助っ人
今更ですけど、基本ボコられるガバルドさんサイドです
「――――」
疾駆。
短く跳躍し、ガバルドはその筋繊維故にそこらの豚さえ霞む質量の肉体を羽毛が如き軽やかさでその身を躍らせる。
頬を掠めるのは鋭利な不可視の刃だ。
ガバルド程度の力量では、それを魔術的に知覚するのは到底不可能であり、図らずともレアンの目論見は不毛であった。
が――それがどうした。
この程度の局面で諦観するような男を、果たして人々は『英雄』と呼称しこれでもかと称賛するだろうか。
否。
断じて、否。
「――ッ」
ガバルドは、首筋へと振るわれたその旋回し刀身を首を傾げるように躱す。
依然、それの視認が叶ったワケではない。
が、それでもなお、ガバルドはさも当然とばかりに一切合切の凶刃を最小限の微々たる仕草で回避する。
「――――」
耳を澄まし、その鋭刃が虚空を切り裂く強かな声音を聞き取り、過敏な肌が感じ取った風圧により距離を推し量る。
そして、その山勘は百発百中。
否、もはやこれは山勘などではない。
数分先の光景にまでその数式を張り巡らせ、洗練された動作で描いた末路を辿る、冷徹な策略である。
あるいは、それは人力未来余地とも言いとれるのかもしれない。
「――――」
が、それにも限度が。
『英雄』とて、数百年もの歳月を殺害技巧の修練に費やしたこの少女が編み出す数式から逃れることは叶いやしない。
(――正面!)
急迫する刀身の軌道はありがたい程に愚直。
が、四方八方で踊り舞うその鋭刃が足場を消し去ってしまい、笑止千万ともいえる愚行は最高峰の一手に昇進する。
ならば――。
「――『一閃』」
詠唱。
直後、閃光さえも霞む程の早業で特異的な魔術が宿った刀身を、ガバルドはその膂力を以てふうう。
そして、刀身が不可視の鋭刃と接触する。
刹那の停滞。
しかしながら拮抗は一瞬のことで、直後にがなんら抵抗もなく急迫する凶刃は霧雨かのように掻き消えた。
(……ホント、我ながらつくづくこの魔術には関心だな)
――『一閃』。
ガバルドの身にようやく宿った魔術をより容易く行使すべく簡易した際の形状であり、されどその効力に陰りはない。
『一切合切の両断』。
その道理からの逃避は、アキラの『天衣無縫』のような同系統の魔術でもない限り到底不可能であろう。
この魔術は、レアンの推察した通り、最強の矛と盾の役割を果たす。
ガバルドへと先刻吐き出された爆炎。
あれから逃れられることができたのも、辛うじて錯乱することなくこの刀身を連続的に振るうことができたが故であろう。
が、幾ら得物が神剣の類であろうとも、それを振るうのは愚昧なる人間だ。
まして、ガバルドが魔術師として覚醒したのはつい先刻。
それ故に彼の力量は稚拙と言う他なく、無論身体強化魔術も同義である。
そして、烈火の強みはその爆発的な表面積。
あれだけの範囲を、刃物程度の武具により結界を張り切り裂くのは、レギウルス程の剛力でも至難の業であろう。
故に、その結果は知れている。
一応、直撃は避けた。
が、寸前のところで業炎の余波を浴びてしまい、既に上半身の感覚は消え失せてしまっているというのが現状だ。
そろそろ文字通り人肌が恋しくなる頃あいだ。
とっくの昔に人肌はその爆炎により溶解しており、今現在ガバルドの上半身は筋繊維が剥き出しになっている。
そこから絶え間もなく噴き出すのは幾筋もの鮮血だ。
否。
もはや、吐き出す血流さえも皆無ともいえてしまうだろう。
これだけの失血で生存できているのは魔術による生命維持というのが最もたる要因なのである。
既に、いっそのこと他人事のように感じ取れる程の甘味ともいえる激痛が全身を苛んでいく。
正気を保つことさえ常人ならば不可能であろう。
(……ホント、とっとと横たわってしまえばいいのに)
ガバルドという男は本来、自堕落かつ甲斐性なしな男であった。
