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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
六章・「桜町の夜叉」
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最終局面、一歩手前


 アキラ君サイドです













 何故、何故、何故――。


「――――」


 未だかつてない程に脳内が疑問符により埋め尽くされる。


(魂魄の偽装か……? 否、そのような気配も感じられない)


 如何に魔力を巧妙に隠蔽しようが、魔術を行使する限り残滓が掻き消えることは永劫有り得ないのだ。

 が、『老龍』の魂にはそのような気配は皆無。


 つまり――これは、奥底からの本音で。


「どうして……どうしてだ? 何故お前は俺を殺そうとしない?」


 そう問いかける俺に対して、『老龍』は哀愁さえ漂わせ、疲れ切った老人を彷彿とさせる表情で嘆息する。


「――お前と、その少女が重なった」


「――――」


 その少女。

 十中八九、先刻『老龍』が述べた『俺に似た少女』のことを指し示しているのだろうと容易く理解できる。


 だが、疑念が。


「じゃあ、もう一度問う。――お前のその情念は、絶対的な主たる『厄龍』の勅命から離反してもなおやり遂げるような代物か?」


「ああ」


「――――」


 即答。


 無論、どれだけ血眼になろうが虚言の気配を察知することはできず、俺としてはただただ困惑するばかりである。


「……はあ。アキラ、十中八九、虚言だ。惑わされ」


「――ちょっと、黙ってて」


「――――」


 水を差そうとするレギウルスへ釘を刺す。


 さしも『傲慢の英雄』であろうとも血相を変えた俺に対し何も言えなくなってしまったようで、口を噤んだ。

 それを確認し――再度、『老龍』へと向き合う。


「――まただ」


「――――」


「なんなんだよ、この胸騒ぎはっ。胸が張り裂けそうで嘔吐感さえ催すモンだっていうのに、どうして温もりなんて感じてんだよ、俺はっ」


「不思議か?」


「ああ、大いにな」


 それは、まるで心臓を掌握されてしまったかのような、そんな拒絶すべき、されど魂が何故か受け入れてしまう感覚であった。

 矛盾したその微弱な情念の矛先は以前不明慮だ。


 そんほ現状に俺はらしくもなく苛立ち、仁王立ちする『老龍』を見据える。


「――なあ、その少女は結局どうなったんだ?」


「どうなった、とは?」


「とぼけるなよ。お前は件の少女のことを過去形で語っている。――何かあったと、そう思案するのが道理だ」


「……成程な」


「――――」


 刹那、ほんの数瞬だけ『老龍』の魂魄によぎった悲哀の激情に眉根を顰め――そして、直後に発せられた声音に目を丸くする。


「――壊れた」


「――っ」


 その、余りにも端的な一言は他人事であるのにも関わらず、これ以上ない程に俺の心臓をわしづかみにしてしまった。


「どういう、ことだっ……!」


「文字通りだ。主様が主導するさる事件を契機に、あの子が慕っていた少年が『神』へと至り、そして悠久の眠りについたのだよ」


「――――」


 それまでの傲岸不遜な態度は鳴りを潜め、悲壮感を押し殺しながら努めて無表情で淡々と『老龍』は吐露する。


「きっと、あれだけ散々反発していた癖に、あの子にとって彼との日常はきっと如何なる夢物語にも勝るかけがえのないモノに昇華されていたんだろうな。――故に、それが喪失してしまえば、酷く脆弱だ」


「――――」


 それは、どこか聞いたことのある物語で。


「それからは紆余曲折あっったな。さる事件を契機に悄然とす彼女はなんとか立ち直った。……虚勢ともいえるがな彼女はなし崩し的に『胡乱な円卓』なんていう洒落た組織を結成し、主様へ反旗を翻した。……これ以上の情報を開示してしまえば、きっと貴様ならば容易く真理へ到達するだろうから、黙秘する」


「……あっそ」


「――――」


 聞き終えた俺は、柄にもなく滑稽な程に脱力する。


 そんな俺を、『老龍』はどこか暖かい眼差しで見据えるのだが、もはや今の俺にそんなことを認知できる程の心的余裕など皆無であった。


(……似ている、ね)


 成程。

 確かに、『老龍』が言い放った声音に一切の虚言が存在しない以上、どうやらそれはあながち的外れではないようだ。


 三年前のあの事件で俺は生きる意味の一切合切を失い、そして最後の一声が図らずとも再起させる契機となった。

 

