ころしあむ
地味にアキラさんのヤバさが露呈する回です。
ゲームとはいえども、たった一人の女の子のために容赦情けなく国家に牙を剥くとは、普通に正気の沙汰ではないですよね。
「――『白日の繭』を、再起動します」
「――――」
グリューセルが吐露したその声音に、思わずガバルドは息を呑むことさえ忘却し、ただただ目を丸くする。
――『白日の繭』。
それは、かつてさる目的によりアーティファクト生成の代名詞たるルシファルス家が制作した軍事兵器だ。
その効力は――『万象の封印』。
差し出す対価に見合うだけの存在を『白日の繭』という箱庭に永劫閉じ込めるという破格の代物だ。
そして――これは、かつてかの『老龍』を沈めたモノでもある。
「……というか、アレどうなったんだ?」
「ああ、そういえばまた言ってませんでしたね」
「?」
アキラ曰く、ルインとかいう人物の手によりとっくの昔に『白日の繭』は破砕されてしまっているそうだ。
が、それ以上の経過は依然不明慮。
だが、アキラは目途はついていると、そう零したが――。
「その目途ってのは……」
「――私ですよ、私」
「――――」
オレオレ詐欺と見紛うやもしれないグリューセルの発言に目を白黒させるガバルドであったが、直後に不思議な程の納得することとなる。
「確かに、『白日の繭』は素性不明な人物により一度粉砕されております。――ですが、修繕できない程ではありませんでした」
「その言い方だと……」
「ええ、お察しの通り、私が『白日の繭』を回収しました」
「――――」
絶句――は、無い。
そもそもの話、魔人国に関しては領土的に困難であるし、なにより『老龍』の調査に打って出たのは法国だ。
現場調査を担う以上、回収も容易だろう。
レギウルスではないのだ。
ガバルドとてそれ相応の教養は身に着けているので、その程度の情報を推し量るのは心底容易であった。
だが、たった一点、不明慮な箇所が。
「――どうして、あんたはそんな面倒なことを?」
「――――」
「知っての通り『白日の繭』はかつて『老龍』を束縛する際に猛威を振るった。――だが、それには『対価』が存在する」
「ええ、全く以てその通り」
「なら、どうして……」
『白日の繭』は常人が運用できる用、『自戒』の観点から対価という概念が設けられてしまっているのだ。
その対価とは――人死に。
『白日の繭』のその絶対的な束縛を実現するにはその程度の代償は必然であり、これでもまだ創意工夫を凝らした方。
そして、この対価は封印するモノに比例する――。
「――67090人」
「――――」
ガバルドが提示した突拍子もない数字に能面かのような真顔と化すグリューセル。
すっと目を細め、ガバルドは滔々と語った。
「これが、かつて『老龍』を封印する際に、要した人員だ。これだけの人々が、死んじまったんだよ」
「……ええ」
「そんじゃあ、改め問う。――あんたは、何を企んでいる?」
「――――」
『白日の繭』の対価は知っての通り。
それを目の当たりにしてグリューセルが、何故この期に及んでそのような物騒な兵器を回収しようとしたのか。
それ次第では、忍性沙汰も辞さない所存で――。
「――まあまあ。そうはやらないでください」
「――。だったらさっさと言っちまえ。さもなくばどうなるか、理解できん程の老骨じゃあねえだろ?」
「ああ、全くだ」
「――――」
グリューセルはどこか哀愁を感じさせる表情で明後日の方角へ黄昏、そしてぽつりぽつりと口を開く。
「由縁は単純明快。そもそもの話、銃弾を購入しようとする輩の悲願が世界平和であることが果たしてありますか? いいえ、そのような荒唐無稽なことは有り得ませんよね。――戦争ですよ、『英雄』」
「――――」
その物静かな、ガバルドにしても本性を看破することのできぬ微笑を浮かべるグリューセルは、それを言い放つ。
「無論、暴乱の日々に明け暮れるであろう『老龍』対策でもあります。――ですが、一番は戦争兵器として運用するためですよ」
