月下を揺蕩いて
まふまふさんの『フォニィ』、もう最高っスわとしか言いようがありませんね!
最近多忙であんまり聞けてなかったので、執筆中のBGMとして猛威を振るいそうですね。
それからの詳細は、正直酷く曖昧だ。
なにせ、眼前で最愛のあの男をあれほど無慈悲に、残忍に殺害されてしまい――自分は、何一つできやしなかったのだ。
必然、それが魂に与える衝撃も強大だ。
セフィールとて、たかが少女。
そのか弱い精神を打ち砕くには、たったそれだけで十分で。
それ故に、これから語られるのは、先刻胸元に刻み込んだ一文字の斬撃によりようやく回帰した記憶である。
「……貴様は」
何故か、『老龍』は酷く狼狽したような、滅多に見せない表情をし、駆け付けたセフィールをどこか畏怖するかのような眼差しで凝視する。
そして――、
「――はい、そこまでっス」
「――――」
不意に、立ち尽くすセフィールが力なく崩れ落ちた。
それは、過度な精神的ショック故に肉体を制御する猶予なんて消え失せていた――からではなく、純然たる衝撃故の失神だ。
その事象に目を丸くする『老龍』へ、その男は温和な笑みを浮かべる。
「やあ、老龍君。久方ぶりだね」
「……使者か」
「ありゃりゃ。バレちゃったっスね」
ルインと瓜二つの容姿をした青年の輪郭は、彼がやれやれと肩を竦めると同時に完膚無きままに溶解する。
そして、あらわになったその素顔は――、
「――ロウス」
「改めて、お久しぶりっス、老龍君」
「……ええ。あの御方はご健在で?」
「もちろんっス。ピンピンしてるっスよ」
「それは重畳。して、要件は?」
「……ちょっとね」
「?」
白衣の青年――ロウスは、どこか複雑そうな渋面をしながら、その指先でセフィールの額に触れる。
それと同時に波打つ魔力がセフィールの御身へと流れ込んでいった。
その何の前触れもなく生じた事変に再度目を剥く『老龍』へと、ロウスは「はあ……察しが悪いっスね」と嘆息する。
「私の目的はこの子――否、この子の子供だ」
「……メイルとかいう赤子か?」
「だね。まあ、ぶっちゃけ名称なんて心底どうでもいいんだけど」
「――――」
ロウスが時折垣間見せる普段の軽薄な雰囲気とは打って変わったその冷酷な眼差しに、思わず頬が硬くなる。
だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、『主』同様の飄々とした雰囲気が回帰する。
「いやあー、それにしても派手にやったっスね」
「滅亡させよと、そのような下命を私に断じたのは、果たして誰奴だろうな」
「おやおや。皮肉っスか?」
「そう感じるなら、そうかも知れぬな」
「ほほう……。やれやれ、兄者をもうちょっと敬愛しなよって助言したいっスね」
「じゃあ逆に聞きますけど、生み出された親が同様ってだけで私と貴方は共感したりしないのだろう?」
「それはもう、当然っス。だからどうしたって話っスね」
「だったら、残念ながら私は貴方のような男、兄者と敬神しないぞ。そこら辺を改善してからおととい来い」
「不遜っスね。誰に似たんだか」
「…………」
「ああ、無粋だったっスね」
ロウスは、その口元に悪魔を彷彿としてしまうような、そんなどこまでも悪辣な笑みを浮かべながら『老龍』を一瞥する。
その当の『老龍』は、並みの人間ならばその眼光に射抜かれた時点で即死するような形相でロウスを睥睨している。
十中八九、失言の類ではなく故意だろう。
やはり、この男とは根底的に馬が合いそうにないようである。
「……して、主殿の指示は?」
「撤退っス。面倒っスけど、頑張ってね」
「……貴方は助力しないのですね」
「当然っスよ。私はあくまでも使者。あの人の勅命をあまねく伝える役柄なんっス。多忙なんっスよ」
「それはそれは」
事実、様々な観点からほとんど表舞台に立たないルインに代わってその意思を誇示する役職は多忙の極み。
だからこそ、不毛な反論は慎む。
「要件は済まされたか?」
「ああ、問題は皆無っスよ。思考回路をちょっと弄ったっス。本当は手駒にしたかったんっスけど、ちょっと無理っスね」
「……貴方でも」
