衝撃的なカミングアウト
ライカちゃんサイドです。
「あー。面倒っスね~。まーたこんな役ばっかり」
「……私語は厳粛に」
「はいは~い」
「――――」
耳心地のよい靴音が耳朶を打つ。
それを奏でる第一人者こと帝国序列帝位、紛うことなき世界最強格の一角である『帝王』ライカは、どこか疎まし気に嘆息する。
(……お供がコレね)
悔しいことに、人材としては最適と言わざるを得ないだろう。
そもそも、ラッセルはグレンのように包囲攻撃を旨としておらず、どちらかといえば一対一の構図が最適な人材である。
無論、その常軌を逸した脚力を冷えようすれば容易く惨劇を起こせるだろう。
が、今回は万が一の場合を考慮し、異形たちの掃討をグレンに丸投げし、こうしてライカの護衛に向かった次第である。
アキラ曰く、ここでまず間違いなく『厄龍』は一計を案じるという。
故に、『白日の繭』を回収する際に、最低でも五強レベルの術師の同行を水晶し、結局ライカが選抜したのがこのラッセルであった。
彼ならば、有事の際でも臨機応変に対応できるだろうと見込んだが故である。
が、流石のライカも、この自由奔放な少年には辟易していた」
「帝王さん、あそこに面白そうな――」
「歩け」
「ねえ帝王さん、ボクお腹空いたんだけど」
「勝手に食え」
「ねえねえ、帝王さん。その食うものがなくて困ってるんですけど、なにかまかなってくれるかなって……」
「自分の腕を喰え」
「酷い返答だ!」
「…………」
ウザい。
スズシロ・アキラにも匹敵するウザさである。
それには、さしも基本的に温厚なライカでさえそろそろ堪忍袋の緒が切れてしまいそうな程である。
スズシロ・アキラはまだよかった。
一目瞭然。
あの馴れ馴れしい態度はまず間違いなく彼の演技である。
それを一目見て看破していたライカにとって、戯言を吐き散らすスズシロ・アキラはさながらのんびりと欠伸する子猫のように感じられた。
そこら辺は、幾多モノ厄介な政敵と太刀打ちしてきたライカの慣れである。
が、この少年には、スズシロ・アキラのような色は皆無なのだ。
本当に、心の奥底からはしゃいでいるのである。
このようなタイプはライカも初めてなのであるが、放っておくワケにもいかずこうして御しようと奮闘しているのである。
だが、その結果が芳しくないのは自明の理か。
「ねえねえ帝王さん、何か面白い話してよ~。ガバルドさんとの新婚生活とか、ちょっとボク気になるな~」
「ぶほっ」
「新婚生活」という単語に反応し、思わずお下劣に吹き出してしまうライカをラッセルはにやにやと小賢しい笑みを浮かべ眺める。
「ほらほら~、よくよく考えてみれば、ボクって帝王さんがどんな過程築いているのかあんまり知りませんし」
「……結婚した心算はないのだが」
「今までのバカップルぶりを思い返してもそんなこと言えます?」
「…………」
た、確かにガバルドに見つめられちゃったら時々トリップしちゃうし、似たようなこともあるけど……と言い返せなくなってしまったライカさん。
ちなみに、ラッセルはかなり最近であるがライカが女性であること、そして彼女の恋人について聞き及んでいる。
紆余曲折あった末に人前で見境なしにイチャイチャする二人を見た時の、ラッセルの形容し難い顔が実に印象的であった。
余談だが、ラッセルさんは彼女いない歴=年齢な残念な人である。
リア充たちへの憎悪ともいえる念はもはや達人の域であり、対峙したさるバカップル魔人族を三秒で飄々とした面構えはどこへやら、即刻瞬殺したのはもはやラッセルを語る上では欠かせない武勇伝となっている。
が、あくまでもラッセルが嫌悪するのはリア充の♂に限る。
基本的に女性には相応に紳士なのがモットーである。本人曰く、「フラグを取りこぼしたらアカン」とのこと。
