エンドロール
肺腑が呪術によりこれでもかと捻じ曲げられ、その無遠慮さ故に盛大に出血、血反吐を撒き散らしていく。
吐血が荒廃した大地を盛大に深紅に染め上げた。
そして――そしてレギウルスはその無様な光景にやや同情するかのよう微苦笑しながらも、容赦なく剛腕を振るった。
「――『臨界』ッッ!!」
「――ぁ」
無論、『老龍』にそれを回避する暇などない。
――自らが編み出した呪術に牙を剥かれ、盛大に嗚咽する『老龍』には。
そして、直後に鼓膜を張り裂く勢いで爆音が響き渡る。
『老龍』は、突如として全身を苛んだその呪いにこれでもかと目を見開き、真面な結界の維持などもっての他だ。
その最高の瞬間に、最高峰の殴打が到達する。
故に、結果は必然。
「――ッッ!!」
「――――」
――パリンッ。
そんな心地の良い破砕音が響き渡った瞬間、それまで『老龍』の寝首を死守していたその絶対領域は勢いよく飛散していった。
その現実に、更なる驚嘆に呑み込まれる『老龍』。
そして――俺は、水流を操作し、その刀身を『老龍』の頭頂部へとジェット機さながらの勢いで突き刺した。
「ああああああッッ」
「――――」
――そして、一切合切の魔術を跳ね飛ばす、『羅刹』の藍色の鋭利な切っ先が『老龍』の眼球を幾重にも刳り貫いた。
それと同時に、『老龍』は否応なしに何故発した呪術が自らの身に反転したのか思い至ったらしい。
「――『戒杖刀』……!」
「正確には、『羅刹』だけどな」
「――ッッ!」
『戒杖刀』。
それはさる難解という形容が可愛らしく思える程のレイドクエストの報謝であり、魔法・魔術を反転させる刀身を保有する刀剣でもある。
が。
そもそも、この『戒杖刀』が跳ね返すのは攻撃魔術のみ。
しかしながら――この刀剣に手を加えたのは、あのルシファルス家当主の、世界最古違法の錬金術師、ヴィルストさんである。
『羅刹』へと昇華された今、この刀身に宿った魔術の適用範囲もより広大になっていても可笑しくはない話だ。
『羅刹』が反転するのは一切合切の魔術――無論、呪術などという得体の知れないモノも適用される。
故に、この事象は必然であった。
俺は『羅刹』の柄を『蒼海』により具現化した水流により絡めとり、レギウルスと『老龍』衝突寸前にそれを割り込ませた。
後の結果は見ての通り。
行使するであろうその悪辣な魔術が猛威を振るった決定的な瞬間を無論逃す筈もなく、水流ごしに
『羅刹』は振るわれた。
そして、不可視の魔力因子に触れ――一切が、跳ね返ったのだ。
「というかさあ……これ、何度言わせるのかなあ?」
「――! クソッ」
『老龍』は、不可解な事象への理解に諮らずとも思考のリソースの大半を削いでしまっていたのだ。
だからこそ、その男の急迫に関知できない。
「――余所見厳禁。不文律だよ?」
「――!! またかっ」
俺だって、好きで貴重な『羅刹』をこれ見よがしに『老龍』の頭蓋骨に埋め込んだワケではないのである。
(『老龍』は存外聡明。だからこそ、ついつい考察に没頭しちまうよな)
無論、『老龍』とて激烈な勢いで急迫する『傲慢の英雄』が意識の片隅にさえもないことなどないのだろう。
だが――それでも、一瞬とて意識を逸らしてしまった。
無論、その代償はあまりにも多大だ。
「さあレギウルス――ぶち壊しちまえ」
「言われずとも、なッ!」
もはや、レギウルスの仕草に躊躇はない。
レギウルスは、その右腕に再度極限にまで魔力を練り上げ、鉄鋼さえも触れただけで消し飛ぶ程に強靭化する。
そして、刹那その剛腕は深紅に稲光した。
――『臨界』。
それは、人間という脆弱な種族に唯一下賜された、最高峰の一撃で。
「ぐぅぅ……!」
「――――」
が、『老龍』とて無抵抗で滅ぼされることはない。
『老龍』はその右腕を刹那で龍種特有の龍腕へ転変させ、傲然と鉤爪に全身全霊の魔力を付与していく。