そんな最底辺な野郎を立て直したのは、一体全体どこの小悪魔だったっけ。
「……はあ。ホント、面倒だなっ」
「――――」
跳躍。
無論、レアンもそれを予知し、ガバルドの頭頂部を引き裂こうと鋭利な刀身が急迫するが――。
――右、死角っ。
「……そういうことね」
嘆息。
そしてガバルドは肉薄する致死の刃を迎撃――することもなく、驚愕すべきことに純粋なる膂力のみで受け止める。
それに呼応し、噴水のような鮮血が異形の岩肌を深紅に染め上げた。
が――ガバルドの瞳に浮かんだのは、悪鬼羅刹の殺意。
その瞳に、悪意は皆無。
それはさながら機械のように無機質に外敵を駆逐する、さながら獰猛な一匹狼のような眼差しであった。
「――ッ」
直後、ガバルドが嘆息したのと同刻に、それまでの神風とは明確にそのサイズが増幅された鋭利な刀身が吐き出される。
あるいは、ガバルド対策か。
肉薄する刀身の表面積は中々のモノであり、幾らガバルドが『一閃』を行使しようが迎撃は到底不可能である。
せめてもの救いはガバルドのイレギュラーな行動に打って出たことにより狂い果てた悪意の軌道であろうか。
それまで正確無比だった照準さえも滅茶苦茶だ。
これで、幾らかは足場の確保が容易になるだろう。
が、それでもなお必中必殺の一閃をガバルドが迎え撃つのは到底不可能であり、もはや絶対絶滅としか言いようがない。
「ハッ」
しかし、ガバルドはその逆境を鼻で嗤い、直後魂魄に刻まれたその魔術が付与された刀身を振るう。
「――――」
そしてガバルドは迫りくる刀身を睥睨し――そして、その左端に痛烈な一閃を浴びせた。
「!?」
「やっぱりな」
その直後――迫りくる刀身は、雲霞が如く掻き消えた。
その有り得ない現象に瞠目し、これでもかと露骨に動揺をあらわにするレアンへと、ガバルドは全身全霊の疾駆を披露する。
その速力、最早視認さえも至難の業。
魔術は、基本魔力因子により編み込まれている。
その中でも特段、魔術の中枢を担うのが俗に『核』と呼称される部位であり、ガバルドが切り裂いたのはそこだ。
『核』は生命における魂のような者。
如何なる強者であろうとも、魂の抜け殻となってしまえばなんら脅威になることは断じてないだろう。
ガバルドは、その事実に思い至るまで盛大に狼狽した様子を誇示するレアンへと、電光石火が如き勢いで肉薄する。
そんな悪鬼に対して、レアンの魂は――その魂は、堪え切れないとばかりに失笑した。
「……趣味が悪いことで」
「――――」
そして――直後、異形と化したレアンの肉体が風船が勢いよく弾け飛んだかのように盛大に飛散していった。
それに対するガバルドの焦燥は無い。
(そりゃあそうだよな。なにせ俺を殺害する動機なんてないんだし)
ガバルドの『耳』は存外優美だ。
それ故に、断片的とはいえどもレアンの宿願は察知しているし、彼女が組み立てた指針も把握済みである。
おそらく、あの巨大な刀身は刹那の間ガバルドの意識に綻びを生じさせるためのブラフでろう。
ガバルドがそれの処理に意識を削がれている間に、分裂の手続きを済ませたと推察するのが必然である。
(流石『異形』。なんでも有りだな)
肉片となったレアンの大半を滅殺しようが、たった一つでも見逃してしまえばその労力はたちまち不埒になってしまう。
成程。
『英雄』が性悪と悪罵するのも、確かに頷けるだろう。
「――ハッ」
が――ガバルドは、この事態をレアンの魂の意思をくみ取ることにより察知していたのである。
そんな彼がレアンの計略を阻止しようとしなかったのは、不可能というのも主因であるが、何よりも――。
「とんだ偶然だな。――やっちまえ、魔王」
その投げやりな声音に呼応し――刹那、一切合切を吞みこむ特異点が荒廃した廃墟に生み出されていった。




