図らずとも、
ストックが!
ストックがぁぁぁあああああああああああ!!
「なっ……」
一切の衝撃を本命たる『老龍』本人へ加えることができず、そうして猛烈な勢いで急迫した弾丸は停止する。
その光景を前に、思わず言葉を失ってしまっていた。
(おいおい……大前提が崩れていやがるぞ)
『老龍』は、常時不可視の障壁を纏っている。
それは前回の周期で確認済みだ。
ついでに言うと、これに類する現象は王国の数百年もの歴史の中で、幾度となく生じたことである。
だが、既に、目途は立っていた。
だというに――今、それが完膚無きままに崩壊する。
「……レギウルス」
「……どうしたアキラ」
爆音。
軒並みに踏み込みの際に生じた風圧のみでそこらの廃墟を崩壊させながら、猛烈な勢いで『老龍』はこちらへ肉薄する。
依然、その速力は見劣ることを知らない。
(考えろ、考えろ……!)
何かが足りない。
生じたのは痛烈な違和感。
が、それは霧を掴むが如く要領を得ない品物であり、それ故にこの違和感が勝算へ直結するとは限らない。
だが、仮にこれは重要な一ペースであったのならば……。
「レギウルス。――攻勢に回れ」
「――――」
俺の声音にレギウルスは目を丸くし、次いで俺の襟元を掴み上げながら跳躍し、『老龍』の致死の一閃を軽やかに回避。
レギウルスは怪訝な表情をしながら問いかける。
「……お前は?」
「俺は見学ってこったあ。――流石に、俺も猛攻なんてしながら見極める暇なんて、存在しやしねえからなあ」
「その心は?」
「――リア充は滅びろと」
「お前を献上すれば、あるいは俺も助かりそうだな」
ゴミでも見るかのような眼差しで見下ろさないでくださいレギウルスさん。
だが、流石に今のが馬鹿正直な本音ではなく虚勢だと理解したのか否か、レギウルスは気だるげに嘆息し、
「……二分。それが限界だ」
そう、なんとも頼もしい、毎度おなじみの快活な笑みを浮かべながら、断言していった。
もちろん、俺はそんな真摯な相棒へと激励の言葉を――。
「ド阿呆。最低でも十分だろうが」
「もう、お前の方が『傲慢の英雄』の呼び名に相応しいのでは……?」
人をゴリラ扱いしないで欲しい。
レギウルスは相も変わらずな俺の軽口に微苦笑しながらも、懐から愛刀たる深紅の刀身を取り出し、構える。
「ああ、いいぜ。――傍若無人な相方の無理難題くらいでこの俺がめげると思ったか?」
「……ハッ」
理由も聞かずに俺の提言を真に受ける阿呆なんて、余程のお人好しか生粋の脳筋しかいないもんな。
流石ゴリラ。
その不撓不屈な野性味溢れる理念、尊敬はちょっとしてるけどあまり真似したくは無いな。
まあ、そんな雑念はともかく――、
「レギウルス、危なくなったら使え」
「……これは」
「魔力を巡らせた方がより鋭利になるんだが、そもそも素の力量も申し分ない。危なくなったら使えよ」
「……了解」
俺は自衛用の『羅刹』を片手に、レギウルスへある刀身がすっぽりと収まった鮮烈な色彩の鞘を預ける。
これは一応アーティファクトであるが、そもそもレギウルス向けに付与されたモノで、それ故に常時起動型だ。
これなら、魔力を一切持ち合わせていないレギウルスでも使いこなれるだろう。
レギウルスは懐どころの格納庫に俺が手渡した太刀を収納し――、直後、その輪郭が掻き消えていった。
――強い。
彼我の存在、規格外、最強。
その手の言葉では言い表せない程に、俺の眼前で存分に怜悧に片手剣を乱舞する男の力量は卓越していた。
「――ッッ」
「――――」
跳躍。
それと同時につい先程まで俺が滞在していた地点へと猛烈な勢いで龍の吐息が満遍なく降りかかる。
回避は――可能。
だが、それに先んじた足音が。
(くっ……! 気配が読みづらい!)