「……というか、どうしてそんなことを?」
「いや~。もう任務は達成したんですし、どうせなら緊張感ナッシングな女子会でもどうかなあ~と」
そう、ラッセルの言葉通り、その実スズシロ・アキラにより課せられたその任務はとっくの昔に達成されているのだ。
ここは法城の一角。
ライカは思いのほかアッサリと任務を遂行できたその事実にやや疑念を抱きつつも、冷静にラッセルの物言いへツッコむ。
「いや、貴君は女児ではないだろ」
「いいえ、心はいつでも女の子です!」
「……そっか」
「あっ、一番傷つく反応だコレ!」
衝撃てなカミングアウトに対し、されどライカは驚嘆するわけでもなく、ただただ申し訳なさそうに目を伏せる。
ラッセルにとってそれこそが如何なる悪罵よりも心を抉ったらしい。
「……はあ。ちょっと……いえ、かーなーり落ち込みました。慰謝料を要求しますっ」
「はいはい」
「もーっ!」
ライカとラッセルとの付き合いもそこそこだ。
故に、とっくの昔にこの自由奔放な少年との付き合い方も心得ている。
ひとえにいうと、それは放置。
スズシロ・アキラやラッセルのような人種は基本的に過剰反応される度にウザさが磨き掛かってくる類の人間だ。
それ故に無闇矢鱈なツッコミは命どりであり、こうして適当に受け流すのが最善策である。
「は~。最近殿下が全然かまってくれない~」
「……先を急ぐぞ」
「はーい」
ラッセルはそう飄々と返答し、短く跳躍するライカにならって廊下を疾駆する。
と、黙々と空間魔術師らしい送り届けを担ったらしい顔も知らない魔術師の元へと向かおうとしたライカへ、どこか胡乱気に目を細めたラッセルはふと嘆息する。
「――妙だね」
「……どういうことだ?」
ラッセルの容量を得ない態度に怪訝な眼差しをするライカであったが、ふとした刹那に宿ったその真剣さにやや気おされる。
「殿下も違和感は感じたでしょ? この戦局を見通したスズシロ・アキラは『厄龍』なる存在が、まず間違いなくボクたちを襲撃すると予言した。だというにも関わらず、こうしてボクらは無傷同然です」
「……ああ」
「似ているよね。つい先程までは楽観視して然るべきだった雑魚蜥蜴が、唐突に異次元の存在へ成り果て、すっかり慢心したボクたちを一網打尽にした。多分、癖なんでしょうかね。いずれにせよ、性悪なことこの上ないっす」
「……そうだな」
「? どうしました」
「い、いや……」
「?」
余りにも理知的なことを「あの」ラッセルが語ったことにその落差に思わず唖然とするライカであった。
が、すぐにそういえばこの子はそういう奴だと思いなおし、それよりも真っ先に少年へ意見を交換し合う。
「同意する。確かに貴君の判断は正しい。奴のこれまでの手口を考慮するならば、それも然るべきだろう」
「――――」
「だが、ゆめゆめ忘れるな。結論を真っ先に立案するのは美点であるが、その結論を過信し、それが外れた際に痛い目にあうぞ。事実、私もかつてそのような事態にあった」
「……説教?」
「いや、教訓だ」
「……変わってないじゃないですか~」
どこか気まずげにラッセルはライカから視線を逸らしつつ、至極冷静に問いかける。
「でも、やっぱり変ですね。あんな大掛かりな計略を組み立て男の余地が的外れになってしまうだなんて」
「――――」
「思い違いか、あるいはこれも奸計の一種なのか……以前全容が定かではないので、断定するのは禁物ですがね」
「……ああ、そうだな」
いつになく飄々とした雰囲気が失せている事象にやや小首を傾げつつも、ライカはラッセルからの助言を噛み砕きつつ、そのまま跳躍した。
「――――」
その直後――地響きが法国に轟く。
そして、次の瞬間完膚無きままに王城は絶大な剛腕により、完膚無きままに崩壊していった――。




