悪巧み
そろそろ、次の章の構成に四苦八苦する頃合いですね。
さて、ようやく『清瀧事変』も最終局面です。……というか、IF削除するとかほざいたのはどこの作者でしたっけ。
「さて……あらかた、データを入手することはできたね」
「――――」
青年――ルインはそう口元に見るからに悪辣気な冷笑を浮かべながら、そうお洒落な椅子に座りながら宣言する。
その発言に真っ先に反応したのは白衣の青年――ロウスだ。
「ん? また、あの時みたいに撤退させるんっスか」
「いや……その考察は、残念なことに的外れだねえ」
「おやおやっス。これは失敬っス」
「あっちゃー」と情けない声音をこぼしながら頭をかくロウスを一瞥しながら、シオンは小首を傾げ問いかける。
「……何を目論んでおる?」
「イイコト☆」
「おぬし、段々とあの男に似てきたぞ。下手にあのような人格を演じるではない。……ああなっては、こちらも困る」
「困る? 何がっスか?」
「こっとの話なのじゃ。で、今度は一体全体如何なる奇策を?」
「ボクっていつから参謀になっちゃったのかなー」
「似たようなモノじゃ」
「右に同ー」
ロウスは心底どうでもいいとばかりにティーカップで彫像らしき凄まじく冒涜的なモノを生成するのに夢中だ。
そんな彼へ、ルインは目を細めながら返答する。
「――魔晶石を源とした依然不明慮な点が多い。今回のような戦局は、中々にその数少ないデータを補完するのに絶好の機会と、そう思えないかい?」
「貴様……」
如何なる卑劣かつ外道の極地ともいえる指針を立ててしまったルインに思わずシオンは頬を引き攣らせる。
と、それまで彫刻に没頭していたロウスは、不意にルインの提言、というかはんば事後報告に感心を示す。
「何々? 魔晶石弄っちゃうんっスか?」
「まあ、色々と面倒な調節もあるけどね」
「……『使徒特権』、それもルイン君程の高位のモノならば、確かにあるいはその暴虐も現実的っスね」
「そういうこと」
「やれやれ。羨ましいことっス」
「ああ、そういえば君、ちょっと前ボクに剥奪されたんだっけ」
「あれは暴論っスよ」
「……集落一つを滅ぼしておいて何を言うのじゃ」
あのアキラ一行の道中、偶然放たれた炎龍の魔晶石を弄り、その結果魔王の力量を昇華させた張本人は素知らぬ顔でそっぽを向く。
そんな同僚に呆れ果てながらも、シオンは、そういえばとばかりに一つ懸念していた事項を尋ねた。
「ルイン。貴様、あのスズシロ・アキラとかいう餓鬼はどうするのじゃ?」
「……まあ、今は見極めている最中。極力干渉しないよ」
「――――」
その、あまりのもらしくない態度に思わずシオンは絶句する。
「お、おいロウス。あの男、劇毒でも投与されたのじゃ?」
「いや、きっと違うっスよ。これは天地がひっくり返る前兆で――」
「――二人とも?」
「「…………」」
ルインは「聞こえてるぞ」とその瞳にどこか憤慨の色を宿しながら、ちらりとシオンとロウスを一瞥する。
「履き違えないでくれ。別に、普段のアレは趣味じゃない」
「……どうなんだか」
そう心中複雑そうな渋面をするルインをさも路傍の小石でも眺めるかのような冷めた眼差しでシオンは一瞥する。
「まあまあ。ボクほど善良かつ模範的な子は存在しなからね」
「「…………」」
「君達、折角ボケたんだからツッコんでよ!」
基本的にルインのことを忠犬が如く慕っているロウスでさえも、そっと可哀想なモノでも見てしまったかのように目を逸らしてしまう。
シオンに関しては言うに及ばず。
侮蔑と軽蔑、そんな他者の尊厳を視線をたった一つだけで完膚無きままに踏み躙るような眼差しをしていらっしゃる。
ルインさん、心に大ダメージ!
