クルス・レアン
レアンさん視点よりの三人称です
――『暴食鬼』。
無論、それは断じて本名などではない。
クルス・レアン。
それこそがかつて『暴食鬼』と、そう忌み嫌われてきた者の真名である。
「――――」
別段、クルスは生粋の狂人ではなかった。
クルスは月並みにありふれた凡庸という概念を可視化したような、そんなありきたりな存在である。
刺激も、奈落に突き落とされることもない。
それは、良くも悪くも幸せであった。
普通に生きていれば、それ故に生じる苦痛に見舞われることも多いが――だが、今にしてみればあの頃が天国に思える。
何故ならば――。
――お前がレアンか。
白い、白い少年だった。
容姿は人形の如く美麗であり、それこそ絵本の世界から飛び出したような、そんな美少年であった。
だが、唯一の欠落は消え失せた愛嬌か。
その少年から発せられるのは百獣の王を彷彿とさせる隔絶した覇気と、言い知れぬ威圧感であった。
愛嬌など以ての外。
少年はその目つきの悪い瞳でレアンを睥睨し、そしてどこかその瞳に悲痛そうな感情を宿しながら、
――喜べ。お前は、今日から実験体一号だぞ。
なんでも、彼の『主』が企てるさる計画において、レアンは白い少年が見つけ出した唯一無二の適任者だとか。
そして、白い少年は告げる。
――とっとと荷物を整理しろ。私物がないのなら、それはそれで手間が省けるから猛反対だがなあっ。
それはまるで、この大樹から離れることが大前提になっているように思えて――、
――嫌です。
――……ア”ァ?
レアンとて、年端もいない幼子。
それ故に家族から離別するのは嫌だったし、そもそも自分にはその提言に頷く理由が一切見当たらない。
必然、返答は拒絶以外の何物でもない。
その返答に白い少年が剣呑に目を細めた、その一分後。
――残念だったな。そんなに家から離れたくないのに、その居場所が焼け野原になってるんだからなあ。
意味が、分からなかった。
白い少年は、特段その暴虐を愉しむ気配を露見させることなく、村に居座る人々の一切合切を惨殺。
極めつけは、灰塵に帰した村の惨状だ。
――結果的とはいえ、お前のせいで村の人々が滅んだ。お前には同情する。直に、生まれたことを後悔するだろう。
声が聞こえる。
だが、焼け野原を愕然と崩れ落ちながら凝視することに無我夢中なレアンには、その意図を噛み砕くことも必然できない。
そして、白い少年は何を思ったのか、レアンの華奢な細身を軽々と持ち上げ、
――さて。そろそろボクも課せられた厳命を完遂するとするか。
そう呟いた白い少年は、レアンを持ち上げながら、その覚束ない足取りへ得体の知れない方角へ進む行く。
本来ならば、無意味とそう本能が否応なしに理解していようが、癇癪を起したように反抗していただろう。
だが、今はそんな気力も沸き上がらない。
――お前のせい。
そんな支離滅裂な言い分が、脳裏に焼き付いて離れない。
溢れ出す自責の念と、それを覆い尽くすそうな爆発的な烈火に身を焦がし、それに適用するのに没頭して、ロクに身動きなんてできやしない。
そして――、
――済まんな。
そう、『転移』の間際に白い少年が呟いた気がした。
「あぁっ、あああぁあぁあぁああぁ、、、、ああぁぁぁぁ」
木霊するそれは悲鳴か、あるいは慟哭か。
苦痛、激痛、痛覚、鈍痛、痛苦。
全身を痛覚に類するありとあらゆる感覚が駆け巡り、その度に神経が侵される感覚に吐き気が差す。
いっそのこと、息を引き取りたい激痛。
が、それを白い少年が瀕死になった途端投与した治癒魔術、それも最高位のモノにより再度修復する。
一瞬の停滞。
だが、それは嵐の間の静けさでしかない。
直後に全身を貫いた激痛に目を剥き、血反吐をこれでもかとレアンは凄まじい剣幕で吐き出していった。
「――――」
激烈な苦痛に蝕まれ、口元から泡を噴き出しながらも、それでもなお明瞭に息をするレアンを、モルモットでも観察するかのような眼差しで眺める人物が。