よくよく見ると、その鋭利な爪先は微かにスパークしていた。
どうやら電撃魔術さえも刻み込まれているらしい。
ならば――。
「――『紅獅子』」
「――!?」
そして、せめてもとなけなしの活力を振り絞って『傲慢の英雄』へ一矢報いようとする『老龍』の右腕が盛大に血飛沫と共に消し飛んだ。
その主因は、言うに及ばず『傲慢の英雄』を象ったその獰猛なる悪獣で。
「貴様――!」
「はいはい。――祈りを済ませろ、阿呆」
もはや、差す光明なんて皆無だ。
そして――、
「――『臨界』」
「――――」
そして、音という概念が鼓膜が張り裂けてしまうことにより、世界から喪失する。
が、俺は耳元から溢れ出す鮮血にはなんら頓着することもなく、ただただ食い入るようにその光景を凝視した。
――肉塊と成り果てた、無様な『老龍』の姿を。
そして、そして――。
「――チッ」
まさか、二度も滅ぶとは。
これ程の誤算は幾年ぶりか。
『老龍』はその現実にやや悔し気に歯噛みしながらも、打開策を編み出すそうと必要最低限の次手を打つ。
『老龍』は生物という概念を完全に遺脱した存在たる『龍』の中でも特段特異的な存在なのである。
その要因は、魔晶石の粒子化だ。
主曰く、ちょっとした手違い故らしい。
何故か主は頑なにその起因を語ることはなく、今の今までやや不信感を抱いていたこの権能である。
が、どうやらそれが猛威を振るう機会はちゃんと設けられているらしい。
(……毎度の如く、存外有能だな)
魔晶石の粒子化。
この権能を駆使すれば、不死不滅の存在たる龍種唯一の急所を幾ら破砕されようがなんら問題はないのだ。
故に、『自壊』により幾ら魔晶石に軋轢が生じようがなんら支障はない。
崩壊、再生を意のままにする『老龍』の権能は、容易く『自壊』を制御してしまっていたのである。
が、それでは無論『自戒』としての機能は薄い。
だが、それ故に編み出した独特の創意工夫によりなんとか『自壊』が意味を成さないという最悪の事態が生じることはなくなっていた。
(……つくづく、この権能には苦労した)
『老龍』の身に宿った魔術も権能もあまりにトリッキーで、これを使いこなすには軽く幾百年は要するだろう。
天賦の才を持つ『老龍』さえも百五十年もの歳月をこれの熟達に費やし、ようやくモノになってレベルである。
だが、だからこそそれが齎す効力は多大な。
魔晶石の不朽、更に常時自らに呪術を付加していくことにより、大いに『老龍』は完全なる不死不滅の存在へと成り上がったいったのだ。
更に、最高峰の虎の子も保有している。
これだけの優良物件、中々無いだろう。
これこそが、あの『厄龍』が『老龍』を抜擢した主要因なのである。
――君には、『悪食』と太刀打ちできる程度には成り上がって欲しいね。
当初、『老龍』はその声音が投げかけられたことがいっそ滑稽な悪夢のようにみ感じ取れてしまった。
『悪食』。
『厄龍』を筆頭とする五人の『呪い』の中で、『神導』に並ぶ最強格の一角である。
『悪食』の本領は純然たる戦闘能力だけではないにしても、そんな彼と並び立つだなんて、当初は不可能だと断じていた。
が、今思えばどうだ。
既に、自らの力量は主でさえ真面に刃を交えば苦戦する程のレベルにまで卓越しているではないか。
(小童ども、彼我の実力差を悟れ)
あの阿呆な小童共に翻弄されたのは一生の恥である。
この汚点を覆すべく、考え付く限り最も残忍な手段を以てスズシロ・アキラと『傲慢の英雄』を惨殺するのが得策だろう。
そして、『老龍』はその宿願を達成すべく、一度魔晶石を崩壊させ、再度構築しようと目論み――。
「――『崩陣』。……?」
違和感。
不可思議なことに、幾度『老龍』が権能のトリガーを引いたとしてもそれが果たされることはなく――。
「――滅べ、お山の大将」
――そして、『老龍』の根幹たる魔晶石は成す術もなく藍色の刀身により破砕されていった。




