ツギハギの
ガバルドさんサイドです。
……今更ですけど、視点切り替わりすぎじゃないですかねえ。
ちなみに、基本三人称なのは私がアキラ君とレギウルスさん以外に一人称が書けないという悲しい大人の事情故です。
……アキラさんの悪意にまみれた視点に慣れてしまった今、ちゃんと沙織さんを書ききれるのか、実に疑問ですね。
――昔。
昔、■は誰かを傷つけることが大っ嫌いだった。
だって、そうでしょ?
そんなことをしてもなんにも良いことはないんだし――きっと、そんなことをしても、何にも意味が無いから。
蹲っているだけでいい。
それが■だ。
ただ、見舞われた災禍が過ぎ去るのを憶病に抵抗もすることなく待ち望み、結局何も成し得なかった。
でも、いつからだろうか。そんな生き方に嫌気がさしていたのは。
人はクソだと思った。
その行為が決して許されることだなんて、そんな都合のいい未来は、きっと■にはもう来ないんだ。
だから、殺めた。
傷つけるのは、嫌だ。
だから、殺した。
それが矛盾しているのか、あるいは神仏の意思を図らずとも代行したのかは、今でも、これからも理解できない。
きっと、■の中には烈火なんて存在しやしなかったんだ。
ただ、この心を押し殺すための、嘘。
「――――」
可哀想。
そんな感情を、下らない偽善がこの指先を動かして、罪のない無垢な人々の命を殺めてしまったのだ。
……否。
あの二人に関しては、そんな理念全然関係ない、純然たる憤慨だろうなあ……って、そう思えてしまう。
ようやく、向き合えた。
分かったんだ。
きっと、私がこうしてたくさんの屍の上に一人寂しく俯いて、ただただ地面ばっかりを見ているのは――。
……いや。
それは、少し違うな。
きっと、■の魂の奥底から吐き出された本音はもっと醜悪で、どうしようもないような、そんなモノだ。
なら、どうしてあんな馬鹿げたことを思い描いてしまったのだろうか。
分からない。
それでもいいと、でも、一度でもいいからそれと面と向き直って話し合いたいと、そう百面相する。
「――――」
――きっと、■はツギハギだらけ。
狂人で有りながら常人。
それでいて、その双方を咎め、忌み嫌ってしまっているのだ。
これほど救い難く、矛盾した歪な存在なんて消えてしまえばいい。
でも、生きたい。
そう、思ってしまった。
意味不明。気色が悪い。吐き気がする。視界が白熱。世界がこれでもかと激震する。頭が可笑しくなる。
筋違いも甚だしい。
でも、きっとだから■は■なのだ。
そう、晴れやかな心境で明言できる日は、訪れるのだろうか。
……否。
とんだ戯言だ。
これ程までに愚かしく、愚鈍で、狂い果ててしまった餓鬼に、そんな救いが到来するとは、到底思えなかった。
でも、それでも救いを期待してしまう自分も居て。
本当に、一貫性のない■だ。
そう■は自分自身を対して付き合いきれないとばかりに見放し――そして、その肩を激励の意を込め、叩いた。
「……魔獣の変貌、だよな?」
「――――」
ガバルドは、突如としてなんら前触れもなく生じていったその超常的な存在に頬を引き攣らせながら、凝視する。
――それは、異形の存在であった。
肌はどことなく爬虫類――具体的には龍種を彷彿とさせるような、そんな品物ということになっている。
だが、それを龍と形容するならば、ガバルドは断固として拒絶するだろう。
それの上半身は獅子、だが下半身以下の部分に関しては一切合切が無茶苦茶で、魚類と軟体生物、昆虫が混在しているような有様になっている。
正に、悪夢の具現。
これほどまでに醜悪な存在が、この世界に滞在するだろうか。
否。
断じて、否。
このような生物という概念に対する冒涜ともいえるようなモノは、決してこの鮮やかな世界にはいてはならない。
だが、その一方で――、
――きっと、■は……
それは、悔恨か、あるいは悄然か。
その見知った魂の声音に、思わずガバルドは眉根を顰める。
「……『暴食鬼』の成れの果てがこれ、ね」
「――――」
そもそも、この男――否、この少女の存在はどこか異質だった。
まるで人間と機械を強引に合成させてしまったような、そんな歪な存在感を肌で感じ取ることができる。
そして、よくよく目を凝らすと――、
(――魔晶石!)
