どんでん返し
帝王ちゃんサイドです
「――――」
上段蹴り。
それにより眼下の異形が刹那で破裂し、そのまま完膚無きままに絶命してしまう。
絶大な力量を持ち合わせる異形相手に成し遂げた神仏の御業に、ライカはなんら固執することなく更なる刺客たちを誅殺していく。
「――っ」
極限まで強化した身体能力であろうが、これほどまでに多角的かつ前衛的な動作は魂レベルで疲弊を感じる。
が――ライカはそれに頓着することも、またない。
「――『雷針・百閃』っ」
「――――」
一言。
そのたった一言でライカの頭上に、巨大な魔法陣が浮遊し――直後、四方八方の異形たちの魔晶石めがけて弾丸が吐き出される。
狙い定めた標準は正確無比。
異形の急所は心臓部――魔晶石だ。
その部位以外を如何に残虐な手段を以て踏み躙ろうがそれは無益でしかなく、それはとっくの昔に理解できている。
が、それだけでは常人ならばこの異形を成し遂げるのは不可能だろう。
繊細な魔力操術。
それを、これだけの鬼気迫った戦局でも難なくやっていけられるような、そんな度胸が無い限り、到底不可能。
「――――」
軽やかに跳躍したメイルを、巨大な影が覆う。
見上げるまでもない。
気配関知魔術が認識したのは、ライカが蟻粒のように思えてしまうえ程の全長の異形の襲来だった。
が、その動作は単調。
(……理性が溶け切っているからなのかな)
迫りくる脅威たちの采配に特段意義は存在しない。
なにせ、愚昧にも彼らは本能が疼くままに、ただただ尊厳も矜持もクソ喰らえとばかりに暴れまわっているのだ。
正に、愚者の極み。
が、故に戦術的な観点から次手を推し量ることはできない。
(……ホント、厄介だね)
ライカの本領が発揮されるのは、国家という最高峰の武具を装具した場合のみだ。
ライカへ加えられたのは、万もの大群をたった一声で意のままにするであろう、絶対的なカリスマ。
が、現状ライカは単身。
それも必然だろう。
異形たちの力量が人間離れしていることは周知の事実。
そして、いくら実力至上主義とはいえども、異形たちの暴威に対抗できるのは帝国五強だけであろう。
その一角たるクリスは雑兵たちの避難を主導している。
この混迷の最中だ。
クリスのような頼りがいのある長の存在は必要不可欠だろう。
が、その代償に現状ライカは迫りくる異形の一切合切を単身で殲滅する任務を課せられることになってしまった。
否、厳密には任務ではない。
これは、義務。
王としての必要最小限の行為なのだ。
「はあ……」
一昔前は、王者という役所が楽園のように思えてならなかった。
が、即位して否応なしに理解できた。
王というその称号は万ともいえる人々を背負う覚悟を持ち合わせる者以外を受け付けない、最難関の狭き門であると。
そして、この立ち位置を気に入ってしまった今。
「今更、ねえ」
殊更、その義務を取っ払ていい道理など、無い。
それを再度自覚したライカは、自らの難儀さに「はあ……」と重苦しい溜息を吐き――再度、悪獣たちを、見据える。
「――汝、獰猛なる愚者よ、意思有さぬ阿呆、度し難いことに理性という唯一無二の矜持を手放したその大罪、汝らの破滅を以て清算される」
「――――」
基本、魔術師は詠唱を口にしない。
するとしたら引き金を引く際のみくらいだ。
故に、このように古臭い『魔法』を行使する際に必要不可欠のプロセスをたどる理由など、どこにもないのである。
否。
たった一つだけ、例外が。
「――――」
魔術において、詠唱は不要だ。
だが――それには、たった一つの抜け道が存在する。
そもそも、詠唱とは魔術という概念を理解できぬ愚者たちにルインが『神威システム』より付与した手段。
魔術を読解できない輩には到底成し得ない超常現象を日常のように発言させる、偉大なる発明品なのである。
