シリアスさんは、とっても病弱なので!
信頼とは(哲学)
「――滅びよ、ニンゲン」
「――ッッ!!」
『老龍』は、口元に冷笑や嘲笑の類である弧を示し、どこか憐憫を垂れるかのような名指し難い眼差しでレギウルスを見下ろす。
そして、その鋭利な刀身を振りかぶろうと――、
「――間一髪!」
「!?」
刀身とレギウルスの強靭な肌が激突するその瞬間、それまで場を傍観していた俺は機を見計らって跳躍。
蹴とばす手法は……間に合わないな。
ならばと俺は冷や汗を流しながらも、痛烈な『老龍』の一撃を『羅刹』により何とか受け止め――きれないな。
『老龍』の膂力は常外。
だが、どうやらそのような生半可な認識では足りなかったようだ。
「――ッッ!!」
「アキラ――」
俺は全身全霊で迫りくる致死の刃を筋肉を構成する繊維の大部分が千切れる感触に構うこともなくレギウルスを蹴とばす。
無論、これは意味ある暴行。
流石にレギウルスが背後に控えている以上、不毛に本気が出せないからな。
だから――、
「――っと」
「ふんっ」
一閃。
そして『老龍』は、先刻までとは明らかに異彩に思える程に練度が格段に上昇した膂力で存分に太刀を振るう。
その猛烈な殺意を悟り、俺は途端バックステップ。
それでもなおその刀身から逃れることは叶わず、骨の髄にまで木霊するような激烈な衝撃が手先を麻痺させる。
が――それでも、凌いだ。
「――っ」
「――――」
俺は殊更に『老龍』の振るわれた刀身の速力を利用して、一旦奴から申し訳程度とはいえ距離をとる。
肩で息をするレギウルスへポーションを投げ渡していった。
「……惜しい人を亡くした」
「勝手に俺を殺すなよ!」
「悲しい、事件だったね……!」
「だから生きてるって!」
と、俺たちは茶番を繰り広げつつ、手短に体力や魔力をポーション類で補完しながら、ジッと『老龍』を見据える。
「お前が介入してきたってことは――看破したと、そう読み解いてもいいのか?」
「まあな。靴を舐めていいぞ」
「おいおい。俺がお前如きの下等生物にそんな阿呆な真似をするワケないだろ」
「まあね。この俺が、お前みたいなナメクジが愛らしく思える程の存在に靴底を舐めさせるとか、有り得ねえよな」
「だよなだよな。まったく同感だぜ」
「ああ。見ろよ、想像しただけでぶわっ! と鳥肌が立ったぞ」
「「…………」」
毎度の如くファイト!
レギウルスが繰り出す隔絶された速力と破城槌なみの威力に身震いしながら反撃の光明を探しだそうとする俺へ、まるで滑稽な生物にでも遭遇したかのような、そんな当惑しきった声音が耳朶を打つ。
「貴様ら……今貴様らに対峙する王のことを――」
「「うっせぇ!!」」
「……はい」
ああもう!
老害のせいで無意味に気が散ったわ!
