最果て
――一閃。
そこには、一切の情愛も、躊躇もない。
今、その鉤爪を遠慮容赦なく振るったのは、メイルというか弱い少女などではなく、屈強な戦士である。
故に、そこに加える手心など皆無。
ただただ、立ちふさがる外敵を駆逐するだけである。
それが、戦士だ。
「――――」
が、相手も強者。
そもそも異形に原型という概念が存在しないので、面積云々を完全に無視し、再度化け物が到来するだけだ。
これ程空虚な戦いも中々無いだろう。
だが――。
「――今度は、魔晶石を打ち砕く」
「――――」
もはや、殺意を遠慮することはない。
直後にメイルは刻まれた魔術を遺憾なく発揮していくことにより、音速さえも生温い程の速力で短く跳躍。
だが、異形の成長速度も中々の品物だ。
セフィールの動体視力は、先刻までは一切悟ることのできなかった少女の輪郭を確かに捉えて――。
「……氷柱」
「――――」
次の瞬間、狙い違わずメイルの端正な容姿を滅茶苦茶にしてしまおうと、鋭利な氷柱の切っ先が急迫する。
対するメイルと言うと――。
「ふんッ!」
「――――」
直後、メイルは驚嘆すべきことに裂帛の気合と共に迫りくる氷柱へと頭突きを披露し――直後、水晶が呆気なく砕け散った。
心なしか異形と化したセフィールも唖然としているようである。
メイルの魔術の適用範囲は頭蓋骨も例外ではない。
とはいえたかが頭突きで弾劾を破砕するなどもはやどちらが生物かどうか曖昧模糊となってしまった。
が、メイルはそれに頓着する程の阿呆ではない。
「覚悟ッ!」
「――――」
頭上より降り注ぐ氷柱の雨であったが、メイルはトリッキーな仕草でその一切を回避、迎撃していく。
着実にメイルとセフィールとの距離は縮まっている。
無論、セフィールとて現状維持などナンセンスと思案する頃合いだろう。
今現在のセフィールは明らかに獣畜生の類であるが、それ故にその剥き出しの本性は中々に厄介である。
故に――。
「――っ」
「――ッッ!!」
直後、痛烈な咆哮が鼓膜を張り裂く。
鮮血が垂れ流れる耳元を指先で触れるメイルへ、不意に強大な影が差し――。
「!?」
「――――」
凝然と目を剥くメイルへ、どこか嘲笑を浮かべたかのような雰囲気のセフィールが不敵に見据える。
次いで生じたのは――いわば、散弾のあ雨あられ。
――パリンッ。
そんな、心地の良い音が耳朶を打ち、その刹那にそれまでメイルが避けて通っていた氷柱の一切が弾け飛ぶ。
もはや、それは一瞬の散弾だ。
散り散りになった破片は痛烈な風圧により加速し、一切合切を撃ち抜く弾丸と化す。
(クソッ……! 真面に回避できない!)
