大前提
アキラ君視点です
俺は日夜、王国への龍艇船での移動の際、魔王が撃破したあの火龍の中に埋め込まれた魔晶石について研究していた。
そしてつい先日、ライムちゃんの協力もあり、ようやくある事実に到達することに成功したのである。
「――『自戒』だよ」
「……? どういう意味だ?」
魔晶石は、言うならば精密機械。
魔晶石には幾筋もの精緻なプログラムさながらの機関により構築されており、備わった権能を発揮するのもある人物にとっては自由自在だという。
ある、人物。
「ルインという男のことは知ってるな?」
「あ、ああ……確か、この世界を裏で牛耳っているという」
「正確にはこの世界だけではないのだがな」
「――――」
ライカには既に大筋だけとはいえルインという青年の概要は伝えてある。
それ故に、ライカは聞き馴染みのない筈のその三文字に対してなんら疑問符を抱くこともなく――。
「……この世界を牛耳る。つまること、龍種もそいつの管轄……?」
「そういうことだ」
仮説自体はあった。
が、それが実証されることはなく、結局のところ虚言という可能性も十二分に考慮できるので信頼できていなかった。
だが、実際にはめ込まれたプログラムを閲覧すれば一目瞭然だ。
「龍種の一切を統治する存在こそ『老龍』。そしてその『老龍』の上司こそがルインってこたあ。統率が実に容易そうで羨ましい」
「所感はともかく……それがどうしたの?」
「――――」
どうやら、依然ライカは俺が如何なるモノを述べたいのか理解できていなかったようである。
「まだ分からないか? なら、ヒント。――つい先日、魔王と最高位らしき龍が交戦した。その際に、『自壊』という現象が生じたらしい。心当たりは?」
「――。――――」
ライカは俯き熟考し、ふいに物凄い勢いで顔を上げる。
「『自壊』……確か、魔晶石の自死を強制化することにより理性を投げ捨て、その対価として無尽蔵のエネルギーを会得するっていうモノだっけ」
「おお、正解正解」
流石、『老龍』全盛期にて最前線を駆け抜けた実力至上主義。
その程度の情報は、どうやら龍という概念とは程遠い今現在でも相も変わらずなようで、なによりである。
失念していたそれが回帰し――そして、ようやく彼女は真理に到達する。
「統率……『老龍』……『自壊』――まさかっ」
「理解したか?」
「え、ええ……。これ以上なくね」
「ハッ」
欠伸を噛み殺しながら、俺は淡々と語る。
「『厄龍』は『老龍』を、その『老龍』はおびただしい程の物量の龍種を統制できる。――つまり、一斉に『自壊』をすることも、また然りなんだよ」
「――――」
思わず絶句するライカ。
『自壊』という生存本能という概念から最も無縁な悪魔の所業、そしてそれが齎す絶大な効力は既知だろう。
故に、俺の仮定の恐ろしさが否が応でも理解できてしまう。
「お前の想像通りだ。『自壊』により生じるエネルギーは無尽蔵。そのエネルギーを糧に、魔獣たちの力量は際限なく向上していく。仮にスライム程度でも、容易く集落程度ならば破滅させることが可能だろう」
「……それが、万となったら」
「ああ。――全滅だ」
こればかりはどうしようもない。
実のところこの考察は相当初期の頃からあったのだが、実証するモノが稀有という事情によりお蔵入りであった。
が、つい先日魔王が異形と化した龍と相対する勇士を見た瞬間、それに確信を得たのだ。
「信憑性は?」
「残念なことに――八割」
「……そこで100%だなんて言わないあたり、きみらしいね」
「そりゃあ結構」
無論、依然『老龍』の真意は定かではない。
もしかしたらあの男は俺が捉える程に狡猾かつ智謀にたけた人物ではない可能性も十二分に考慮できるだろう。
が――希望的観測に縋るのは、それは敗北も同然。
言うに及ばず、俺はそんな愚行を成し得ないがな。