詠唱は予め『神威システム』に刻まれたパスワードを口にすることにより、技量が関与せずその身に余る暴虐を成立させるためのもの。
そして――それは、魔術界においても同様である。
『神威システム』――否。
それは、あくまで外付けされた紛いモノ。
魔術師の詠唱により干渉するのは、その根幹――『輪廻システム』。
「嗚呼、嘆け、叫べ、震えろ、泣き喚け。汝らの愚昧なる本能に身を委ねて」
「――――」
――それは、帝王一家に代々伝達された口伝。
それの身内以外の口外は、『誓約』により厳禁されている。
クリスを遠ざけたのも、その『誓約』を死守するための一環である。
ライカの一節により『輪廻システム』――■■■より、無尽蔵のエネルギーが、絞り出されていく。
既に、集束は最終局名。
それを過敏に察知したのだろう。
「――ッッ」
直後、幾多もの異形たちが華奢な少女めがけて、その瞳に欠片も理性を宿すことなく殺到していった。
が、いかんせんライカにも余念がない。
故に――、
「――シキちゃん」
「――――」
殺戮対象を、そこらの有象無象を数名選択。
が、その過程で急迫する幾多もの刺客たちがなすすべもなく細切れになってしまい、結果的にライカを防衛することとなった。
そして――不意に、シキの輪郭が霧が如く霞む。
「――――」
その光景にライカは目を見開き――そして、口元に不敵な笑みを浮かべる。
その姿は俄然『か弱い少女』などという形容では事足りず、さながら地獄の悪鬼のようにも感じられる。
直後、溢れだすのは借り物の威信。
それに、更にライカ自身の生来の威厳も上乗せされていくことにより、理性無き獣たちの拍動が一瞬停止する。
まさに蛇に睨まれた蛙。
あれだけ暴虐の限りを尽くしていた阿呆共の意識は、たった一人の悪鬼羅刹が如き少女に釘付けになってしまう。
そして――本能が、これでもかと警鐘を鳴らす。
拙い。
このままでは、この少女に成す術もなく滅ぼされてしまうと、そう誰も彼もが恐怖し、畏怖してしまう。
本能が剥き出しだからこそ、張る虚勢もない。
故に、その悪夢が一瞬の硬直を生じさせる。
それは、ライカにとっては願ったりかなったりで。
「――汝、滅びよ」
「――っ」
――そして、遂にピースが出揃った。
この魔術を行使する代償に一時間程身動きができなくなってしまうが、それでもなお、ここら一帯を焼け野原にしてしまえばなんら支障はないだろう。
念のため気配察知を行使。
無論、有能なクリスにより避難は済まされている。
(重畳)
直後、ライカの詠唱の最終文節が紡がれた瞬間、思わず、誰も彼もが頭上を見上げてしまっていた。
何故?
単純明快――なにせ、そこに『それ』が滞在していたから。
本能が、これでもかとアラートを鳴らす。
――その、原型さえ失った自分たちの方がまだ可愛げがある、おぞましき人形のシルエットを認識してしまったのだから。
そしてライカは、口元に弧を描き――そして、その引き金を引いた。
「さあ、やっちゃって、シキちゃん。――『神威』」
勅命は、下された。
ならば、王に順々な忠実なる下僕が、それから離反することは、断じて無いだろう。
故に、直後の結果は必然――。
「――そういうのは、別に要らないから」
「――ぁ?」
――仮に、ライカの胸元がその弾丸により撃ち抜かれていなかったの話であるが。
口元からおびただしい程の血反吐をぶちまけるライカを射抜いたのは、他でもない、魔王秘書を滅ぼした襲撃者。
かつて滅亡した筈の古代のアーティファクトを駆使する男だ。
「いきなり標的が鬼気迫った表情で逃亡したのを見たのは、ちょっと焦った。――だが、お前を滅亡させられる好機に出逢えたのならば、万々歳だろう」
そう、男は嘆息し、ライカの脳天を――、