と、老いぼれたジジイに対して憤慨をあらわにする俺の鳩尾へ、目が覚めるような痛烈な一撃が叩き込まれる。
臓腑が口内から零れ落ちそうな感触。
もちろん、犯人はレギウルスくんである。
「ア”ァ!? 不意打ちとか、お前スポーツマンシップっていう言葉を赤ちゃんから再度ラーニングした方が賢明だと思いますよお!?」
「余所見しているから悪いんじゃ! さっさとKОしやがれ!」
「だが断る!」
「ああもう!」
激闘はやがて死闘へと昇華され、拮抗したこの実力差がたった一滴の魔力の扱いが生死を分ける戦いが――、
「――『神罰之雷』」
「「あっ」」
ふと、頭上を見上げてみれば夜空を照らし上げる、莫大な魔力が込められた純然たる雷電の塊が――、
「グッバイレギウルス。次はナメクジの姿でまた逢おう」
「さよならアキラ。ダンゴムシになったお前でも、俺は見捨てず虐めるからな」
そう、両者共に透き通ったような、まるで親友同士が永久の友情を誓い合うかのように肩を抱き合い――、
――そして、雷電が迸った。
「……なんだったんだ、あの二人」
唐突に助太刀に入ったと思うと、すぐさま些細な契機で殺し合いに発展し、挙句の果てに漁夫の利で討ち果たされる。
もう、ワケが分からなかった。
(だが、なにはともあれ、これで私に下った勅命もつがいなく成し遂げることができたから、万事解決――)
フラグである。
結果、白煙が晴れていくと、そこには――、
「――秘儀、ゴリラ肉壁!」
「ぶっ殺す、お前ぜってぇぶっ殺す!」
「やってみぃゴリラくん! せいぜいその阿呆な脳内で編み出した稚拙な策力で俺に挑んで、そのまま呆気なく果てるがいい!」
「断る――!!」
「なんのっ」
……なんだか、物凄くいがみ合っている青年たちの姿形が見えた。
よくよく目を超えしてみると、レギウルスの背中は猛烈な熱量により焼け爛れ、白煙を立ち昇らせている。
ちなみに、アキラさんは傷一つない。
そう――この男、本当に相棒を肉壁にしやがったのである。
もう、ある種のホラーであった。
まるでさも当然とばかりにこれほどまで洗練された悪意を実行できるヤツなんて、それこそ主以外『老龍』は見たことがない。
まさに鬼畜生の類である。
「貴様ら……本当に、なんなんだ……?」
『老龍』は今になって初めて、その瞳に堪え切れないとばかりに畏怖の念を込めて問いかける。
無論、即答である。
「――ゴリラ!」
「――ナメクジ!」
もう一度言う。――即答である。
ちなみにアキラは満身創痍のレギウルスを紹介し、そのレギウルスは傍らの阿呆の真実を公表しただけである。
しかも、満面の笑みで。
更に、これでもかと殺意を放ち、お互い中指を立てながら。
(違う! 殺意向けるべき対象が違う!)
普通、ここは一切合切の災禍の元凶たる『老龍』を心底忌み嫌うような、そういう場面ではないだろうか。
が、彼らは唯一無二の相棒をこの上なく陰湿に貶める。
もう、宇宙人と説明された方が納得のできる有様であった。
「――?」
不意に前方を一瞥すると、既にそこには互いに貶しあっていたゴリラとナメクジの姿は夢のまた夢であり――、
「「――隙ありじゃあクソジジイ!!!」」
「え」
気づけば、瞬く間にナメクジさんとゴリラさんの姿が迫っていた。
直後、インパクト。
どさくに紛れて回収していたりもした『滅炎』に最高潮の魔力を込め、レギウルスは掌に深紅の閃光を煌かせる。
鮮烈な深紅の刀身と稲光する剛腕が一糸乱れず激突する。
――ピキッ。
「あっ」
その威力は神仏の御業さえ児戯に思える程であり――故に、『老龍』が張っていた結界に軋轢が生じる。
(拙い!)
直面する結界再度崩壊の危機。
それを認知した瞬間、『老龍』は恥も外聞もかなぐり捨て、即座に猛烈な勢いで背後へ後退していく。
「クソッ……! 一体全体どうなっている!」
そう『老龍』が歯噛みするの当然だろう。
――それは、完璧な奇襲だった。
だって、つい先程までそれこそ殺し合いに発展しそう――というかしており、全然『老龍』なんて眼中に無かったのだ。
だが、気が付けばこれだ。
私の事、気づいてくれたんだ……と、見ている側が泣きたくなるような、そんな今にも掻き消えそうな儚い想いが半分。
そして、もう一方は――、
「――ぶっ殺す」
――堪え難き、激烈な殺意。
何故、自分のような至高の存在が、あのようなしょうもないゴリラとナメクジに後れを取ってしまうのか。
そのような現実、許容できるか?
否!
断じて、否!
「――ギアー上げるぞ」
「――――」
そして――『老龍』の輪郭が掻き消え――、
「あっ、来ちゃった」
「えっ」
突如、背後にまるで学生がお宅にアポなしで詰問しちゃったときの常套句が心底忌々しい声音で測れる。
犯人?
そのようなモノ、聞くまでもない。
「貴様ァ――!!」
「どうも。みんなのアイドルアキちゃんでーす」
直後――猛烈な勢いで深紅に染まり切った刀身が結界へと激突していった。
アキちゃんは、再登場予定ですよ




