大詰め
アキラ君視点です
「――悠久の眠りにつけ、若造共」
次の瞬間――『老龍』の輪郭が掻き消える。
そのルーツ事態は依然ベールに包まれてしまっているが、どうも『老龍』の身体能力は飛躍的に上昇しているらしい。
その速力、正に雷神が如く。
もはや真面に知覚することさえ叶いやしない。
きっとそれは傍らのレギウルスとて例外ではないのだろう。
故に――。
「――左だ、レギウルス!」
「了解っ」
「――――」
直後――痛烈な暴威がこれでもかと乱舞する。
『老龍』は常人では、否頂点から数えた方が速いであろう隔絶した猛者であろうとも視認できない程の速力で俺たちへと急迫。
そして、踏み込み、鮮烈な一閃を放った。
が――レギウルスは、全力で脚力を強化し、左咆哮へと閃光が如く跳躍し、紙一重でその斬撃から退避する。
無論、俺も同義だ。
息を整え、互いに残心する『老龍』の僅かな綻びを見計らう俺たちを訝し気に見据え――。
「ふんっ」
「上っ」
「へいへい」
今回に限り、『老龍』は撃滅する標的を『傲慢の英雄』に固定。
そのまま神速が如き勢いで跳躍し、幾筋もの斬撃をこれでもかと叩き込もうとするが、そのいずれもが空を切る。
それは、レギウルスがその巨体を羽毛のように軽やかに大空へと跳躍しその暴威から逃れたが故に成立したモノ。
『老龍』は基本的に俺たちが輪郭さえも捉えきれないことを前提として立ち回っているので、指示も楽である。
が、『老龍』とて某ゴリラかのような脳筋ではない。
『老龍』はすっと目を細め、俺たちを訝し気に睥睨する。
「……どういうことだ?」
「どういうこととは? 問いかけるなら、もうちょっと具体的にしろよ。その頭はお飾りか? にしても見てくれも最底辺のように思えるが」
「――ッッ」
『老龍』は、俺のあからさまな挑発に別段扇動されることもなく、そのまま指示塔らしき俺へと急迫する。
(ふむ……これは俺では迎撃・回避が叶わないな)
張り切っているからか。
存外刹那と見紛う程の速力で一斉に放たれたその鋭利な斬撃の綻びを見出すことはなかなかどうして難解であった。
無論、それへの対策も済ませてあるが。
「5・E・1,8」
「了解」
レギウルスは俺の指示に特段疑念を抱くこともなく順々に従い、数瞬後コンマ一秒の誤差もなく俺へと肉薄。
そのまま、俺へと切りかかるようにして丁度位置が重なった『老龍』の脊椎をこれでもかと不躾に切り伏せる。
「がぁっ……!」
「隙だらけだぞ、老害」
「――っ」
老龍は斬撃が振り落とされる寸前で『ブレス』を行使し、俺共々そこら一帯を焼け野原にしてしまう。
龍種が持ち合わせるエネルギーは余りにこの世界とは異端。
それ故に、あくまで規定側の存在たる『羅刹』では回避することも叶いやしないだろう。
なので。
「レギウルス」
「人を奴隷のように扱うなっ」
だって奴隷じゃん。
忠実なる奴隷ことレギウルス・メイカはジェット機さながらの速力で俺へと急迫、直後に身勝手にも蹴り飛ばす。
言うに及ばず、これも俺の指示なのだが。
(最近、どんどん空を錐揉みする感覚に慣れちまったな)
受け身はもちろん、いっそのこと奇怪なポーズを決めてしまうことも容易である程度にはこの状況にも慣れてしまったようだ。
「ふんっ」
「甘いよ~」
もはやレギウルスの補助なんぞ不要だ。
俺は、小首を傾げるようにして、容易く首筋へと途轍もない勢いで振るわれたその刀剣を回避することに成功する。
それに『老龍』は舌打ちし、再度追撃を行おうと――。
「余所見は厳禁だぜベイビー」
「嘔吐感を促す時用にその声音は重宝しそうだな」
どういう意味だろうか。
そう心底不思議そうに小首を傾げる俺と入れ違い様に、口元に毎度同じの不敵な笑みを浮かべた『傲慢の英雄』が通過する。
「1・Y・3、0」
「へいへいっ」
俺の正確無比な指示を聞き取り、レギウルスは下僕人生まっしぐらな現状に微苦笑しつつ『老龍』へ急迫。