「……適合率は20パーセントっスね」
「それは、低いのですか?」
「……初めての試みっていう視点を考慮するのならば、十分な出来栄え。でも、これじゃあ彼の希望に添えないよね」
「……そうですか」
普段の軽薄な雰囲気を極力押し殺し、剣呑な眼差しで悶え苦しむレアンとグラフを凝視する、青年。
そんな彼を、心中複雑に白い少年は眺める。
「肉体の成長を促し、魔石との適合を促進するこの実験……つくづく、こんな奇想天外なモノを考案した彼には驚かされるっス」
「随分と主と親しい様子なのですね」
「……まあ、色々ね」
「そうですか」
白い少年はそれ以上追及することもない。
そんな彼らを余所に、レアンは場違いに談笑する彼らに頓着することもできずに、猛然と頭髪を振り乱す。
その日T身の焦点はとっくの昔に狂いきっており、幾度となく虚空を彷徨っていた。
「……そろそろ潮時ですかね」
「何? そんなに廃棄したいっスか?」
「いいえ。そういうワケではありません。もはやこの個体の根底的な耐久血は風前の灯。さっさと放り投げた方が合理的かと」
「っスね。なんとも君らしいコメントっスね」
「そうですか」
「まあ、それは却下ね」
「……何故でしょう」
「んん? 異論でも?」
「いえ。純然たる知的好奇心故です。失言と、そう捉われたのならば、深く謝罪致します」
「いや、それには及ばないっスよ」
青年は、どこか機械じみた、それ故に純真な狂気を感じさせるような、そんな瞳で泣き喚くレアンを一瞥する。
「だって、どうせ壊れちゃうんっスよね? ――それなら、できるだけデータを得てから廃棄すればいい。後は勝手に死に腐れって話っスよ」
「――――」
普段どこまでも軽薄な雰囲気を崩さない青年であったが、この時ばかりには度し難い程に残忍な科学者の顔をしている。
――――。
一瞬。
ほんの一瞬、白い少年はその華奢な拳をこれでもかと握りしめ――そして、直後にその束縛を解いた。
「……? どうしたんっスか?」
「いえ。ちょっとした寝不足です」
「あっそ。寝不足は体に良くないよ。効率悪くなるっスからねえ」
「助言、ありがたく受け取ります」
「うんうん。いやあー、私もいい後輩をもったもんっスね」
「――――」
青年は、背後で射殺せんとばかりに睥睨する白い少年に意に介した様子もなく、心底愉快げに目を細める。
「君達死神には常日頃助かっているっスよ。当初は私が担っていた雑用も、君たちが懇切丁寧に携わってくれるのならば『輪廻システム』の未来も安泰っスよ」
「……もったいなき称賛です」
「アッハッハ、そこまで畏まらなくてもいいのに」
「――――」
白い少年は青年の中身のない戯言を至極当然とばかりに無視し、ちらりと許容量を遥かに上回る激痛で昏倒したレアンを一瞥する。
(……面倒な)
さっさと崩壊してしまえばいいものの。
何故、そうまでして先の道が地獄でしかない、そんなどうしようもない生に執着するのか、一切理解できない。
否。
そもそも、自分には到底理解が及ばない、愚鈍な存在こそ人間なのである。
ならば、今更それを推し量ろうとするのは不毛以外の何物でもないと、そう白い少年は切って捨てる。
「……して、次の任務は」
「ああ、特段無いっスよ。なんでか知らないんっスけど、最近は特に目立ったトラブルに見舞われることは無いっスからね」
「――――」
「とりあえず、当分はここの管理っスね。異論は?」
「無論、皆無でございます」
「よろしい」
「――――」
白い少年は、小さく「クソがっ」と、そう誰にも聞こえないように悪態を吐きながら、すっと目を細め、レアンを一瞥していった――。
白い少年とは誰とぞ? と疑問を抱くかもしれません。
まあ、毎度の如くこれに触れるのは別の機会なんですよね。口が悪い死神にロマンを感じ設定しました。
ちなみに、瞳は黒瞳です。赤は沙織さんと被りますからね。




