不死不滅の根源
ストックが、消えていく……!
……そろそろ補給しないといけないとですね。
――魔晶石が、どこにもない。
そのたった一言に、『傲慢の英雄』がこれでもかと目を剥く。
レギウルスが『老龍』を細切れにした瞬間、確かに俺は魔晶石を認知していた筈だというのに、気が付けば消え失せていた。
それこそ、まさに線香花火とばかりに。
(どうなっていやがる……?)
魔晶石の消失?
笑止千万。
そのような荒唐無稽な事態が生じたのならば、何故『老龍』はあの時復帰し俺の胸元へ刃を差し込むことができたのだろうか。
『老龍』が理性を失っていないのも、何らかのヒントか?
「お、おいアキラ、どういう――」
「レギウルス、とりあえず『老龍』を分子レベルにまで分解して……は?」
「? どうした、アキラ」
分子レベルに、分解?
俺は自分自身の発言に目を剥き――そして、注意深く『老龍』の亡骸の周囲を細心の注意を払って凝視する。
たてた仮説は余りにも荒唐無稽。
それが真理である可能性は限りなく0に近い。
が。
それはほとんど皆無に近似するということであり、断じて不可能ということではないのだ。
ならば――実証しよう。
『老龍』の再誕、そのルーツの仮説を――。
「――アキラ! 後ろ!」
「――――」
レギウルスの声音が耳朶を打ち――俺は、そのコンマ数秒前に背後の情景を目に焼き付けるべく、振り向く。
そこには、まさに生命の神秘ともいえる光景が広がっており――、
「そういう、ことか……!」
「アキラ!?」
構築は刹那で十分。
0,1秒にも満たない超短時間でその身を構成した『老龍』は、自らの肉体を抉り取り、その刀剣を創造する。
一振りの太刀を再度握りしめた『老龍』は、呆気にとられる俺の寝首を掻こうと――、
「――ッッ」
「……ほう」
その寸前、俺は指先を極限まで魔力外装により強靭化していくことにより、太刀の軌道を「流す」。
背中に目でもあるかのような所業に微かに『老龍』は目を丸くする。
が――俺はそれどころではなかった。
「……正に不死不滅。撃滅のしようがないな」
「知ったような口を。貴様のような愚鈍な人間が何を看破したと?」
そう口調荒く、『老龍』は痛烈な蹴り上げを披露する。
俺はインパクトの瞬間咄嗟にバックステップするが――そんな俺の視界を埋め尽くす、猛烈な烈火。
こればかりは、『羅刹』ではどうしようもない。
なので――、
「頑張れ、肉へ――相棒っ」
「お前今俺のこと肉壁って言ったよな!?」
そう愚痴るレギウルスの脚力により、俺は冗談のように明後日の方角へと吹き飛んでいったのだった。
それから、レギウルスは自力で猛威から飛び退く。
流石頼れる肉壁。
これで性格的な相性が良好だったら、まだ救いようはあったと思う。
と、我ながら命の恩人に対して無礼千万極まりない思案をする俺へ、レギウルスは傲然と問い詰める。
「おいアキラ、お前どうしてあの程度の炎熱に――」
「――レギウルス」
「――――」
レギウルスは、らしくもなく怜悧な感情が宿った俺の眼差しに気おされたように目を剥き、沈黙する。
それを確認した俺は、お手上げとばかりに溜息を吐く。
そして――告げた。
「――粒子化だよ」
「は?」
俺が発した意味不明な声音にレギウルスはわけがわからず頭上に疑問符を浮かべ、異論を口にしようとする。
が、それを遮るように、俺は声音を重ねた。
「――奴は、自らの魔晶石を細切れに……それこそ、分子レベルに分解してるんだ。粒子に宿った魔力が微弱すぎて、俺も気が付くのに遅れた」
「……マジか?」
「マジマジ。大マジだよ」
「…………」
思わず押し黙るレギウルスへ、俺は無情な問いかけをする。
「ここで一つ問題。――お前は、空気を殺せる?」
「……詰んでね?」
そう、わなわなと震えながら嘆息するレギウルスであった。
――時は、数刻遡る。
「――――」
それは、レギウルスがその絶大な膂力を以て『老龍』を細切れにしてしまい、そして奴の復活の瞬間の話。
レギウルスは、俺に対して背後より再誕し、そして間髪入れず俺を殺害しようと目論む『老龍』の存在を声をあげ、告知した。
だが――俺が、奴の襲来を察知したのは、レギウルスよりも先だ。
負け惜しみ?
