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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
六章・「桜町の夜叉」
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横槍


 ラッセルさん視点です!














――世界が、霞む。


「――――」


 もはや上下左右さえも過度な失血により定かではないこの戦局。


 常人ならば真っ先に投げ出すだろう。


 が、仮にそのような暴虐に走ってしまえば、それは捨て身覚悟の『帝王』の覚悟を踏み躙ることとなる。

 ラッセルとて忠誠心皆無の小物ではないのだ。


 否。

 あるいは、五強の中で純然たる敬神の精神ならばまず間違いなく他の追随を許さないだろう。


 故に――。


「生憎、ここで力尽きるのは許されていないんですよ……!」


「それは可哀想に」


 薄笑いを浮かべる少女は、直後機敏にラッセルの背後へ急迫。


 が、速力勝負で『最速』と一騎打ちしようと目論むあたり、どうやら彼女は少々認識が甘いと言わざるを得ないだろう。

 気配はラッセルの背後付近。


 この位置ならばいとも容易く撃滅できるだろう。


 そう、実に容易に。


「ッッ!!」


「あら。いい山勘ですね」


 そして――ラッセルは、少女の気配が滞在すり地点へと、一目散にバックステップした。


 その直後、鋭利な短刀が肌を掠める。


「――――」


 見据えると、そこにはつい先程までラッセルの後方に存在していた筈の少女がさも当然とばかりに小太刀で身構えている光景を確認できた。

 どうやらラッセルの推察は間違っていなかったらしい。


 つまり――。


「……幻術っ」


「ご想像にお任せしますね」


 十中八九、魂魄魔術の一環だろう。


 まさか、これ程までに卓越した暗殺技巧の他に、他者の五感にまで掌握してしまう程の練度で魂魄魔術を獲得しているとは。

 

「成程ね……」


 確かに、あのスズシロ・アキラが警戒するに値する宿敵『厄龍』の一手にしては申し分がないだろう。


「……ところで、疑問だったのですが貴方たちはどうしてここへ?」


「おや? そんな戯言を述べる暇がありまして?」


「ないよ。ちょっと時間稼ぎに付き合って欲しいだけさ」


「却下です」


「ですよねー」


 無論、ある程度は目星はついている。


 スズシロ・アキラは事前に『白日の繭』を回収しなかったのではなく、ただ単に回収できなかったのだ。

 

 その由縁は法国の厳重な管理体制にある。


 そもそも法国において重鎮たちはさるアーティファクトにより、その感情の一切合切を看破させられている。

 そして、『白日の繭』が存在するのは最高機関たる法城。


 無論、そこへ足を踏み入れるのはそれこそ単身で国家を揺るがす程の軍事クーデターを決起できるほどの重鎮のみだ。


 故に、諜報を送り込むのは到底不可能である。


 更に、法城を起点に展開されている結界は魔王城と同類のモノだ。


 登録した者を受け入れ、されど羅列に該当しない者の一切合切を辛辣に拒絶する絶対無謬の結界なのである。

 そして、基本法国において設置されたアーティファクトにより反逆者は存在しない。


 仮に邪知なる奸計を企てばたちまち捕縛されるのがセオリーなのだ。


 つまり、法国には『厄龍』の手先さえも介入できない。


(だからこそ、このタイミングで仕掛けてきた……!)


 十中八九、スズシロ・アキラが過剰にこの期間を警戒したのも、同様の理由故なのだろう。


「……どうせなら、もっと自重して欲しかったなあ」


「それは、遺言ですかね?」


「一挙手一投足に殺意を注ぐの止めて貰えません?」


 流石は生粋の暗殺者。


 静かなる殺意は一見看破するのも一苦労だが、一度その絶大な存在感を勘づいてしまえば思わずラッセルであろうおとも震え上がってしまう程である。

 まるで親の仇とばかりの殺気に思わず頬が引き攣ってしまう。


 朱紗丸とは、また別個の殺気に思わず硬直し――。


「――――」


――そして、閃光が迸る。
















「――――」


 限界を遥かに上回った肉体の酷使に、次々と相次いで骨髄が破砕していく生々しい音がこれでもかと耳朶を打つ。

 鼓動はさながら爆音だ。


 世界がスローモーションとなり、一切合切がさも地を這う亀が如き存在であるとそう思えてしまう。


 きっと、これがクリスがなんでもないように体感する世界なのだろう。


(……存外、違和感があるね)


