怪物
アキラ君の根幹です
帝王の危うさをこれでもかと再認識し、なんとか死力をつくし生存に成功した数分後。
俺は息を整えながら、「はあ……」とさながら世知辛い社会を嘆くサラリーマンのように重苦しい溜息を吐く。
「ライカちゃん、いきなり人を切りかかるのはよくないと思うよ」
「国家転覆に近いことをして何言ってるのよ」
「……返す言葉もない」
どうやら既に先の一件はガバルドから聞き入れ要るらしい。
「こいつだけには言われたくない」とばかりなジト目がこれでもかと俺のか弱い(笑)な心を抉り取る。
「……さて。前述の通り、代償については納得できたよな」
「一応ね」
「その割に大剣の柄に手をかけているのは見間違いかな」
俺には万が一の場合に備えて如何なる戦局であろうとも抜刀できるように構えているようにしか思えないのだが。
だが、きっと気のせいであろう。
ライカちゃん程の慧眼を持つ者が、俺程の真っ当な人生を歩んできた男にあらぬ嫌疑をかける筈がない!
「…………(疑いの眼差し)」
「…………」
はず、きっと……。
「どうしたの? そんなに尻込みして。ほら、品性行為なんでしょ? だったら胸を張りなさいよっ」
「くっ……! この変態サディスティックめっ」
「……な、何故それがっ」
「えぇ!?」
冗談の心算で言ったのに……。
ライカちゃんは俺の悪罵に愕然とし、わなわなと打ち震えている。
それはどこからどう見ても探偵屋に自身が犯人であると、そう看破されてしまった犯人のような挙動で……。
「……マジ?」
「……さて。そろそろ本題に入ろうか。時間もないしね」
「いや、でもっ」
「さて、そろそろ本題に入ろうか。時間もないしね」
「……うっす」
有無を言わさぬライカの気迫に気おされ、思わず了解してしまう俺。
というか、ライカってSだったんだ……。
が、俺の記憶――否、ガバルド・アレスタの記憶では、そのような情報荒れ狂う情報の大海原のどこを追求しようが発見することはできない。
まさか、ガバルドにさえ隠匿して……?
「……強く生きよう、帝王さん」
「その言葉がどういう意味か、深く追求しないでおくよ」
命拾いした気分である。
俺は気まずげに視線を逸らすライカに微妙な眼差しを向けながら、彼女が提示した懸念事項についての返答をする。
「確か……耐久云々だったよな」
「う、うん。なにせ、一度完膚無きままに粉砕されたんだからね」
「ふむ……」
全く以て予想通り。
もうちょっとぶっ飛んだ盲点を突くような問いかけが飛来すると勘繰っていたが、どうやらそれは風評被害であったようだ。
「じゃあ、追加情報。『白日の繭』の残骸は、さる職人の手により再度手掛けられているよ。――確か、ルシファルス家と言ったっけ」
「――!」
「ふっ」
俺の意図を明晰な頭脳で否応なしに理解したようで、凝然と目を丸くししながらもその瞳に納得の色を示すライカ。
「知っての通り、現当主のヴィルストさんは歴代当主の中でも最高峰の腕前だ。なら、容易く修繕――改良だって、可能だろう」
「……そういう、ことかっ」
「そそ。理解した?」
俺とてライカが抱くような凡庸な懸念事項、とっくの昔に思案している。
色々と計略を巡らしたが、今現在数週間前の決別のせいでルシファルス家と絶縁状態の俺ではどうも成し得ないので、放置が最適だと判断した。
「法国は支配階級の構築、また離反防止のために幾多ものアーティファクトの制作をルシファルス家に依頼している、いわばお得意様だ。あの人とて、それを無下にするようなことは流石にありやしないだろう」
「――――」
ちなみに、これに関してライカより先に俺が察知したのは、純粋にルシファルス家に盗聴器を設置していたからに他ならない。
ライムちゃん魔術は存外優美だ。
サイズこそ限定されてしまうものの、しっかりと集音できるアーティファクトを『付与魔術』を以て作成してくれた。
