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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
六章・「桜町の夜叉」
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誤解! 誤解ですから!














――ガバルド・アレスタの聴覚は並大抵ではない。


 魔力による能力の増長により吐息、拍動、発汗に至るまでの一切合切を容易く看破してしまえるだろう。

 だが、その真価はもっと別だ。


 かつて『英雄』はその権能に苦悩し、涙した。


 が、今となってはどうだろうか。


 見境なくその声音を聞き取ってしまうこともなくなり、深層心理に至るまで把握することも可能となった。

 故に、察知する。


――さよなら、クソったれな人生。


 そう、定年と共に魂の奥底は吐き出される声音を。


 そして、それと同時に鳴り響く嫌な予感をこれ以上なく掻き立てる、その破砕音を。


「――アンセル!!」


「!?」


 瞬間、ガバルドは鼓膜を破裂させる勢いで声を張り上げる。


 それにアンセルは目を見開き――直後、正確無比にガバルドの真意をくみ取り、俊敏に飛び退いた。

 刹那――全身の産毛に至るまでが逆立った。


 その起因は単純明快。


 即ち――。


「……嘘だろ」


 即ち、それは眼前に対峙する、もはや異形とさえ形容できぬ化け物だ。


 呼吸さえその暴威の前には叶いやしない。

 肉体を構成する筋肉繊維の一切が生誕直後の小鹿かのように震え、もはや真面に歩行することさえできない。


 それほどまでに、眼下の存在は冒涜的で――何より、怖かった。」


「――――」


 悲哀、嫌悪、諦念――憤怒。


 それらの激情が綯い交ぜにされてしまったかのような複雑奇怪なそのプレッシャーは常軌を逸しているどころの話ではない。

 根底的に、相容れないのだ。


 人間は、古今東西得体の知れない存在をこの上なく忌み嫌っていた。


 まして、形容さえも定かではない、人間特有の本能に起因しない飽くなき憎悪と、害獣の悪意が全身を蝕む。


 憎悪という悪感情により彩られたその存在から発せられるおぞましき気配に小刻みに肉体が震えてしまう。


「――――」


 怖い。

 そんな、月並みにありふれた激情をこれほどまで鮮烈に味わったのは一体全体何時ぶりであろうか。


 決して相容れない存在への畏怖が全身をすくませ――。


「あがっ」


「――っ」


 故に、真面にその悪辣な所業から逃れることさえできない。


 レアン――否、レアンだったその化け物顎門が稲光し――。


「――『英雄』、逃げて!」


「――――」


 その異常事態にアンセルがいち早く察知するが――されど、それは結果的にはあまりにも無意味な気づきだろう。

 直後――痛烈な炎熱が廃墟を薙ぎ払った。


「――『天呑』ッッ!!」


 アンセルは即座に『天呑』を行使することにより虚空に禍星を展開、滾るその烈火から逃れようとする。

 だが、恐怖と畏怖で手が竦んでしまったのか。


 アンセルの魔術構築練度はどこか精彩を欠いており――故に、紙一重でその爆炎を喰らってしまう。


「――っ!!!」


「アンセル――!!」


 到達寸前に偶然にも退避が間に合ったガバルドがそう悲痛に絶叫し――直後、アンセル・レグルスの御身が熱波に包まれる。


 無論、アンセルとて無様に焼き爛れるワケがない。

 彼が卓越した魔術構築精度を以て氷結魔術を構築、それにより自らを棺のように覆い隠してしまった。


 もちろん、そのなけなしの結界は刹那で焼却したが。


「くぅ…………っ!!」


 極限にまで身体能力を強化して、それでもなお熱烈な爆炎は容易くアンセルの臓腑を抉り飛ばし、無遠慮に掻き消す。


 激痛、どころの話ではない。


 一切の神経がその炎熱により機能を失い、真面に痛覚なんて感じ取ることもできない筈。

 だというのに、いっそ快活な笑みさえ浮かんでしまう程のこの苦痛は、一体全体どう表せばいいだろうか。


 そして、永劫にも感じられる刹那が過ぎ去り――途端、世界が静かになる。


「アンセルっ!?」


「ぅ……あ……」


 その虚空はアンセル・レグルスが魂に刻まれた術式を行使することにより形成した絶対領域である。

 が、その存在も術師の重度の負傷によりもはや懐疑的だ。


(どうするどうするどうする!?)