「……それで、きみは如何なる対策を組み立てたの?」
「そこで、もう一度当初の話題――『白日の繭』に帰結するんだよ」
「? それは、どういう――あっ」
「――――」
問いかける最中、ふいにライカの明晰な脳内は無意識的にその正答に到達してしまったようである。
流石、為政者としても名を馳せる王の中の王。
その洞察力は確かである。
「……もしかして、『白日の繭』を運用して、暴徒と化したその子たちを永劫封印する心算なのかな……?」
「概ね正解だと言っておこう」
そして――。
「――。どうやら、買い被りだったようだね」
「?」
どこか冷え切ったライカの声音に微かに目を見開くが、彼女の瞳にはどこか怜悧な色が宿っているように思えた。
「『白日の繭』には代償――幾多もの魂が必要不可欠だよ。一体全体、それは如何なる手段を以て賄う心算なの?」
「――――」
「それに、そもそもルインとかいう男が『白日の繭』を破砕したからこそこんな大事になったんでしょ? なら、無意味じゃん」
「ふむ……まあ、傍目から見ればそう思えるよな」
「……?」
そう毅然と声を張る彼女であったが――至極残念なことに、彼女はある履き違えをしてしまっている。
「やれやれ……人の話はちゃんと最後まで聞け」
「あたっ」
白熱する異論にいよいよ嫌気が差した俺は、軽く彼女にチョップをかまし、やや強引ながらも饒舌なその口を閉ざさせる。
それを確認し、俺は滔々と語りだした。
「まず指摘した点について色々と答えてやろう。まず、代償についてだな。これに関しての目途はもう建っている」
「……大量誘拐事件なんて記憶にないんだけど」
「おいおい、その言い方だと俺がなんの罪もない人々を目的のためならばいとも容易く踏み躙れる外道みたいじゃないか」
「ガバルドからそう聞いたけど」
「……あ、うん」
「あ、落ち込んだ」
あいつ、俺の事そんな風に見てたんだ……。
中年に如何に口汚く罵倒されようともなんら痛痒にも感じないと思っていたが、存外ショックを受けてしまったらしい。
「別段、俺は大衆を血祭りにあげることはねえよ。そんな非合理的な指針、こっちから願い下げなんだよ」
「だったら、どうやって――」
「決まってる」
「――――」
迷いない俺の返答にややライカは頬を固くし、心なしか固唾をのんだように思える。
「さる人物が、自身の天命と引き換えに民草が生きながらえるのならそれでいいと快諾してくれてな」
「洗脳?」
「って、オイ! 品性高位な俺はそんなこと……そんなこと……」
……………………。
「ともかく、人にあらぬ嫌疑をかけるだなんて、人として最低だよ! そんなんじゃ王様になれないぞ!」
「もうなってるよ」
くっ……!
大人は毎度の如く詭弁で俺たちをねじ伏せてくる……!」
「まあ、これに関しては事実だよ。なんなら『誓約』で確認したっていいさ」
「……そこまで言うなら信じるけど」
「それはそれは。――チョロっ」
「うん? 今ナニカいった?」
自称女の子という肩書に恥じない垢ぬけぶりである。
が、ライカは思わず漏れ出てしまったそんな俺の本音を聞き取ってしまったようで、やや殺気だって振り返りながらそう問いかける。
「いやいや、なんでもないよライカちゃん」
「……ちゃん呼ばわり、私いつそれを容認したっけ」
「まあまあ。そんな些事に固執してると、禿げる……まさかッ」
「言っとくけど、ツルピカじゃないからね。きみはいたいけない女の子に対してどうしてそこまで無神経でいられるかな……」
やれやれとばかりに嘆息するライカに対し、俺は恐れおののいたように小刻みに震えながら問いかける。
「お前……今自分が何歳だと」
「――それ以上一句でも発せば、この首筋が割断すると思え」
そう能面が如き真顔で恫喝するライカちゃん。
解せぬ。




