崩陣
未だシュドーさんのルビが分からない自分に愕然としました。
それはそうと、『キュートなカノジョ』を意識した新曲、存外良質でしたね。最近は色んな音楽が配信されてるので、私としては満悦です。
――身体強化。
魔術界隈におけるもっともポピュラーな技巧であり、一度でも魔術の域に達した者ならばそれを行使できない者は存在しない。
それは、既に魔力の一切合切を捨て去った俺とて例外ではない。
否。
そもそも、俺は魔力を放棄などしていない。
ただ、それに似て非なる現象が俺の体内で生じている、それだけのことである。
「――――」
俺は一度、『術式改変』を会得した。
だが、それも刹那の間だけ。
次の瞬間にはようやく手中におさめることが叶ったモノを手放し、代償として莫大な魔力を手にした。
そして、更にそれに拍車をかけるのが魔力回路の制限。
現在、俺の魔力はアキラにも匹敵する程。
それ故に拙いながらもシッカリと魔力回路は流れている。
故に――俺は、身体強化関連、そして吸血云々を除外した魔力回路を『誓約』により解雇していったのだ。
『誓約』は、別段複数人の術師が必須なワケではない。
あくまでも『誓約』は『自戒』――自らに課す縛めの一つであり、それ故にこのような手段も可能だ。
そして、『誓約』により失ったモノが回帰することはない。
惜しい犠牲を払ったと、そう心のどこかでは後悔していた。
だが――それ以上に、この沸き上がる全能感が俺の脳内を悦楽に溺れさせていく。
「ッッ‼」
「――――」
一閃。
その直後、深紅の刀身は、大気摩擦により白煙が立ち上る程の速力で『老龍』へと急迫していった。
爆音。
が、その鋭刃が接触したのは『老龍』頑強な龍鱗――ではなく、その直前の不可視の結界であった。
「ぐっ……!」
「稚拙なり。その愚考、死を以て償うがいい」
次の瞬間、俺へと鞭のようにしなやかに大地を蠢動する蛇を彷彿とさせる奇妙な動作で雷電が迫りくる。
俺は咄嗟に避けようとするが――直後、俺の両腕を『老龍』が掴み取った。
「無駄だ」
「――ッ!」
俺がどれだけ筋力を強靭にしようが、それでもなお『老龍』の常軌を逸したその握力に敵うことはない。
そして――、
「消えよ。――『神罰之雷門』」
――刹那、東西南北、ありとあらゆる方角よりおぞましい程の物量で致死の雷電が雪崩のように殺到していく。
「あぁあああぁぁがぁぁっ!?」
「ふんっ」
全身を人知を遥かに超越した激痛が駆け巡る。
覚醒した今の俺の頑強な、鉄鋼顔負けな筋力の鎧でもなお、押し寄せていく雷鳴の前には無意味だというのか。
視界が白熱する。
眼球に滞在する水分という水分が放電し、それに伴って目玉が激烈な勢いで弾け飛んでいったのだ。
「下らぬ」
「――ッッ‼」
『老龍』は、激痛のあまりに恥も外聞も無く絶叫する俺へ冷めた眼差しを向け――次いで、目を見開く。
何故?
そんなの、一目瞭然。
「おいおい――この程度、なんだって言うんだよ」
「――!?」
――なにせ、俺の口元には三日月を彷彿とさせる弧が刻まれていたんだからな。
軍部に滞在する以上、この程度の苦痛なんぞ日常茶判事だし、ぶっちゃけアキラの拳の方がまだ鮮烈だ。
故に、今更『老龍』の猛攻を痛痒に感じる筈もなく――、
「オラァ! いい加減、往生際が悪ぃんだよ!」
「――ッ」
身体強化レベル最高潮。
俺は全身も光の速さで駆け巡る魔力因子の不可思議な感触に酔いながら――それを、内部で衝突させる。
そして、深紅の稲光が燦然と煌めき――、
「――『臨界』ッッ‼」
そして、暴威の代名詞たる鮮烈な一撃は容赦情けなく『老龍』のその顔面へと激突していった。
「――ッッ!!!」
「くっ……! 不毛なことを……っ!」
紅血刀を鞘へ納め、世界最高峰の難敵たる『老龍』相手に素手で挑むという暴虐に等しい蛮行を果たす。
インパクト。
それと同時に、一際煌びやかな閃光が迸っていった。
だが――依然、その拳は『老龍』の龍鱗の直前を彷徨っているばかり。
『臨海』に、更に身体強化魔術の出力を最高潮にした今この状態でも、この不可侵の結界は破れぬというのか。
あるいは、もっと別の条件があるのか?