「おいおい……マジかよ」
思わず滝のように冷や汗を流すガバルド。
この老公は、あろうことか自分たちの国家へ戦乱を仕向けようと――。
「ああ、勘違いなさらないように。私の標的はいつだって彼――『魔王』アンセル・レグルスですよ」
「……まさか、『魔王』をあの牢獄に永劫封印する計略だったのか?」
「もちろん、できればの話ですがね」
「はあ……なら心配して損した」
「?」
脱力するガバルドに対し、グリューセルは「おや?」と怪訝な眼差しをする。
「確か、貴方は古今東西、魔人族との戦乱に密かに反抗心を抱いておりましたね。なのに、何故不埒な戦乱に安堵するのですか?」
「んなの決まってる。――無駄だからだよ」
「……ほう?」
「――――」
一瞬、グリューセルからガバルドにしても身動きができない程の威圧がこれでもかと湧き上がった。
依然、法王の鬼気は健在。
静谷蟹怒気を放つその男からは、もはや彼が老人であることさえも瞬く間に忘却してしまいそうになる。
「それは、どういう意味合いで?」
アンセル・レグルスの滅亡こそが何よりをも悲願であるこの老公のことだ。
それを踏みつけにされ悪鬼羅刹が如く憤慨するグリューセルに怖気づく――こともなく、『英雄』の肩書に相応しい威風堂々とした眼差しで宣言する。
「んなの明白だ。――あの魔王が、あんたなんぞに不覚を取るかよ」
「――――」
「そもそも、魔人族としては騒乱する由縁がない。今ではどこぞのロクデナシのせいで魔人族の人族への憎悪は消え失せている。防衛を徹底すれば、たとえ惨劇でも起こして怨恨を誘発することも未然に防げるだろうな」
「否定はしませんよ」
一区切り。
そしてガバルドは一切グリューセルから視線を逸らすこともなく言い放つ。
「それに、仮に再度戦乱が幕を開けようがなあ――あの男が、黙っていられると思うのか、お前は?」
「――――」
スズシロ・アキラの性根はいわば途方もない深淵だ。
真っ暗闇という形容でさえ程足りぬ程のあの暗黒世界はさしもガバルドであろうとも読み取ることはできない。
だが、あの忌々しくも小癪な少年とも付き合いもそろそろ二か月だ。
いい加減、あの男の根幹も見えてきた。
「言い方を変えよう。仮に魔人族と法国との戦乱が幕を開けたのならば――まず確実に、奴の意中の少女は悲しむだろうな」
「――っ」
グリューセルとて無能ではない――どころの話ではなく、天才という形容さえおこがましい程の為政者だ。
それ故に、魔人族の奇妙な動向は既に聞き及んでいる。
もちろん、その裏舞台も。
「スズシロ・アキラ程空っぽな野郎は見たことがねえ。――だけどなあ、あいつにはあいつなりに譲れないモノがあるんだよ」
「――――」
「奴はそれのためなら、たとえその身が朽ち果てようとも躍起になる。あいつは、そういう奴なんだよ」
スズシロ・アキラの指針のおおよそは既に目途がついている。
その大前提から推し量れば、如何なる阿呆であろうとも魔人族との衝突は不利益であることは理解できるだろう。
十中八九、グリューセルもそれは理解している。
故の、この苦虫を噛み潰したかのような表情だ。
「奴は音もなく懐に潜伏し、最低最悪のタイミングで決起する。そんな野郎が齎した効力を知り得ない程にあんたは愚昧じゃねえ」
「――――」
法王の諜報機関の有能さは言うに及ばず。
それ故に、あの不自然な魔人族の意思統一の裏舞台で如何なる惨劇が繰り広げられたのか、理解できているのだろう。
「さて、どうする? 私としては別段どちらでもいい。ただ、一つだけ忠言しておくぞ。――奴は、沙織に害をなす人物に対して一切の温情を加えない。ただただ無慈悲に貪って殺戮するだけなんだよ」
「――っ」
歯噛みするグリューセルを一瞥し、もはや変な気を起こすこともないと判断し、とっととアキラの計略を聞き入れようと――。
「――ハッハ」
した瞬間、そんな嘲笑が耳朶を打った――。