そういう系統の魔術なのだろうか。
『老龍』とやらの輪郭を掴もうとすると、それまでハッキリと像を結んでいたそれが呆気なく喪失していく。
――違和感。
違う。
確かに、アキラがじっくりと凝視し、見極めたいとそう感じることに納得できる程度にはこの蜥蜴野郎から異質な空気が漂っていやがる。
龍特有のエネルギーとは異なり、されどどこかで――最近、これに近似する禍々しい気配を垣間見た気がする。
あのルインとかいうアキラ以上に胡乱な男か?
否。
あの悪意の可視化ともいえる存在と比較すれば目下の獣畜生が発するこの瘴気は、まだ理性的ですらある。
(理性的……?)
再度到来する不可思議な違和感に目を伏せるが、依然正真正銘の化け物と対峙する俺にはそのような猶予は存在しなかったようだ。
「――余所見か?」
「――ッ!」
声音は、耳打ちする程至近距離。
俺は目を見開きながらも本能がひしめくままに深紅の刀身を察知した気配へと振るい――結果、空を切る。
「――っ」
「――『魄惑』」
幻術!
魂魄魔術なのか、有り得ないとは思うが俺の肉体に干渉しているのかは知らんが、今重要なのはそこではない。
また嵌められた。
そう認知した瞬間、俺は精緻に『老龍』によって組み立てられた戦局をひっくり返すべく、バックステップし――、
「それは、想定済みだ」
「……ぁがっ」
吐血。
喉元から一気に錆びた鋼鉄を彷彿とさせるような異物が沸き上がり、それは耐え切れないとばかりに唇から漏れ出る。
貫通は……していないな。
感触からして、背後から太刀にでも腹を刺突されたか。
だが、今現在の俺の肉体は存外強靭だ。
それ故にたとえそれが自称至高の存在の種、更にその頂点に君臨する男によって振るわれたモノであろうと、左程差異は無い。
俺は血反吐をぶちまけながら、左腕に握られた紅血刀を背後の『老龍』へと振るう。
が、やはりスカ。
「……マジでどうなってんだよ、その機動力」
「何。案ずることはない。貴様がそれを知っても知らずとも、その命運には微弱な差異さえ皆無なのだから」
「……会話通じねー」
まだアキラの方がマシだな、こりゃあ。
なんでも、聞く限りによると大抵の龍種は人族魔人族問わず、俺たちの事を路傍の虫けらみたいに認知しているらしいじゃないか。
羽虫に礼節を弁える阿呆がどこに居るって話か。
つくづく『傲慢の英雄』顔向け豪胆さである。
「はあ……マジで面倒くさっ」
「ならば、さっさと諦観すればいいのではないか」
上段。下段――と見せかけて胸元目掛けての痛烈な刺突。
無論、俺の人間離れした動体視力がそれを見逃す筈もなく。
「――ッ」
俺は『紅血刀』からストックしておいた血液を自らの全身に巡らせ治癒を開始しながら回避行動を――とらない。
こいつのことだ。
あくまで打ち合ったのは数回程度。
だが、それでもこいつのタイプは理解できる。
(アキラと似たり寄ったりか)
あれほど傲慢な人柄ならぬ龍柄であるのにも関わらず、これほどまでに慎重なその姿勢に思わず失笑してしまう。
まあ、だからこそ戦いづらいよなあ。
(クソッ、俺とは相いれねえ……!)
俺はあくまで正面突破で敵を堂々と破砕するのが専門。
巧みに張り込まれた致死性のトラップの一切合切を看破し、あまつさえそれを利用するなどの所行は到底不可能なのだ。
ならば――、
「――やっぱ、正面突破に限るよなあ!」
「……このゴリラがっ」
俺は『老龍』により目視さえ困難な程の速力で振るわれる刀身を回避――することもなく、生身で受け止める。
今更、この程度の斬撃では死にやしない。
それに、ルーツは不明であるのだが、現状しっかりと紅血刀が、魔力皆無の俺に機能しているのだ。
これだけ都合の良い条件がそろっていて、何故回避などという愚行を選択するだろうか。
『老龍』が想定だにしていなかったこの光景に目を丸くする――まさに、格好の的だ。
俺はそれまで己の肉体への負荷を考慮し段階的に設定していた身体強化のレベルを格段に上げ――そして、一閃。