妹さまさまである。
つい先日までの俺の立場はルシファルス家長女の護衛だ。
故に、あの屋敷へ足を踏み入れることもしばしば。
これだけ条件が揃っていながら、何故諜報行為を行わないのか、心底不可思議でならない。
「……貴君の情報網は計り知れないな」
「あっ、帝王さんに戻った」
「失敬。少々、怪物と見紛う存在と対峙したもので、無意識的に引き締まってしまったな。非礼を詫びる」
「謝罪しておきながら、やっぱ王様って態度尊大だよね」
「…………」
筆舌に尽くしがたい渋面をするライカ。
まあ、威信を誇示するためだとかいう、そういう諸々の事情は理解しているのだが、なんとなく問いかけてしまったな。
「……ある程度、情報は聞き入れた。信憑性については、また後で『誓約』で照合するとしようか」
「へいへいー」
どうやら提示した条件および情報は帝王ライカを納得させるに足るモノだったらしく、彼女は釈然としなそうながらも、一応は首肯してくれた。
これにて交渉は一応とはいえ成立。
後は複雑迂遠な戦局を想定し、ライカと――ついでにアンセルも交えて打開策を考案するだけである。
万事順調。
が、だというのにも関わらず、どこか俺の魂は釈然としておらず、いわば歯茎に食べ物が挟まった感触だ。
熟考。
そして、直後には容易くその起因へ到達していた。
「……怪物ね」
それは、きっとライカにとってはほんのささやかな冗句で言い放った声音であるのだろう。
最近、しょっちゅうそんな悪罵をされている気がするな。
『英雄』然り、『魔王』然り、『帝王』然り。
まあ、俺が二か月という潜伏期間を経て実行してきた所行を考慮してみれば、その辛辣な評論はある種正論ともいえよう。
否、それ以前の問題だ。
俺という存在が余りにもこの多難な世界観において余りにも異端で、きっと本能が受け入れることを拒絶したんだろう。
理解は、できる。
常人の感性ならば、きっとそう思案してしまうだろう。
「はあ……ダルっ」
――そのなんでもないように振るわれた鋭利な言葉のナイフの矛先、そしてその惨状が如何なるモノなのかも知りもせず。
「つくづく、ニンゲンは度し難い」
とかいう俺も生物学的にはれっきとしたホモ・サピエンスなのだがな。
「――? 何か言った?」
「――――」
そう。
こんなの、今更だ。
散々擬態したんだ。
剥き出しのあの頃一身に浴したあの罵声の数々に比べてしまえば、それはきっとほんのささやかなモノだ。
だが――だからこそ、これでもかとそれは魂を蹴落とす。
「――――」
やはり、どうやらこの三年の間で鈍ってしまったようだ。
我ながら痛恨の極みである。
「はあ……」
否。
このような些事に一々と反応していれば、それこそ際限がないだろう。
ならば、その分をより合理的思考に注ぐ所行こそ最適解。
そして俺がその道理から目を背ける由縁などどこにも存在しない――さも、そう言い聞かせてしまうように。
俺は怪訝そうにそう問いかけるライカに対し、微笑を浮かべる。
「――なんでもないよ」
――きっと、鏡を見れば酷く歪な笑みが浮かび上がっているのだろう。
凡庸な常人ならば、十中八九俺が心の奥底からの笑みを浮かべているように思えて仕方がないのだろう。
だがおそらく、観察眼のある人物なら歪曲したこの性根を散々に暴く筈。
……常時ならば、如何なる慧眼であろうとも看破できないように気を配っているのだがな。
が、「怪物」という単純明快な罵倒がこれ以上ない程に胸の奥底にりんりんとこれ以上なく木霊してしまったらしい。
果たして、ライカは――。
「っそ」
「――――」
ライカは、人知れず抱く俺の不安に一切固執することなく、ただ淡々とそう返答していった。
その有様に狂喜乱舞する一方――どこか、心の奥底が寂しがっているのは何故だろうと、そう思った。




