ふほんしんにゅうは、はんざいです!
一応、三人称です
――本題は、少々遡る。
それは、魔王が法国の会議に単身で足を踏み入れた、その数日後の出来事である。
「――やあ、ライカちゃん」
「……誰だ、貴君」
木霊するのは澄み渡った紛うことなき女の子の声音。
もはやピー歳なライカでは決して発することもできない甲高い声音に、思わず頬を引き攣らせてしまう。
帝王殿下の私室に足を踏み入れたのは、一人の可憐な少女だ。
その容姿は絶世の美少女とさえ言いとれる程に端正であり、同性あるライカでさえ思わず見惚れてしまう代物。
何より恐ろしきは彼女が振りまく愛嬌だ。
世知辛いこの世界では誰しもが忘却してしまった純粋無垢という概念の体現であるその少女の屈託のない笑みに思わず不法侵入という暴虐も水に流そうとし、その可愛らしい眼福な光景を目に焼き付けようと――。
「って、違う! 貴君、よもや意図的にこの王城に侵入したのか!?」
「もちろんだよ」
「ど、どうして……」
敵組織からの視覚?
ならばこの帝王ライカ、幾多もの修羅場を駆け抜け培った卓越した手腕を以て、無慈悲な目下の女の子を――。
「――だって、お姉ちゃんに会いたかったんだもん」
「ブシュッ(鼻血炸裂)」
ライカさん、萌死していらっしゃる。
これほどまでに可憐な少女が、『ライカに会いたかった』という単純明快な由縁でこの王城にわざわざ不法侵入したのだ。
もう、誰だって萌死してしまうだろう。
「って、やっぱりそうじゃない!」
「――?」
だが、それも刹那のこと。
ライカとて帝王なんていう全く以て可愛げの欠片もない役柄を全うにする少女――とは言えないが――なのだ。
それも、今現在帝国は『老龍』案件によりこれ以上ない程に混迷している。
あるいは、魔人族の悪辣な一手――。
「……? どうしたのお姉ちゃん」
「くっ……! こんな可愛い子がそんなことするワケ……お姉ちゃん?」
「? お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
ふとした瞬間に感じた違和感に目を白黒させる。
お姉ちゃん。
そんな呼称で呼ばれる男性など、この広大な世界のどこを探しても――漢女は除く――存在しないだろう。
つまり、この少女はライカの性別を看破している。
何故?
(……もしかして、『砂漠』経由?)
ガバルドと共に流れ着いたあの荒廃した世界では、もはや色々と隠蔽することも面倒くさくなったのでライカが女の子であることは周知の事実。
故に、あるいは『砂漠』からの流れ者かと……。
「いや、それはないな……」
「――――」
既に『扉』は閉ざされている。
故に、今になって『砂漠』からの風浪人が馳せ参じる道理はない。
というか、そもそもの話、大前提がおかしいのだ。
この帝城は巧妙に隠蔽した帝国の本拠地であり、一般人ならばこの鉄筋により構築された城に帝王殿下が滞在していることさえ知り得ないだろう。
仮にそれを把握しようとも、言うに及ばず城の警邏は厳重。
それをこの幼気な少女が潜り抜けるのは到底不可能であり――。
「――ッッ!」
「あらら」
飛び退き、そのまま虚空より大剣を取り出す。
万が一の場合に備えシキ顕現の術式も即座に構築し、次いで射出できる局所的な魔術の生成に精進し――。
「あーあ。バレちゃった」
「……貴君は」
そんな間抜けた声音と共に、やがて容姿端麗な少女の輪郭が溶解し――そして、その素顔がようやくあらわになる。
露呈されたその容貌を一言で示すと――。
「――ブサイク?」
「オッケーライカちゃん、キミにはサンドバックの気持ちをとくと味わってもらおうか」
女の子――ブサイク……スズシロ・アキラはそう頬を引き攣らせ、絶対零度の眼差しでライカを見下ろす。
どうやら背丈も弄っていたらしく、女の子の華奢な身長もやがて標準よりやや低い程度に落ち着いた。