暫定『暴食鬼』の、その胸元付近。
そこには、物凄い勢いで軋轢を増大させていき、軋み挙げる慣れ紫たんだともいえる魔晶石の輪郭が。
だが、それは既に崩壊の前兆が見えている。
「魔王が一戦交えたあの龍と同様か……」
魔石に宿った魔力をこれでもかと浪費していくことにより爆発的にその力量を累乗していく禁忌の所行。
それを、ニンゲンであるはずの彼女が何故――。
否。
そもそもの話、何故にあんな少女の胸元に魔石だなんて決して人類とは相いれないモノが埋め込まれているのだ。
これこそが、真っ先に生じる疑念。
(……多分、それが起因だろうな)
あるいは、こんな魔晶石が存在していなければ、こんな悲劇が、彼女が彼女であれたのかもしれない。
「――それが、どうした」
そう、ガバルドは感情を極限にまで押し殺した声音で吐き捨てる。
ああ、そうだ。
既に、この少女が殺めた人数は一つの大山が築き上げられても、それでもなお有り余る程なのである。
ならば、如何なる由縁があろうと、その暴虐を許容することはない。
(……これで良いんだ)
ガバルドは怜悧な――まるで、沸き上がる激情を強引に押さえつけているような、そんな瞳で異形を見据える。
「――殺す」
それが、きっと被害者のためでもある。
ガバルドは初心者であるが故に稚拙な魔力操作で、それでもなお十二分に刀剣に自らの魔力を付与する。
そして――跳躍。
「――ッ!」
「――――」
異形は突如としてこちらへと肉薄していったガバルドという異分子に一切頓着することもなく、まるで探し物でもするかのように周囲を見渡している。
挑発の心算か?
否、奴にそのような猶予が存在するとは、魔王と剣を交えたあの龍の有様を目撃した者としては考えられない。
ならば、それを実施する由縁はひしめく本能か。
いずれにせよ、甚だしき侮辱であることには変わりはない。
「――!」
「――――」
ガバルドは、縮地とも形容できる凄まじい勢いで猛然と異形の懐へと潜り込もうと画策するのだが――、
「!?」
――その直後、異形の身体から形容し難い意味不明な生物がこれでもかとガバルドへと溢れ出していく。
回避は……不可能だ。
溢れ出す魔獣の大群の一切合切からは猛烈な殺気が無作為に放たれ、明らかにガバルドに狙い定めている。
そして、殺到するのは全方位から。
それこそ、湧き出した魔獣により視界が真面に機能しないという中々にレアケースな現状であった。
(不味いな……俺の刀身が及ぶ射程も限られている)
ガバルドの刀剣は一切合切を切り裂く。
だが、その一振りを振るうのは、あくまで人間なのである。
幾ら何でも純然たる膂力だけでこちらへ雪崩のように押し寄せてくる魔獣たちを蹴散らすのは存外難解だ。
まさか、こうも早く絶対絶滅の窮地に陥るとは。
つくづく、人生は何が起こるか定かではない。
故に――、
「――上等!」
それが、どうした。
どうせ、このまま棒立ちしていれば急迫する飢餓に満たされた害獣たちに喰い尽くされるのは目に見えている。
それは余りにも愚策。
このような情報が余りにも大雑把かつ不明慮な戦況において、無意味に精密な策略を打つのも得策ではない。
たった一つの綻びで瓦解するようなモノに何の価値が有るというのか。
ならば、どうするか。
その正答は単純明快。――小細工無しの、正面突破。
「――ッッ」
猛然と幾多モノ魔獣が織りなす包囲網へガバルドは錆だらけの刀剣片手に口元に薄笑いを浮かべながら突進する。
不意に、牙が肩に引っかた。
その度に血肉が無慈悲に抉られ、つい先程まで身を浸していた苦痛が全身を駆け巡っていくが――無視。
どうせこれから笑いたくなる程に味わうのだ。
だから、
「さあ来いよ。――切り刻んでやる」
そして、斬撃の大嵐が吹き荒れる。