 悉くが遅滞するこの世界。

 

 どうも、この領域はラッセルの性にはあっていなかったらしい。


 無論、今更好き嫌いがどうのこうのと、そのような栓無きことに対し悪罵する心算など毛頭ないのだが。


「――――」


 踏み込み、投擲


 少女が定めた正確無比な照準であったが、彼女の精緻な数式は出鱈目なラッセルの速力を前に下らぬガラクタへと成り果ててしまう。

 もはや、ラッセルの輪郭は如何なる存在だろうと目視できない程であった。


「くっ……!」


 もはや、馬鹿正直に短刀を投げ入れ、それによりラッセルの脳天を刺し貫こうとするなど言語道断。

 とてもじゃないが少女の力量では不可能であった。


 ならば――。


「――『白日』」


「ッ!?」


 刹那――深淵がラッセルを支配する。


 網膜を媒介し脳天へと伝達される筈であった視覚情報の一切は、彼女が行使した魂魄魔術の前に成す術もなく倒れ伏してしまう。


――『白日』。


 他者の視覚情報の一切を強制的に遮断し、文字通り盲目にしてしまう戦士にとって天敵ともいえる魔術である。

 一応、視覚が絶対的に必要不可欠というワケではない。


 気配察系魔術を会得していれば、容易く四方八方の座標を把握できるだろう。


 が、それはあくまで達人の域にまで練度を向上させていた場合の話。


 ラッセルは言うに及ばず暗殺屋のような役柄ではないので、必要最低限の教育しか受けていないのである。


 故に、その一手はあまりにも致命的だ。


 ちなみに、魂魄魔術は肉体精神問わず、どちらか一方が疲弊している状況下でしか満足に機能しない。

 万全の状態では真面に猛威を振るうことはできないのだ。


 だが、胸を深々と抉ったあの一突き。


 そして度重なる『流転』の反動により、もはやラッセルの身体はいつ崩壊しても可笑しくない程の深手であった、

 魂魄は依然健在。


 だが、五感に干渉するタイプの魔術を行使する場合、これ程の重症ならばそれはあまりに容易だろう。


「終わりです」


「――――」


 少女はそう囁き、懐から止めとばかりにこれまでの比ではない程の物量の短刀を一斉に投擲したのだった。

 しかし、それに対しもはやラッセルは急迫する凶器の存在にさえ気づきやしない。


 つまり――結論は、必然。


「っっ!!??」


 山勘で、大半は避けた。


 されど、これだけの弾幕を、しかも盲目という最悪の状況かで一切合切を躱すなどという芸当、ライカでも不可能だ。

 無論、ライカ程の魔術師に成し得ないことをラッセル程度が満足に果たせることもなく。


 苦悶の声音が耳朶を打った直後、突き刺さった鋭利な切っ先が人肉を無遠慮に抉りこむことにより絶大な衝撃が全身を苛む。

 もはや、反撃など以ての外だ。


 ただただこの相次ぐ猛烈な痛覚に対し正気を保つのに精一杯な状況下では、攻勢なんて夢のまた夢である。


「はあ……存外使いましたね。そろそろ短刀も補完しないといけませんし。……つくづく、面倒な輩です」


「――――」


「ですが、その抵抗も結局のところ酷く滑稽でしかいとなると……流石に同情します。いえ、どうでもいいですがね」


「……随分と饒舌なんですね」


「――――」


 苦し紛れの問いかけに対し、少女はこれまた心底愉快下に頬を歪めるばかりである。


「それも当然ですね。主様の勅命をぶじつがいなく完遂できたんです。誰だって狂喜乱舞しませんかね?」


「生憎、そんなユニーク過ぎる完成は持ち合わせちゃいないなあ」


「あら。それは残念」


 と、思っても居ないことを述べる少女は、不意に怜悧な瞳をすっと閉じ――次いで開いた時には、そこに温情など存在しなかった。

 それは、ただただ無慈悲に他者を殺める者特有の凪いだ眼差し。


「――では」


「……ハッ」


 別れの挨拶を、そう鼻で笑うラッセルの寝首へ、少女は特段躊躇することもなく小太刀で寝首を掻いた。



「――ハッハッハ! 随分と無様じゃないか、『最速』ッ!」



――仮に、かつての友人、そして王国の反逆者たるルイーズ・アメリアが介入してこなければ。



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