「やれやれ……ホント、最近よく悪罵されるな」
「日頃の行いのせいなんじゃないのかな」
「失礼な! 俺程品性行為に気遣っている人物なんて、この世界のどこを血眼に探しても存在しないッ!」
「そうだね。――悪い意味で」
「話を、しよう」
依然釈然としないアキラであった。
「……で、何故このような真似を?」
そう問いかけるライカの眼差しは素の顔――自称女の子――ではなく、紛うことなき『帝王』陛下そのものである。
が、それに対する俺はのらりくらりととした雰囲気だ。
「趣味で」
「成程。そういえば貴君にはガールフレンドが居たな。帝国の情報網を駆使すれば、彼女の特定、密告も容易――」
「止めて下さいお願いします! また撮影会なんてこりごりだ!」
「またァ!?」
前科が、あるのだよ……。
どうやら沙織は某半端蜥蜴の影響により意味不明な性癖に目覚めてしまったらしく、何故かこよなく俺の女装姿を愛するのだ。
一応、明確に拒絶しているからまだ何とかなっている。
だが、仮にそれが趣味だと発覚(語弊)してしまえば――もう、取り返しがつかない。
「やだよお……汚れたくないよお……」
「……貴君も中々に難儀なのだが」
そろそろメイルには鉄拳の一つでもくれてやらないと割に合わないだろう。
……それはともかく。
「まあ、簡単な話、女装は警邏の慢心を誘うため。理性では王城で無断に足を踏み入れる者なんて不審者以外の何物でもないと理解できているんだけど、それがあどけない女児となると話はまったく別物なんだよ」
「うわあ……」
「そのドン引きした顔はなんだ男装自称女の子」
「!?」
思わぬ反逆に仰天するライカを一瞥し、俺はため息を吐きながら淡々と状況を言及した。
「ちょっと、状況が変わってな。『清瀧事変』について色々と変更点があるから、その旨を伝えようと馳せ参じたんだよ」
「……だったら正面からくればいいのでは?」
「阿呆。俺の知名度は『英雄』と比較してしまえばまさに青天の霹靂。まず門前払いがセオリーだろうな。最悪処刑だ」
「……成程ね。確かに、そういえば君のこと私も対面するまでほとんど情報が不明慮だったんだし、当然か」
変貌している口調には頓着することもなく、俺はその考察に首肯しながらなおも声音を紡ごうとし――遮るようにしてライカが口を開いた。
「……それで、伝えたい旨って?」
「どうしよっかなあ……」
「アキラくん――シキちゃんを併用すれば、きみを公衆の場でスク水姿でつるし上げることも容易だよ」
「全面的に俺が悪かったです。だから、どうかそれだけは……!(土下座)」
帝王って、過激だなあ……。
……それはともかく。
「伝達したい情報、――ひとえに、それは『清瀧事変』において万が一に有事が生じた際の対処法さ」
「……詳しく聞こうか」
戦局は正に生き物。
生物の群がった細胞の一つ一つを余すことなく把握することなど到底不可能であり、それは戦術という観点でもまた同様だ。
だが、大筋の想定ならば容易である。
「まず、最初に一つ助言しておこう。悪いことは言わない。――法国に諜報機関のエージェントを派遣してくれ」
「――。何故?」
ライカはその不可解な発言に対し、すっと目を細めながらそう問いかける。
「なあ、脱線するようだけど、一つ問いかけてもいいか? ――『白日の繭』は、あれから一体全体何処に消えたんだろうなあ」
「――――」
「もう、既に目途は経っているんじゃないのか?」
「き、君はどこまで……」
情報は戦乱を制する上で如何なるアーティファクトよりもなお重宝する、あるいは金銀財宝にも勝る宝物だ。
無論、帝国も重宝には相応に力を入れている。
故に、とっくの昔に聞き及んでいるのだろう。――かつて『老龍』を封印していた『白日の繭』を、法王が回収していることを。
「さて。大前提はこれで仕舞いだ。――本題は、ここから」
そして俺は、ようやく本筋へ切り出したのだった・