「……謝罪させてもらうぞ、『老龍』。確かにお前の声音は的を射ていた」


「……そうか」


 ようやく履き違えが正されたというのに、『老龍』の態度は煮え切らず、どこか釈然としていないように感じられる。


「……おいアキラ、どうした?」


「色々、ね」


「――。そ」


「――――」


 俺の端的な返答でもはや真面に正答を告げる気配は皆無と関知したのか、レギウルスは意識を別の存在へ傾ける。

 その矛先は、言うに及ばず仁王立ちする絶対的な脅威――『老龍』へ。


「……この期に及んで敵対の意思はないと?」


「否。対峙すれば悉く殺戮する。そこに、私の意思など一切介入することはない」


「……マジで要領を得ないな」


 『傲慢の英雄』はそんな不確かな情報開示に頬を引き攣らせながらも、剣呑な眼差しで『老龍』を射抜く。


「ならば、何故アキラを逃がそうとする?」


「……この程度ならば誓約違反ではない。そも、これもある程度は主様の利益となる行動。この程度であの御方は私を罰することはない」


「それが思い違いだったらどうする?」


「ただただ滅びが齎されるだけの話だ」


「――――」


 いよいよレギウルスの脳内では許容限界を明確に遺脱し、如何なるモノが正答なのかと判別できかねない事態だ。

 仕様がないが、ここは俺が前に立つ場面なのだろう。


「――お前の真意のおおよそは理解した」


「――。ほう? 貴様も、それが容易だと?」


「……はあ。いよいよ疑わしくなるなあ。瓜二つどころの話じゃねえぞ。いっそ兄妹と言明された方が納得できる」


「違いない」


 そう、旧来の友人のように談笑する俺たちを、どこかレギウルスは畏怖でもするかのように遠巻きに眺める。

 どうやら奴も本能で不躾な介入は愚策と判別できたようだ。


「断言してやろう。お前が抱くその情愛に一切の嘘偽りはない。ならば、お前の不可解な言動もある程度は頷ける」


「ならば、私の提言に便乗するのか?」


「もちろん」


「――――」


 そう満面の笑みで即答する俺をどこか『老龍』は訝し気に見据え――直後、その脳天に風穴が空いた。

 それは、これ以上ない程の意思の証明で。


「――もちろん、狙い下げだよ」


「……何故だっ」


「何故?」


 『老龍』は龍種というこの世界の条理から明確に遺脱した存在らしく、脳漿をぶちまけられてもなおケロッとしている。

 俺はそれに一切動揺することなく、淡々と言い張る。


「――それは、非合理的だ」


「――――」


「この戦局で仮に俺が逃亡してしまえば、これまでの根回しの一切が不毛になってしまう。そうでなくとも、俺の目的にそぐわない。故に却下、それ故の徹底抗戦だ」


 『老龍』はその魂に、老人独特のどこか達観したかのような、そんな情念の中に落胆を織り交ぜながら俺を一瞥する。


「その目的は?」


「――沙織の居場所を作る。不服か?」


 そう高らかに宣言するわけでもなく、どこまでも淡白に声音を張った俺に対し『老龍』は俯き――直後にこれでもかと快活な笑みを浮かべた。


「フッハッハ、愉快愉快! やはり貴様とあの子は瓜二つ! 頑固なところも、一度想ってしまえば一途なところも、何もかもが酷似しているではないか! これほどまでに歓喜すべきことなど、幾千年ぶりか!」


「……テンション高っけー」


 激昂するかと推察していたが、どうやらそれは甚だしき勘違いだったようで、現実はご覧の通りである。

 

 それまでやけに無愛想だった『老龍』は口元に円弧を浮かべ――高らかに宣言する。


「いいだろう。スズシロ・アキラ、貴様のその戦意、確かに受け取った。狂喜乱舞しろ。――なにせ殺して奪い尽くしてやるのだから!」


 直後、『老龍』は当初ある程度は人肉の原型を留めていたのにも関わらず、俺へと凄惨な笑みさえ浮かべ急迫しながら、完全ある『龍』へと変貌を遂げる。

 その瞳には、強かな決意と、一片もの悲哀が潜んでいて。


「レギウルス」


「言うまでもない。――死ぬ気で征くぞ」


「――。ああ」


 レギウルスはその両腕で愛刀『紅血刀』を万力にも勝る膂力を以て握り、急迫する『老龍』へと構える。

 俺もそんな相棒にならない、ようやく『羅刹』を再度抜刀。

 

 そして――。


「――来い」


 そして――最終局面が、開演する。



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