悲しい、事件だったね……
「――殺したか?」
「――――」
ここか……。
俺のこの権能は、復帰する時期が実に不明慮であるが故に、今回のように若干ながらも混乱を催促してしまうこともある。
推し量るに、ここは俺が『氷天下』で『老龍』の肉体を凍結した直後。
「アキラ?」
ふと振り返ってみると、そこには何故か依然と沈黙し続ける俺へ訝し気に問いかけるゴリラの姿が。
ふむ。
情報共有は重要だ。
この阿呆にも理解できるように端的に意思を伝達しなければならないとなると、相応に難解であろう。
が、それでもなお、正答には一瞬で到達することは叶った。
即ち――、
「レギウルス。俺もうすぐ死ぬから護衛頼んでいい?」
「え? やだ」
「…………」
即答である。
それはもう、一+一は二であるという自明の理を告げたかのような、そんなとっても力強い返答である。
とても、釈然としない。
「お、おいレギウルス。俺もふざけているワケじゃ――」
「アキラ。骨は捨ててやるよ」
「人の話を聞け! あと、せめて拾えよ! お前はどこの鬼畜外道ですか!?」
「おいおい……ゴキブリに慈悲をかける輩はこの世に存在しないだと? それと同じことを言ったまでだ」
どうやら俺はゴキブリ同然であったようだ。
なんやねん、このクソゴリラ。
こんなにも戦局が鬼気迫っているというのに、こいつ鼻クソほじりながらこんなにもおざなりに返答しやがったのだ。
もはや、正気の沙汰ではない。
いや、それは平常運転か。
納得納得。
「死ねクソゴリラ!」
「うわぁっ!?」
忌々しきゴリラの目玉めがけて親指を刺突する。
が、しかしながらレギウルスは、持ち前の天才的な山勘により、俺の完璧な奇襲をいとも容易く回避。
そのままマウントを取られる。
「さて、白状しろ阿呆。どうして唐突に目玉を抉ろうとした? 黙秘したいのならば構わんが、一秒経過するごとに指先が折れると――」
「ゴリラにムカついた! 以上!」
「死刑」
「あ”ぁあああ!? 指が――!?」
こいつ、マジでなんら躊躇することなく相棒の指先を片手間でへし折りやがったぞ!
なんたる鬼畜外道の類だろうか。
是非とも奈落の底へ堕ち、今回の軽挙を悔恨して欲しいと思うが――どうやら、今回は俺が手を下すまでもないだろう。
なにせ――、
「――これで、終焉だ」
「――――」
なにせ、背後より一切気配を察知させることなく『老龍』が万力にも勝る膂力により、レギウルスの寝首を鋭利な太刀で掻こうとしたのだから。
今現在、レギウルスは俺のマウントを取っている。
この体制では、さしもゴリラであろうとも迎撃は不可。
さあ!
やってしまいなさい『老龍』!
今こそ、忌々しき怨敵『傲慢の英雄』を滅ぼすのです!
……アレ、俺ってどっち陣営だったんだろう。
どうやらゴリラへの憤慨は陣営の垣根さえも容易く超越してしまうようである。
だが――残念ながら、俺が望んだ結論に辿り着くことはなさそうだ。
なにせ――、
――バギッ。
「え」
「……ア”ァ?」
なにせ、レギウルス目掛けて振り下ろしたその太刀は、接触の瞬間木っ端微塵にへし折れてしまったのだから。
生身の肉体に接触しただけで、一瞬で刀剣が瓦解してしまったのだ。
もう、悪夢としか言いようのない。
「ひ、ひっ」
思わず、その荒唐無稽な光景に龍種の頂点たる『老龍』がか弱い女の子を彷彿とさせる悲鳴をあげたのも無理もない話である。
レギウルスはまるで蚊に刺されたことに今更勘づいたかのように、ゆっくりと背後を振り返り、その男を目視した。
「……お前、まだ生きてたのか」
「――――」
『老龍』が人知を超えた化け物の眼差しが自らへ向かっていった瞬間ぴくりと肩を微動させる姿はちょっと可愛らしいだろう。
『老龍』は自らの不利を悟り、バックステップ。
が、相手はスーパーゴリラ星人。
その程度の距離をあけたとしても、なんら意義を及ぼすことはできなかった。
「逃がすと思うか?」
「――ッッ」
投石。
プロ選手さえも惚れ惚れとしてしまうような流麗な動作でレギウルスはそこらの小石を猛烈な勢いで投擲する。
げに恐ろしいのは、結界が小石程度で軋轢が生じたことだ。
馬鹿力?
