返す。
それに対し、ラッセルはらしくもなくなお一層忌々しいとばかりに歯噛みした。
「君は王国から背を向けた……この状況下で、だ」
「――――」
「ルイーズ、君はこの意味からはじき出される結論を理解できない程の愚図ではあるまい。――どうして助けた?」
「……どうして、ね」
ラッセルとルイーズの付き合いも存外長い。
なにせ、そもそもラッセルを帝国軍へ斡旋したのがルイーズ・アメリアその人なのだ。
基本的に軽薄なラッセルであろうともその恩赦には報いなければならないと、そう胸の内に秘める程度には慕っていた。
だというのに、『清瀧事変』の矢先に、これだ。
一層ルイーズに対して思入れの強いラッセルだからこそ、その問いかけには万感の想いが宿っていた。
――あるいは、縋っていたのかもしれない。
その実ルイーズには何か国家を敵に回してまで果たさなければならない程の宿命があって、そのための惨劇だと。
そんな幻想を抱いてしまうのは未だラッセルも青二才だからか。
だが、その淡い希望は次の瞬間酷く呆気なく木っ端微塵になってしまった。
「――そこに、実利があるから」
「――――」
そう返答したルイーズの瞳は心底愉快げであったが、きっと多少なりとも慧眼な者ならその奥底に宿った怜悧さを看破していただろう。
そして、ラッセルはこれでも存外聡い。
故に――その深淵に、勘づいてしまった。
「君は……」
「やれやれ……御託はいいよ、ラッセル君」
「――――」
ルイーズの態度はそれまでの、いわば肩を預けられるような親父のようなモノではなく、さながら機械と接しているような気さえした。
これが、あの男の本性か。
そう唖然とするラッセルに対し、ルイーズはやれやれとばかりに嘆息する。
「安心するといい。今は敵対しやしないよ」
「……どういう風の吹き回しですか?」
「私、最近ちょっと正義の心に目覚めてて……」
「……………………」
「分かった分かった。冗談は言わないから、そんな、マフィアも真っ青な眼光で私を見ないでよね?」
「それは、きみの真意にもよりますよ」
既にラッセルの満身創痍の肉体は多芸なルイーズが行使した相応の練度の治癒魔術により修繕されている。
ラッセルは貧血故に覚束ない視界の最中でも、それでもなお明確に悠々とするルイーズを親の仇とばかりに睥睨する。
「私の真意? さっき言ったじゃないか」
「あの戯言を、ボクが信じるとでも?」
「うんっ」
「……背中へし折りますよ」
「それは怖い」
「――――」
ルイーズの飄々とした掴みどころのない態度に次第に苛立ち、再度剣呑な眼差しでらしくもなく声音を張り上げようと――。
「あっ。そのままだと死ぬよ、ラッセルくん」
「ッ!?」
直後、ルイーズの全身を苛んだのは、まるで蛇に睨まれでもしたかのような、そんな絶大な畏怖と恐怖だった。
十中八九、これにも魂魄魔術が起因しているだろう。
無論、ラッセルとて理性ではそれを否応なしに理解している。
だが、だからといってこの恐怖から逃れられるワケではなく――。
「はあ……彼も、もう少しは真面な人材を用意してくれてもいいのに」
「――――」
そう頭髪を掻きながら、まるで尻込みするルイーズを庇うかのような立ち位置で仁王立ちするルイーズ。
その瞳には、急迫する鋭いいのに鋭刃に対する畏敬なんて皆無であろ――。
「――『示念』」
「――ッッ」
ルイーズが声音を紡ぐ。
その直後、それに呼応し途轍もない勢いで正確無比にラッセルへと投げ入れられたその短刀の飛翔は停止してしまった。
――『示念』。
アメリア家相伝魔術であり、そしてそれと共に『四血族』が保有する魔術の中で最高火力の御業でもある。
その概要は、万象の指向性操作。
先刻披露したようにナイフの指向性を自由自在に操作することによりホーミング効果を付与、永劫追随することも可能だ。
だが、あくまでお披露目したのはその程度。
その実、環境さえ整えばルイーズはあくまでも当時の力量の話であるが、スズシロ・アキラを撃滅できたいたのだ。
あるいは、あのガイアスに対しても一矢報いることも可能かもしれない。
それ程の魔術、『示念』。
その真価は――ひとえに、地形操作である。
「さて、そろそろ攻勢に回ろう。――『示念』」
「――ッッ!?」
地響き。
それを知覚した直後――盛大な土煙を巻き上げながら、そこらの巨大な岩盤が抉りだされ、虚空に浮遊した。
無論、朱紗丸の到来により盛大に倒壊した法城の瓦礫も存分に運用している。
虚空を大仰に舞うその岩盤は一つ一つが隕石レベル。
そして――それが、数百も少女を圧殺せんと浮遊しているのだ。
これを絶望と言わずしてなんというか。
「アハッ……ハハッハ」
思わず、そんな乾いた笑みさえ零れてしまい――その直後、莫大な質量の岩盤が少女へと容赦情けなく乱舞した。




