亡霊鬼の宴
やっと七章の第一部が終わりました。
ちなみに、次の二部はバトル満載の戦争モノですよ。
「――今のところ、『傲慢』と『亡霊鬼の宴』との関連性は?」
「それは特に確認できなかった。 だが、どうもその構成員に魔人族らしき人物がいたらしく、今はそれを追っている」
「そうですか」
どこか悔しそうに歯噛みしながらレアストがそう事務的に報告した。
ま、当然これが全部じゃねぇよな。
あくまで開示するのは必要最低限で皆をある程度納得できる程度の品物だけ。
肝心な情報はまだ無いな。
大方、そういう情報は高く買い付けてもらうのだろう。
情報は値千金である。
その些細な情報が国の命運を左右したことだってあるのだ。
しかも情報にはそこらの商品と違って明確な価格の設定はない。
上手く利用できれば十分利益を生み出すことができるだろう。
当然、この場にいる者はそれを理解している。
「やれやれ。 もっと勤勉にならないとな。 でなければこのような凡庸な男になってしまうのでないか」
おっと、ここにそれすらも理解できていない者が一名。
今すぐ頭の病院に行くべきだと思います。
「――少し、無礼が過ぎるな」
「ハッ! 弱者の遠吠えほど見苦しい物はやはり存在しないな。 だが、それをわざわざ愚弄しない僕の寛大さに噎び泣くがいい」
あ、レアストの騎士が書類握り潰した。
うん、これは嫌われるよね!
ここまで徹底した厨二病ぶりは本当に尊敬していまうわ。
もはやこれが演技でないかと疑ってしまうほどの愚かさである。
当然、気持ち悪い以外の感情を抱かないが。
「――まぁまぁ。 二人とも落ち着いて」
「ふっ。 僕はもとより初めから冷静沈着だよ。 お前なんかと一緒にされたくない」
「――小童がっ」
挑発スキルの熟練度高いですね。
これを本当に素でやっていたらもはや拝まずにはいられない。
いや、しないけどさぁ。
ここまで何の躊躇もなく嫌悪の感情を抱けたのは数年ぶりかしらん。
「敵」と正式に認定したメィリすらも匹敵する勢いである。
当然、それは不名誉であるが。
人ってここまで愚かになれるんだ、と新たな発見をしてしまった。
無論、あまりそれを目にしたいとは思えないが。
「はぁ……もう少し仲良くしたらいいのに。 まぁ、気持ちは分かりますけどね」
「さいですね」
シルファーの愚痴を適当に聞き流しておく。
「――レアスト郷からは以上でありますか?」
「あぁ、それともう一つ。 ――『亡霊鬼の宴』の構成員、彼らは皆が皆それぞれの弱みを『亡霊鬼』に握られておる。 だからこそ、裏切らないのだろうな」
「それはそれは」
その首謀者とは仲良くなれそうである。
そういう合理的な面、俺は好きよ?
閑話休題。
今のところ、『傲慢』との関係性は見つけ出していないか。
まぁ、そりゃあそうだよね。
『亡霊鬼の宴』が優れているのはその隠蔽への周到さだ。
どれだけそれを探ろうと、決してその顔を拝むことは許されない。
一介の構成員にすらも多重の情報規制が掛かっており、構成員の家族はそいつがどのような仕事をやっているかもわからないらしい。
まさか幽霊のような組織である。
「ふむ……。 ――かつて、『暴食鬼の祭典』なる犯罪組織が存在しましたわ。 もしや、これと関連性はあるのでは?」
「確かに、手管も似ていますしね」
「えぇ。 その通り、まだ漠然とはしているが『亡霊鬼の宴』と『暴食鬼の祭典』には何らかの因果関係があるそうだ」
余談だが、『暴食鬼の祭典』とはかつて栄えた犯罪組織の一つである。
なにをトチ狂ったのか、〈老龍〉の封印を解こうとし、寸前のところでヴァン家によってそれは失敗に終わった。
だが、奇妙なことにこの組織も隠蔽に凄まじい執着があったそうだ。
かつての構成員は、仲間が誰かもわからなかったそうだ。
「やはり、『亡霊鬼』と『暴食鬼』は同一人物……!」
「そう考えて問題ないでしょう」
うわぁ……本格的に事態が複雑になってきやがったぞ。
『亡霊鬼』に『傲慢』、更には内通者たち。
これを一つづつ解決していくのは本当に困難だと悟り、俺は額を思わず覆った。
――不意に、扉が開かれた。
「……何用かな? 知っての通り、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。 余程の急務でもない限り――」
「その急務です!」
入ってきたのは一人の傭兵だった。
ただ、その額には焦燥のためか滝のように汗が噴き出ており、明らかに彼にとってなんらかのイレギュラーが発生したことは明白。
そして――言葉が紡がれた。
「――報告します! 魔人族共が、亜人国へ向かっています!」
「――気づかれましたね」
「――――」
薄暗い部屋に若い少女の澄んだ声が木霊する。
それを部屋のベットに居座る青年は沈黙を以て返答する。
その瞳は明らかに常軌を遺脱しており、隠しきれない狂気や不満が渦巻いている。
狂気に濡れた双眸を細くしながら青年は視線で続きを促した。
「これからかなり動きづらくなりますよ? 密偵はもう既に気づいていた筈。 だというのに、何故貴方はそれを傍観したので――」
「――問題ない」
不意に、そんなひび割れた声が聞こえた。
その声は何に恐怖したのか震えていることが丸わかりであり、それすらも覆い潰してしまうような殺意と戦意に溢れていた。
思わず少女は目を剥く。
彼は基本的に無口で、相槌を打つことすらも珍しいほどだ。
そんな彼が何かを口にするのは、それこそ数か月ぶりである。
青年は、自分に言い聞かせるように再度告げる。
「――問題ない」
「……はい」
彼がそう言えばそれは何があろうか実現する。
その奇跡を目の前で、誰よりも見た少女は、危機的な状況にも関わらず抱いた感情は、安堵である。
「――敵は、殺す。 殺して、潰して、喰って、蹴落として、殺す。 ――俺たちがやるべきことは、何も変わらない」
「――了解しました、『亡霊鬼』様」
少女には、青年が微かに笑ったような気がした。