「悔しいけど、ね」
「ほう……」
ロウスにはその創造者たるルインによりふんだんに手を加えられており、殆どの技巧を高い水準で会得している。
魂魄魔術も同様だ。
だが、そんな彼でも干渉を受け付けないとなると――、
「……月関連か?」
「……似たり寄ったりっスね」
「ふむ……貴方たちも、存外苦労性なのだな。少々認識を改めるとしよう」
「改められる前までの評論がすこぶる付きで気になるんっスけど、今は見逃してやるとするっス。そんな猶予はないっスからね」
「それは重畳」
「――――」
ロウスは「よっこらっせっス」とやけに気だるげな声音で力なく倒れ伏すセフィールを回収していく。
それを尻目に、『老龍』は『念話』により眷属たちに勅命を下し、大人しくルインの意思に順々に従った。
(……しかし、月関連か)
長く主の下僕としてこき使われてきた『老龍』であったが、彼の側近が直々に訪れるなんて相当稀有であった。
そして、大抵の場合その都度に相当な変革が生じる。
特に印象深いのは【胡乱な円卓】との一幕である。
「さて……っ」
そう、『老龍』はどこか武者震いをするかのような表情でまだ見ぬイレギュラーへ思い馳せていった。
「……魂魄魔術?」
その、一連の事象が語ら終えた直後、沙織はその馴染みのない単語にこてんと可愛らしく小首を傾げる。
そんな天使へ両者が向けるのは呆れ果てたような眼差しだ。
「……ねえ、この子なんで魂魄魔術を知らないであんな高火力を行使できたのかしら」
「多分、気合」
「ナニソレコワイ」
独学で、魔術の域に到達するなど、どれだけの天賦の才を必須とするのか、分かったモノではない。
そんな荒唐無稽な話を頬を引き攣らせながら、セフィールは嘆息する。
「魂魄魔術はその名の通り魂に干渉する魔術よ。基本的に、魂に肉体が肉付けされてから、なんでもできるわよ。――例えば、違和感を抱かい程度に調節して、密かに思考回路を調節したりも、ね……」
「あっ……」
そして、ようやく沙織はセフィールの身に何が生じたのか理解し、頬を盛大に引き攣らせる。
「せ、洗脳なんて……同人!?」
「そろそろ、アキラから本気で殺されそうなのだ」
洗脳=同人。
清純な沙織に惚れ込んだアキラがこの一幕を見たら、きっと吐血するだろう。否、普通に笑顔で受け入れるか。
そんな不毛な雑念にふけながらも、ちらりとメイルは気丈な微笑を浮かべるセフィールへ、どこか潤んだ瞳で問いかける。
「それで……お父さんは、どうなったの?」
「……確認は、できなかったわ。龍の生存能力は異常の一言よ。あるいは今も生きているかもしれないけど……可能性は、限りなく0に近いわ」
「それは、どうして――」
「――『老龍』」
「――――」
先刻までのコミカルな雰囲気はどこへやら、どこか悄然とする沙織は、そう一切合切の起因を口にした。
「あら……分かるの?」
「3カウントダウン……呪術の類だよ。流石に、私も十八番の対極に位置する魔術くらいは見知っているよ」
「呪術……」
一応、聞いたことはある。
記憶が正しければ、確か人間に存在する猜疑心、恐怖、苦痛といった悪感情を糧に際限なくその効力を増大させるというのが最大の特徴。
これだけならば、それこそ最強の魔術のように思えるだろう。
だが、呪術を実戦で扱える程の練度にまで鍛え上げられる者は零細。
メイルもこの数百年の中で二度程度しか呪術師に遭遇したことはない。
「……あれは3カウントダウン型。しかも、聞く限り結構『自戒』も施してある。その境遇で行使する魔術を喰らって生きていられる生物は存在しないんじゃないのかな」
「――っ。そう、か」
「――――」
メイルはそう、消沈したように顔を俯かせる。
今はそっとしてあげようと、そう沙織はメイルから視線を逸らし、ちらりとセフィールを一瞥する。
「まあ、何はともあれ、セフィールが無実だってことは証明されたね」
「……信じるの? 『誓約』もしてないのに」
「信じるよ。貴女だから」
「……ホント、難解な性根ね」
つくづく苦労しそうな魂だと、そうセフィールが肩を竦めた瞬間――心臓部の魔晶石が、蠢動する。
そして――、




