シリアスさん、退場!
クレヨンしんちゃんって、色んな都市伝説があるんですね……。
それはそうと、アキラ君サイドです。
「あ――――! めっちゃ疲れた!」
廃墟にて。
荒廃したその土地に、そんな甲高い声音がりんりんと響き渡った。
「お兄ちゃん、近所迷惑わよ」
「住人全員天国だけどな」
「チンパンジー。お兄ちゃんのための鼓膜を震わすとは、いい御身分ね。お礼にご自身の脳髄をお店してあげるわ」
「兄妹って、似るんだな」
「そうよ。私もお兄ちゃんに似て端正な容姿なのよ」
「どうやらお前は母親の浮気で生まれた子供なようだな」
「おい、それはどういう意味だチンパンジー」
雑談するゴリラの脳天へとなんでもないように『羅刹』を投擲しながら、俺はスタスタと歩み寄る。
「あら。感慨に浸るのは終わった?」
「おうおう。それにしても、今回の一件、ライムちゃんが一番頑張ったよね。後で約束通り、買い物に付き合ってあげるからね」
「浮気だわ!(満面の笑み)」
「いや、どうしてそうなる」
買い物に付き合ったくらいで何故俺が沙織に離反したことになってしまっているのだろうか、心底不思議である。
まあ、この妹だ。
人間が蟻んこの思考回路を推し量ろうとする方が間違っているよな。
スルー。
これこそがこの子と付き合う上で最低限のスキルである。
「って、おい! 何人をさりげなく殺害しようとして、和気藹々としてんだよ!」
「あれ。生きてたの」
「てっきりお亡くなりになっているのかと思ったわ」
「おい!」
段々と不憫になるレギウルスの扱い。
是非とも彼には俺の気持ちを味わって欲しい。
「……にしても、まさかアキラ妹が潜んでいたとはな」
「? レギウルスでも気づけなかったの?」
レギウルスの山勘は常人離れ、どころではなくもはや未来予知の領域へ足を踏み入れてしまっているのだろう。
そんな彼でも、関知できないとは。
「スゴイ隠形だね、ライムちゃん」
「世界からお兄ちゃん以外は認識できないようにしたのよ。当然だわ」
「うわあ……」
げに恐ろしき『創造魔術』。
ありとあらゆる魔術に関して適性を兼ね揃えることとなるこの魔術は、そのような神仏の御業さえ実現してしまったらしい。
というか、俺を除外した意味とは。
「……なあ、アキラ。本当に滅殺することができたのか?」
「?」
レギウルスの素朴な疑問に小首を傾げる俺の顔面へ、剛腕が。
「三秒以内に答えろ。さもないとただえさえ残念なお前の顔面がもっと……ああ、もう手遅れだったか」
「おいこらどういう意味合いだよ」
それだとまるで俺が度し難い不細工のようではないか。
この容姿端麗で地を行く俺相手にこんな扱いをするヤツなんて、この男以外に他ならないであろう。
「というか、何故殴ったし」
「えっと……存在?」
どうやら俺は存在しているだけで世界中の人々から殴打される宿命を背負ってしまったようである。
悲しい話だ。
と、そんなレギウルスへ制裁が。
「ふんっ」
「ア――!?」
ライムちゃん、どこから取り出したのか大根を握りしめ――そして、レギウルスのケツへと遠慮容赦なくぶっ刺した。
必然、激痛に絶叫するレギウルス。
なんだろう、この光景。
「戦争中にアナル開拓か?」
「お前、今ここに小学生が居るんだぞ!?」
と、淫猥な発言をする俺へ猛然と吠える良心的なゴリラへ、実に的確な指摘を繰り出した。
「大人のケツに大根を突き刺す女の子が果たしてあどけない純真な小学生!?」
「…………」
何も、言えないらしい。
そんなレギウルスへ、ライムちゃんは上目遣いでネコ科を彷彿とさせる真ん丸な瞳をうるうるさせ、一言。
「もう一本、いっとく?」
「アキラ。どうやらこの女は幼女の皮を被ったナニカだったらしい」
「大正解だ」
発想が違うよ。
これが、今時の女児がさも当然とばかりに思い浮かべることなのか……世の男子のおケツが大層心配である。
「というかアキラ! お前さっさと答えろよ! 俺としてはいつ襲来するか本当に不安で仕方ねえんだよ!」