否。
今更ながらそのような阿呆な感情を抱く程の阿呆ではないのだ。
つまり、これは紛うことない真理。
閑話休題。
俺が再誕する『老龍』の存在を山勘というスキルを極限にまで高めし男、レギウルスよりも先に関知したのは他でもない。
――残滓という概念が存在する。
残滓というのは、魔力を行使したが故に、如何なる存在であろうが、発せざるを得ないモノである。
図らずとも、俺がこの存在を一番最初に関知したのは、この『老龍』のモノだ。
だからこそ、あの悪臭が如き残滓は実に印象的だ。
その汚泥さえも可愛らしく思えてしまうようなあの激臭をレギウルスが感じないのは、純粋に未熟故。
奴の練度は今この瞬間も上昇し続けている。
まさに魔術成長期だ。
だが、レギウルスに宿った天賦の才であろうが成し遂げられないモノも十二分に存在する。
つい先刻魔術を会得したのならば、殊更。
故に、レギウルスは残滓を感じ取ることを成し遂げられなかったのだろう。
が――俺は?
俺は依然ガイアスのように『天魔術式』の神域にまで到達したような化け物に比較すれば、まさに児戯に等しいだろう。
だけど、そんな俺にも人なみにできることはある。
無詠唱、陣多重展開――そして、魔力の残滓の察知。
俺は、この『約定の大地』に降り立った時点で既にある程度は魔術師としての練度を鍛えぬいていた。
そして、それから数か月後。
ガイアスの『術式改変』を会得し、更にライムちゃん直伝の『花鳥風月』さえも手中に収めた、今。
これだけ条件が揃ってしまえば、見逃す方が頭可笑しいだろう。
そうした由縁によりからくも『老龍』の再誕の気配を察知し、目を凝らすと――ようやく、目視することができた。
「……粒子化。それが、この茶番劇のカラクリだよ」
――微かに『老龍』の邪知なる魔力が宿った誇りと見紛う程のサイズの魔力因子の数々が、一斉に集束し、人の形を成すその光景を。
「……その仮説に、見間違いはねえのか?」
「キミは相棒を疑うのかい?」
「その相棒を肉壁扱した奴には言われたくはねえな」
「そ、そんな……! 肉壁に失礼じゃないか!」
「普通、順序が逆だろ!」
「?」
「可愛らしく小首傾げんな! 折るぞ!」
どうやら相も変わらず『傲慢の英雄』は健在なようである。
俺はそれを認知しながら、レギウルスの人間離れな膂力を大いに警戒し、こちらの隙を伺う『老龍』から目線を逸らさず嘆息する。
「さて……どうする、レギウルス」
「……諦観してアキラに殿を任せて俺が逃亡するか、アキラが自爆して粒子ごと消し飛ばすってのはどうだ?」
「そのプランのどれもが俺の尊い戦死を前提にしているような気がするけど、錯覚?」
「ああそうだ。お前の死はもっとおぞましい」
「テメッ」
この男、こんな非常事態に悠長な……!
殴りかからなかった俺の度量を誰か褒め称えて欲しい。
「……真面目な話、もう打つ手はないぞ。なにせ、お前は筋肉で一切合切をねじ伏せるだけのポンコツゴリラなんだからな」
「俺のせいにすんなよ! ってか、そういうお前こそ魔術を行使すればいいだろ!?」
「おいおい……辻褄合わせっていう制約、忘れた?」
「このポンコツ――!」
失礼な。
が、事実数兆にも分裂した粒子の一切合切を滅ぼするのは到底不可能であり、もはや打つ手はないだろう。
俺二人の場合、だけどな。
「さて……後は頼むよ。妹」
そう、俺はやや苦々しいく嘆息していった。