 ガバルドとて魔術師。


 が、それまでガバルドが扱えたのは身体強化のみであり、言うに及ばず治癒魔術など専門外である。

 ガバルドが『術式改変』を開花させたのもつい先刻。


 その契機を過ぎ去ることにより飛躍的に上昇した練度であったが、そもそも自らにそのような適性があるのかさえ定かではない。

 仮に存在したとしても、手引きする存在も皆無なので依然稚拙と言う他ない。


 それでは、これ程の重傷を治癒することは叶いやしない――。


(そうだ! ポーションだ、ポーション!)


 ポーションはルシファルス家相伝魔術『付与魔術』とは別口の手段を以て蓄えられた治癒と修繕の根源。

 ガバルド・アレスタの地位は存外高い。


 そこらの有象無象ならばともかく、国家も『英雄』を無下にすることもできないようで彼の手元には最高品質のポーションが揃っていた。


「これなら――!」


 これを強引ながらも摂取させてしまえば、あるいはアンセルの存命も現実的なモノになるであろう。


 ガバルドはアイテムボックスにより取り出した小瓶の蓋を開け、即座に瀕死のアンセルの喉元へと通していった。
















 意識が酷く朦朧としている。


「――――」


 上下左右、東西南北、そもそも己が己たるのか、その程度の至極当然のことさえも真面に理解することさえ叶いやしない。

 まさか、二度もこの微睡に揺蕩うこととなるとは。


 つい先刻『英雄』の、トラブル吸引力を揶揄したのだが、どうやら『魔王』も大概であったようだ。


(そんなこと、どうでもいいか……)


 一度目は何とか生還できた。

 二度目も、同様に。

 だが、三度目の正直と言うべきか。


 既に二度この質素な世界へ訪れたアンセルであったが、今日ほど自分という存在が曖昧模糊としたことはかつてない。

 もはや、アンセルの存命は絶望的。


 だが、不思議なことに未練の一切も沸き上がらない――。


「ふんっ」


「!?」


 瞼が閉じられようとしたその刹那――何故か、顔面を鉄拳らしきモノがこれでもかと強打していく。

 唐突に閉鎖された五感が復帰。


 ようやく得られた安息をこのような最低最悪な手段を以てぶち壊しにしてくれたその存在に、流石のアンセルも憤慨しないワケがない。

 だが――それ以上の羞恥心が全身を蝕んでいた。


「やれやれ……まさか、あの日誓った志さえ忘却してしまうとは」


 あの、在りし日に死守すると、そう誓ったはずの悲願さえも真面に成し遂げることができずに満ち足りて死にゆくなど、どの口で言える。

 流石のアンセルも某『傲慢の英雄』ほどに図太くはない。


「はあ……面倒くさっ」


 そうどこか投げやりに呟き――直後、意識が覚醒する。


 そして――横たわるアンセルへ口づけしようとする誇り高き『英雄』の姿が……。


「……は?」


 ちょっと、いやかなり状況が理解できなかった。

 

 あの凛とした『英雄』が瞳を閉じ、今まさにアンセルの端正な唇へ熱烈なキッスをしようとしているのだ。

 ちなみに、ガバルドは三十路どころか既に老人とも言いとれる年配者である。


 そして、ガバルドの分厚い唇とアンセルの頬との距離間は次第につまり、遂に――。


「させてたまるかぁ――!!!」


「!?」


 『魔王』魂の叫びがりんりんと異次元空間に木霊する。


 痛烈に耳朶を打つその声音にガバルドは目を丸くし――直後、アンセルが放った幾多もの最上位魔術により錐揉みする。


 加齢臭はとっくの昔に消え去っており、アンセルは何の変哲もない空気をさも三ツ星レストランが提供する最高峰の一品を口にしたかのように、心の奥底から幸せように目を細め――。


「……『英雄』。女性と縁がないのは理解できるが、それでも同性に求愛するのは、ちょっと倫理的にアウトだよ」


「違う、そうじゃないんだよ! 俺はただ、肺腑が機能していないのかと口移しでポーションを呑まそうと……」


 そうもごもごと言い訳するガバルドへ、アンセルは冷めた眼差しを向け――。


「そうかそうか。つまり君はそういう奴だったのか」


 ガバルドの怒声が異次元空間に木霊したのは言うまでもない。


 

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