「女の子ととしての生き方? それなら知人を紹介するよ。筋骨隆々の、ゴスロリ至上主義の良い人だ」
「それって絶対漢女の類だろ!?」
「失礼な。夜の戦で悪鬼羅刹と評判のあの人を侮辱するだなんて。――けしかけるぞ」
「!?」
どうやらこの世界にまた一人乙女……もとい、漢女が生まれてしまうことになってしまったらしい。
きっとあの人なら泣いて新たなる同胞の参上を歓迎するだろう。
「よかったね、レギウルス……!」
「なんだろう。悪寒が……」
武者震いの類だろう。
と、そんな雑談を交わそうとする俺へ、不意にレギウルスはどこか冷めた眼差しをする。
「なあアキラ。――お前、露骨にこの話題から離れようとしてねえ」
「えっ!? 今気づいたの!?」
「いえ、違うわお兄ちゃん! ここはゴリラが人並の知能を得たと、そう褒め称える履き場面なのよ!」
「そ、そうか……! そうなのか!」
「なあお前ら。スイカ割りって知ってるか? 棒で叩くと、真っ赤な汁が噴出するんだぞ」
おや、レギウルスさん、悪鬼が如き形相で片手に釘バットを……。
「オッケー。話を、話をしよう!」
「流石お兄ちゃん! INUKAIさんスタイルね!」
縁起悪っ。
あの残念な事件を思い出させないでください。
「……で、アキラ。真偽はどうなんだ?」
「ご想像にお任せします♡(パキッ)」
「殺すぞ」
あっ、骨が。
関節が人間離れの膂力により容易く外され、その未知の痛覚にのたうち回る今日この頃であった・・
どうしてこうなった。
「おいアキラ。次はどこの骨髄を破砕して欲しい?」
「オッケー。俺たち人類は会話が成立する種族――交渉だ! なんなら、世界の全てをくれてやってもいいぞ!」
「命乞いが魔王スタイルだわ……」
と、呆れ果てるライムちゃんであった。
俺はなんとか迫りくるその巨躯から逃れようとするが――相手は、あの『傲慢の英雄』なのである。
故に、逃亡は無意味。
即座にマウントを取られ、筋骨隆々な肉体が俺を圧殺せんとばかりにこれでもかと締め付けてくる。
「さあ、言え! 言っちまえば楽になるぞ」
「痛い痛い痛い! 後、そもそも相棒を拷問する時点で人として間違っていると思いますが!?」
「俺、吸血鬼!」
そうだった!
こいつ人間じゃなかった!
いよいよ言及するしかないと、そう俺は判断し、悄然としながら口を開こうとし――そして、凝然と目を見開いた。
「――貴様ら、和気藹々と雑談か?」
「ッ!?」
この声音。
苦労性故にそれしかストレス発散手段が思いつかないのか、無闇矢鱈に傲慢なその声音が耳朶を打つ。
レギウルスなんて反応は劇的だ。
彼は目を見退くのと同時に、すぐさま俺を投げ捨て、そのまま自らも退避し、即座に警戒態勢を――。
「……ん? 『老龍』、いねえぞ」
「――――」
が、しかしながらどれだけ周囲一帯を見渡そうが、あの忌々しき宿敵の輪郭は視認することさえ叶わず。
そして、
「『どうした、下奴。そうも無様に視線を彷徨わせて。曲芸の心算か?』」
「……は?」
そして、ライムちゃんが口角を動かすのに呼応し、そんなどこまども豪胆な声音が木霊していって――。
「……アキラ妹?」
「お兄ちゃんの窮地。でもゴリラは汗臭いから近づきたくない。そんな貴女に、『変声魔術』というモノをお勧めします」
「…………」
ライムちゃん、やりきったとばかりに満面の笑みを浮かべていらっしゃる。
と、悪戯された張本人のレギウルスさんというと。
「アキラ」
「どうしたのかなレギウルス君。何か辛いことでもあったのかい? それなら、ボクが親身になって」
「アキラ」
「アッ、ハイ」
これ、マジトーンだ。
そう判別した直後、顔面に絶大な衝撃が。
「歯を、食いしばれ……!」
「お兄ちゃん――!?」
なんで俺?
直後、レギウルス渾身の剛腕が強かに俺の顔面へと炸裂していった。
INUKAIスタイル……515事件で、犬養さんが放った言葉だと記憶しております。事実かどうかは知りませんけど。




