めちゃ嫌われてる包帯男
刹那、神々ですら震え上がるような剣気が撫でまわした。
それに無遠慮に触れられえてしまった者のことごとくが硬直し、思わず押し黙る。
そして、それは俺も例外ではない。
この俺ですら硬直するような剣気。
そして、それを放ったのは――、
「――少し、戯れが過ぎるな」
騎士団長――ガバルドである。
その剣幕は武士そのもであり、幼子であれば泣き出すだろう。
包帯男は滝のように汗を流しながらガバルドを刮目する。
言葉が出ない。
体も動かせない。
呼吸すらもままならない。
ただ、それなのに心臓は鼓膜が破けるほど騒がしかった。
「――――」
「……失礼。 少し、漏れ出ました」
「――はっ」
その言葉を合図に円卓を囲んでいた殺気が消え去る。
剣気によって体の自由を奪われた俺たちは力なく崩れ去る。
それを直接当てられた包帯男なんて、想像することさえも憚れる。
この時ばかりは一瞬包帯男に同情した。
いや、自業自得か。
「……何の、つもりだ」
「……非礼を詫びる。 ――だが、お前の態度はやはり目に余る。 それでは、堂々と己が「四血族」の一員と告げるのも恥だぞ」
「――貴様ァ!」
うわぁ。
全否定じゃないですかぁあああ。
やっぱガバルド苛烈だな。
容赦なんて概念を母の腹に置いて忘れたようである。
まぁ、当然無駄にプライドが高い包帯男にとってそれは耐え難い屈辱であるわけで。
顔をトマトのように真っ赤にする包帯男。
その瞳に移る感情は圧倒的な憤怒と泥沼のような狂気。l
どっからどう見ても殺人鬼の眼差しだね!
どうしてこうなった。
それでも今すぐガバルドへ報復しないのはまだ多少は理性が残っているからか。
どちらにせよ、今ガバルドに襲い掛かって敗北するのは確実に騎士団長である。
包帯男のその判断は正しい。
命拾いしたね包帯の付属品!
「愚弄するな、クズ」
「ではそのクズに震える貴方は一体何なんだろうな? 偉大なる大貴族なら答えて見せるだろう? なぁ?」
「――――‼」
煽るな煽るな!
さては前世は煽り運転常習犯か。
にしてもやけに堂になっているな。
一体化ガバルドの過去に何があったのやら。
後で本人に聞いてみよっと。
「――さて、話を続けるか」
「異論ないな」
ここ一連の出来事を見てきたルイーズは特に表情を変えることなくそう淡々と言った。
本来なら大問題な煽り事件。
だが、今回ばかりは黙認されるっぽい。
どうも俺ではちょっと把握できないほどのヘイトが溜まっていたらしい。
というかシルファーさん、何気なく「ナイスです」とか言わないでくれますぅ?_
確かに気持ちは分かるけどさ。
あれ?
包帯男、あんた無茶苦茶嫌われるじゃないか!
うん、自明の理だね。
そんなこと火を見るより明らかである。
これもある種の信頼なのかな?
というか今更なんだけどガバルドに情報をリークした俺が完全に蚊帳の外な件について。
いや、狙ってやってるんだけどね。
分かってるよ?
基本、人は油断するとパフォーマンスを低下する傾向がある。
それはこの世界の魔人族も例外ではない。
ほぼ確実にこの円卓には魔人族の内通者が座って居るだろう。
というかもう目星ついたし。
本当なら真っ先に捕まえたいが、それはあまりに愚策。
どうせなら、そのまま利用した方が合理的じゃね?
通信が途絶えて悪戯に向こうを警戒させたくないし。
できることなら舐めプしてくれると助かるんだがなー。
閑話休題。
そんなわけで内通者がいる以上、変に目立つのは得策じゃない。
自分の手柄を誇張を加えて演説するのは沙織一人で十分。
ここで無駄にマークされるわけにはいかないのだよ。
ただえさえ予想以上に目立っているのだ。
しかも内通者本人にはちょっと怪しまれたし。
いや、その言い方にはちょっと語弊があるな。
あれは内通者じゃなく……いや、それは蛇足だな。
まぁ、そんなこんなで不用意に目立つわけにはいかないんだよね。
だからこそガバルドには名前を伏せてもらった。
「早速だが、事態が事態ですのでなるべく手早く言い渡す。 ――私率いる王国騎士団を亜人国へ挙兵することを提案する」
「……そうか」
そしてガバルドは包み隠さずいっそ堂々と言い放った。
それにルイーズは思案する。
「王国は?」
「流石に、本命ではないとはいえ手薄にはできない。 だからこそ、「四血族」の貴方たちに任せる」
「成程。 確かに、それならば戦力的に申し分ない」
ガバルドが率いる騎士団の総力は既に「四血族」を上回っている。
対して魔人族は『傲慢』や有力幹部三名。
俺個人の評価としては五分五分だな。
だが――希望的観測なしで今回は俺たちが勝つ。
なんせ、あくまで上記の評価は騎士団そのもの。
全体的な総力の話ではない。
未だ亜人国は健在。
今大至急向かえば、十分間に合う。
亜人族たちの身体能力は非常に強力だ。
魔力を有さない代わりにその莫大な筋力を与えられた彼らの助力もあれば――この勝負、十分勝機はある!
「――本当に、やるのか?」
「愚問だな。 ――俺はこの刃が折れるまで、何時までも戦い続ける」
「そうか――なら、いいだろう。 今回の戦、お前に賭けることにしよう」
ルイーズはため息混じりの苦笑をしながら、そうガバルドへ笑いかけた――、