否。
断じて、否。
レギウルスという男をたった一言で示すにはそれはあまりにも分不相応。
だが、俺はとっくの昔に『傲慢の英雄』の異端さをこれでもかと誇示する正答を持ち合わせていた。
つまり――、
「「このクソゴリラめっ!!」」
「なんでアキラも便乗すんだよ!」
クソゴリラ、吠える。
「……というか、明らかにお前俺の事盾代わりにするため、わざとマウント取られたよな? 死ぬとかどうとか言ってたし」
「親愛なるレギウルス君。今集中すべきは不俱戴天の怨敵、『老龍』だ! そんな些事に気を取られていては、先が思いやられるよ! さあ、そんなどうでもいいことは忘れて、さっさと剣を握ろうか!」
「お前、もう色んな意味ですげえよ。尊敬するわ」
「そ、尊敬……!? 呪言か!?」
「ありがとう、今の一連の会話でお前がいつもどんな風に俺を見ていたのか理解したよ。死にな、クズ野郎」
「ゴリラ君、寝言は寝てほざこうか? ん?」
「ア”ァ? お前こそ冗談は顔面だけにしとけよ」
「「……………………」」
第二ラウンド、開幕!
死角よりあらかじめ展開した陣を浪費していくことにより、レギウルスの脳天目掛けて猛烈な勢いで極限にまで加圧した弾丸が急迫する。
が、レギウルスは持ち前の山勘で首を傾げるかのようにそれを回避。
つくづく人間離れした男である。
そのまま、俺へと痛烈な反撃を――、
「貴様ら……この私と蚊帳の外に、何故に仲間同士で些細な口喧嘩で死闘を演じているのだ?」
「「蜥蜴は黙ってろッ!!」」
「――――」
ん?
頭上より不穏な気配が漂ってきており、俺は訝し気に見上げると――そこには、万もの雷が渦を巻いているではないか。
推し量るに雷電魔術と嵐風魔術のミックスか。
ならば、対処は容易。
「ここはレギウルスに任して先に行く!」
「違うだろ! 普通そうじゃないだろ!」
「レギウルス……クソみたいな人格だったけど、俺はお前のことを絶対に明日までは忘れないからな……!」
「クソみたいってなんだよ! 後、俺のことをたった一日で忘却してんじゃねえよ!」
「……? キミは誰かな?」
「今すぐ忘れてしまえばいいっていう話じゃねえから!」
とか言っているうちに雷電を纏った陣風が俺たちへ襲来してしまう。
もはや回避する余念もないので、俺は即席で水流の障壁を構築し、できるだけ竜巻の軌道を逸らす。
片や、レギウルスは振るった刀身の風圧で急迫する陣風の切っ先を強引ながらもズラしていた。
ちょっと何言ってるのか、自分でも分からない。
さすゴリ。
まさか刀剣を振るっただけで、最高位魔術により構築された竜巻の軌道を変更させてしまうとは……。
段々とゴリラではないおぞましい存在に成り果てようとするレギウルス君である。
が、そんな俺たちへ朗報とはいえない声音が。
「――貴様ら、私を忘れてはいないか?」
「――――」
至近距離より、浅ましい自尊心がこれでもかと喧伝するかのような、そんな独特な声音が鼓膜を震わせる。
距離は……およそ、推移二メートルだな。
互いに陣風の対処に無我夢中となってしまい、この暴虐を成し遂げた張本人の存在を忘却してしまったワケだ。
そして、『老龍』は大仰な動作で得物である大太刀を振るい――、
「――で?」
「!?」
レギウルスは明らかに未来を予知しているとしか思えない仕草で、迫りくる凶刃を素手で掴み取み――粉砕。
決してお茶の間には絶対に出せない光景である。
そして、その隙に俺は短く跳躍。
次いで、俺が握ったのは『羅刹・滅炎』であり――、
「ふんっ」
「――ッッ!?」
直後、猛烈な暴威が『老龍』を蹂躙していった。