振るわれた一閃が齎す効力は言うに及ばず。
「ぐぅっ……!」
「――――」
轟音。
鍔迫り合いする深紅の刀身とそれこそ生爪を剥いでそのまま刀剣に運用したかのような無骨な刀剣が火花を散らす。
が、拮抗は刹那。
『傲慢の英雄』の唯一無二の長所は言うに及ばずその剛力。
ただただ筋力だけに生涯を――それこそ、強力無比な魔術さえも手放してしまったレギウルスに今更『老龍』が勝てる筈がない。
「お前とはキャリアが違うんだ。――イキんなよ、新参者」
「――ッッ!」
内心で「お前がな」と嘆息するが、無論それをレギウルスが聞き入れることもなく、彼は寡黙に宿願を果たす。
即ち――直後、痛快な破砕音と共に『老龍』が万力の膂力で握ったその刀剣が崩壊していった。
レギウルスの得物『紅血刀』は特別性だ。
なにせ、これを制作したのは何を隠そう、かのアーティファクト制作の金字塔たるルシファルス家の当主なのだ。
それ故に、その品質は言うに及ばない。
『紅血刀』には多種多様な魔術が付与されているが――その内一つに、『不壊』という権能が存在する。
「――――」
対して、『老龍』が持ち合わせるその刀剣はあくまでも自身の肉体から直接削いで生成していったモノだ。
必然、付与魔術など以ての外。
膂力自体は拮抗していたようだが、最終的に勝敗をわけてしまったのは得物の耐久値であったようだ。
「くっ……!」
『老龍』はせめてもと結界を張りなおそうとするが――無論、それは『自戒』などの観点から実現することはないだろう。
おそらく、数千年もの間積み重ねてきた経験故の失策だろう。
だが、その無様の代償は、その血飛沫を以て清算されることになる。
「――っ」
「くぅっ……!」
一閃。
『老龍』の胴体へ、鮮烈な斬撃が加えられ、その深紅の刀身が容易く人肉を抉り飛ばし。血肉がこれでもかと湧き上がる。
「レギウルス。そろそろ引き際だ」
「……分かってるって」
「さてはて、それはどうかな?」
「――――」
追撃しようとするレギウルスをそう一声で牽制し、俺はどさくさに紛れて『龍穿』で魔晶石付近へと銃弾を放つ。
が、過敏な本能が微弱な殺意を気取ったのか。
直後に『老龍』は物凄い勢いで飛び退き、なんとか、紙一重で急迫するその弾丸の回避に成功した。
が、されど重傷は重傷。
『傲慢の英雄』なんていう絵空事とも思える大仰な肩書はどうやら伊達ではなかったようで、『老龍』とて無傷ではない。
一応刻一刻と修繕しているようだが、それもどこか精彩を欠いているように思えた。
スタッ。
そんな軽やかな靴音を奏でながら俺の傍らへ着地するレギウルスは、どこか呆気なさそうに問いかける。
「……おい、これ本当に『老龍』か? 弱すぎんだろ」
「悪口はいけないよレギウルスくん」
「国家を扇動した最低野郎がなんか言ってるぞ」
正確には「扇動」ではなく「洗脳」である。
……なんだかより最低最悪な行為に思えてしまうのは気のせいであろうか。
「貴様ら……どういうことだっ」
「……どういうことだって言われてもねえ。主語がなくちゃ、幾らこの容姿端麗品性行為頭脳明晰な俺でも理解できないよ」
「形容詞多いな」
ナルシストの方ですか?とかいう質問は一切受け付けませんっ。
そんな俺を『老龍』は心底忌々しいとばかりに睥睨しつつ、どこか当惑したかのような眼差しを向ける。
「私が放った神速の一閃を、貴様らはさも当然とばかりに回避する。よもや、私の手並みを視認できているのか……?」
「いいや、違うぞ?」
「――――」
幾ら何でもそれは無理。
俺の身体能力は精々中堅程度で、その手の本職である『傲慢の英雄』には到底叶うことはないだろう。
故に、起因はもっと別口だ。
即ち――。
「吐息、心拍数、視線、発汗、魂の揺らぎ。――これだけ見えていながら、どうして分からないとでも?」
「――。化け物めっ」
「それは誉め言葉だよ、蜥蜴」
そう互いに罵り合い――そして、大詰めへと取り掛かった。