否。
そんなことを俺が考慮する必須性は皆無だな。
俺はアキラのような参謀役ではなく、ただただがむしゃらに眼前の敵をスクラップにまで成り下がらせること。
ならば――、
「あああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
「!?」
――ならば、俺は俺の使命を全うにするだけだ。
稲光する剛腕に、更に目を血走らせながらも甚大な魔力を宿らせ、見えざる結界へと衝突していく。
裂帛の気合を咆哮を以て示し、俺は更にその先へ。
「――――」
「貴様、まさか……」
既に、右腕の初速は見る影もない。
それ故に打撃の威力は低減しており、『老龍』が常時展開しているであろう結界を破るには至らないだろう。
ならばどうするか。
その答えは、既に手元に有った。
「――太刀なんて、幾年ぶりなんだか」
「――ッッ」
俺が懐から取り出したのは、らしくもなくアキラが万が一の際にと手渡した太刀――『羅刹・滅炎』であった。
原理は知らん。
だが、それでも龍を容易く切り裂ける程の威力がこのアーティファクトに宿っていることだけは既に既知の事実である。
だったら、それで十分。
膂力最大。
ついでに踏み込み時に生じる加速をより効率化するために脚力までも例外なく魔力を巡らせていく。
そして、それを振るう刹那。
「させるか! ――『雷針』ッ!」
「――――」
『老龍』はその容貌に明白な動揺を浮かべながらも、それでもなお王の名に相応しい技量で即座に十分致命傷に至れるであろう術式を構築、射出。
迫りくるその弾丸は、アキラ十八番の『龍穿』の比じゃねえな。
そして、『老龍』が狙い定めたのは、無防備な俺の額。
これだけの至近距離であるのだから、幾ら俺とはいえ攻勢を持続させながら回避するのは困難である。
斬撃を中断し、一時撤退がベスト。
そしてこちらへ猛然と急迫するスパークを纏ったその弾丸は、俺の脳天を貫く寸前、俺は回避行動を――とることは無かった。
「――っ」
その俺の不可解な行動に眉根を顰めながらも、獲物が自ら首を差し出すのならば好都合と判断したのだろうか。
『老龍』は更にこれでもかと魔力を垂らし、雷速の勢いを更に加速させていく。
だが、俺はそんなモノに一切頓着することもなく。
「……ったく、不味ぃなあ、オイ!」
「……嘘だろ」
――そして、俺は脳天目掛けて発砲されたその弾丸を歯茎のみで受け止めていった。
骨の髄まで魔力を及ばせるなんて、それこそ魔力に目覚めた瞬間無意識にやってるって話なんだよ。
大空を見上げるような仕草で弾丸に文字通り喰らいついた俺は、
「――さっさと朽ち果ててしまえよ、クソ野郎」
「貴様ァ”――!」
老龍はせめてもの抵抗にとこの至近距離で鋭利な太刀を振るうが、無論俺は肉骨が擦り切れる感覚を一切合切無視。
痛覚が消失したワケではない。
単純に、これは慣れだ。
「――――」
一閃。
俺は甚だしいことにアキラのおさがりらしい虎の子――『羅刹・滅炎』により、虚空に軌跡を刻む。
それと同時に、骨の髄にまで響き神経を逆撫でるような、そんな癪に障る感触が鳴り響いていった。
そして――、
「――ッッ!!」
――ピキッ。
耳朶を打つのは、そんなどこか間抜けな亀裂の何よりをも証明で。
軋轢が生じた結界の有様に『老龍』が今度こそあらんかぎりに目を見開き――、
「――『羅刹・赫獅子』ッッ‼」
――破砕音。
一切が瓦解するような、そんな不穏な、俺にとっては限りなく歓喜を催促するような、そんな心地のいい快音が薄暗い廃墟に響き渡る。
直後――、
「――ぁ」
――そして、『老龍』を王に至らしめたその絶対結界は完膚無きままに崩壊していった。