水晶は全範囲に規則性なしに射出されていった。
その刀身が及ぶ範囲は余りにも広大で、流石のメイルでさえも真面に回避することは叶いやしないだろう。
ならば――。
「――『ブレス』」
「――ッ」
レギウルスのように魔術を売り払ったワケではないのだ。
それ故に、メイルも龍種として備わったその権能程度ならば自由自在に振るうことができるのである。
かざされた掌から、莫大な熱量の烈火が吐き出される。
無作為に放たれた龍の吐息に指向性という概念は皆無であり、そこら一帯へと無作為に放たれていく。
が、それで十分。
莫大な熱量は確かに四方八方より迫りくるその凶刃の一切を溶解させ、メイルの柔肌を死守していく。
だが――そこまでも、計算通り。
「……ッ!?」
全方位により迫りくるその破片の撤去に爆炎を併用したが故に視界が烈火により遮られ、真面にセフィールを目測できない。
そして、その好機をセフィールは絶対に逃さない。
足音。
それは、目と鼻の先ともいえる至近距離で――。
「クソッ」
「――ッッ」
もはや、真面に悪態を吐く暇さえない。
絶大な衝撃、そして現像するありとあらゆる神剣の類に愛嬌さえ感じ取ってしまう程に荒々しい刀身がメイルを撫でていった。
「――ッ」
もはや、東西南北もありやしない。
メイルは咄嗟にインパクトの直前バックステップすることにより衝撃を最小限に和らげることに成功。
だが、それ以降は散々だ。
その鋭利な鉤爪が肌を無遠慮に抉った瞬間、堪え難き鈍痛が張り巡らされた神経の一切を蹂躙する。
幾らメイルとはいえ、これ程の激痛に慣れる筈もない。
血反吐を撒き散らし、なおも足りぬとばかりに口元から臓腑らしき物体を吐き出すが、それに固執する暇さえ皆無だ。
なにせ――。
「――ッッ!!」
「くっ……!」
なにせ、目前にはとっくの昔に獰猛なる悪鬼が――。
「――沙織さんから目を離すのは心配ですが、今回ばかりは許容しましょう」
「!?」
直後、メイルの耳朶を打ったのは、そんな澄み渡った声音で――。
「――一歩一閃」
「――ッ」
それは、抜身の刀身さえも見せぬ絶技。
異形程の動体視力を保有する者であろうとも振るわれたその刀身を認知することさえ叶いやしない。
その怜悧な刀身に撫でられた岩肌からは噴水のように血飛沫が沸き上がっていく。
「メイルさん。休みますか?」
「――――」
その、どことなく落胆したかのような声音は、どんな暖かい慰めの一声よりもメイルの自尊心を刺激し。
「いや――不要なのだ」
「ほう? 現に満身創痍なようですが、これはぼくの錯覚でしょうかね?」
「わざとなのだ。もしや、アキラの先兵はこの程度の自明の理さえも読解できぬ程の愚者であったのか?」
「……アキラ様を愚弄していますか?」
「ああ、侮辱しているのだ。あの男には、どうも観察眼が残念なようなのだ」
「――ッッ! ああそうですか。なら、勝手に死んでくださいよっ」
普段淡白なスピカにしては珍しく声音を荒げ、即座に『霧霞』を行使することにより現世から離脱する。
(やれやれ……これも、ある種の鼓舞なのか?)
否。
きっとあの容姿端麗な少年は、ただの天然だろう。
あれほど達観した死生観をもっているのに、変なところで年相応の少年らしいスピカに思わず微苦笑してしまう。
「さて……もう一度、やるか」
「――――」
もはや体力も限界。
これ以上の肉体の酷使は、それこそ龍種として備わった強靭な肉体であろうとも生命の危機に直結してしまうだろう。
故に、勝負は一瞬で済ませる。
「――――」
メイルはなんとか貧血故に覚束ない視界の中でもなおふらふらと立ち上がりながら、きっとセフィールを睥睨する。
そして――。
「――いざ、尋常に」
「――――」
異形も、肌でこれで最後だと否応なしに理解したのだろう。
それまでの狂乱ぶりはどこへやら、どことなく武者を思わせる理知的かつ勇ましい雰囲気を全身から醸し出している。
そして――。
「ほう……まだ、虎の子がっ」
「――ッッ」
セフィールが嘶くのに呼応し――次いで、ただえさえ原型と止めぬ彼女の肉体が、完全に生物から遺脱する。
異形どころではない。
いっそのことバグとしか言いようのない程に常時その形容をうねらせており、さながらスライムのようだ。
それでいて目測では岩肌は相も変わらず――否、明らかにより強固なモノへと昇華されてしまっていた。
魔晶石崩壊が更に深刻化したのか。
セフィールの全身から溢れ出すそのエネルギーはメイルにしても真面に動けぬほどにモノへと成っていた。
どうやら、向こうも準備は万端らしい。
ならば――。
「――『龍化』」
ならば、こちらも相応のモノを披露しなければならないだろう。
メイルは巡る龍の血液をこれでもかと活性化させ、半身にこれでもかと龍としての特性が誇示されている。
沸き上がるエネルギーも最高峰。
メイルは即座に最大限まで魔力を練り上げ、その右腕へと凝縮し――跳躍。