どうやらルインは頭脳ならばともかく、ギャグセンスは壊滅的であったようだ。
「……ゴホンッ。ルインの別の意味で乾いた笑みが浮かびそうなブラックユーモアはともかく、のじゃ」
「シオン。君はどうやらブラックユーモアという概念を履き違えているようだよ」
「うんうんそうだね。ルインくんの言う通りだね」
「赤ちゃん扱いしないでくれるかな!?」
「やれやれ……」
どうやら、さしもルインとて幼子扱いは不本意らしい。
シオン的には明日の献立の方が千倍重要な情報である。
と、そんな残念なルインに対する側近や対等な立ち位置の協力者の心情はともかく。
「――既に、準備は整ったているよ」
「失笑される?」
「魔晶石の件ね! 人をお笑い芸人みたいに認知するのは失礼だと思うよ!」
「お笑い芸人にな」
「こればかりは、私もシオンに同意しますっス」
「ロウスまで!」
「はあ……」
機械如きが高望みし過ぎなんだよと、そうどこまでも辛辣にシオンはルインを蔑みながら、ちらりとそれを一瞥する。
「……だが、思いもよらぬな。まさか沙織とやらの死闘も、これと同刻、ほとんど同じタイミングで開演するとは」
「ああ、それ私も思ったっス。もしかして意図的っスか?」
「まあ、そういうところ」
ちなみに、ルインはほとんど沙織主軸に組み込んだ策略において、計画の構築以外ほとんど干渉を行っていない。
なにせ、どうせ無茶苦茶になるんだ。
ならば何故、わざわざこの名声に泥を塗らなければならないのか。
――きっと、そんな心情もマリオネットなりの『ふり』なのだろう。
いずれにせよ、醜悪この上ない。
その身勝手で一体全体どれだけの天命が刈り取られたか……とシオンは嘆息する。
と、不意にルインはその口元に悪意に満ち足りた微笑を浮かべ、高速で人知を超えた言語を解する。
「■■□■□・□□□■□、・――2□■。コマンド29031」
「――――」
それを地球風に形容するのならば、あるいは『パスワード』にも通じるような、そういう機能ではないか。
だからこその理解不能の暗号らしき詠唱ワードである。
直後、『神威システム』の根底、というかその上位互換の『輪廻システム』がその歯車を静かに、されど確かに巡らせる。
そして――、
「――『3#■□』」
そして――再び、廃墟に未曽有の災禍が訪れる。
「――ハッ」
そう、心底忌々し気に舌打ちをするか弱い少女の存在を誰も知らぬままに。
――初めは、ほんの些細な出来事であった。
突如、眼前で死闘を繰り広げていた襲撃者の動作がなんら前触れもなく停止する。
魔王――アンセルは、秘書をその手で残忍に殺めた敵役の異常事態に目を丸くし――これを絶好の機会と捉えた。
(殺す!!)
あるいは、悪辣な罠という可能性は常時存在する。
が、明白にこの機動力に長けた厄介かつ迂遠な存在相手にはこの刹那の停滞は、それこそ億千万もの金銀財宝に勝る好機だ。
ならば――、
「――『天呑』」
魔力を虚空付近に流出していくことにより、物理法則とは隔絶した異空間の、そのゲートを出現させる。
そこから顔を覗かせるのは、幾多もの物騒な火薬たちだ。
「消し飛べ」
「――――」
爆音。
それこそ弾丸を彷彿とさせる勢いで重力制御などの厄介かつ迂遠な魔術を多用していくことにより火薬を吐きだす。
後は、接触の瞬間火種を――、
――悪寒。
そう、それはまるで金縛りにでもあったかのような、そんな得体の知れない拍動をこれでもかと最速する感触で。
アンセルには、この感覚に心当たりが有った。
この、生物に対する根底的な冒涜とも見て取れるような禍々しい気配の正体を看破するのはそう難解なことでは――、
「――『天呑』ッ!!」
アンセルは歯を食いしばりながら、虚空に再度異空間を構築、そして自らのそこへ投げ込んでいった。
何故?
そもそも、アンセルの魔術により形成された異空間の用途なんて、存外稀有だ。
格納、排出――そして、空間を隔絶する性質を利用した、即席の避難所としての機能。
――直後、世界から光が消えた。




