猛攻と
――『天衣無縫』。
既に暫定親分的な立ち位置に滞在するルインがこれを把握している以上、おそらく告知は済ませてある。
ならば、その反応が劇的だよなあ。
「――ッ!?」
「――――」
水晶龍は、その莫大な魔力の奔流が渦を巻く光景に目を剥き、滝のように冷や汗を流しながら猛烈な勢いでバックステップ。
もちろん、ブレスなんて以ての外だ。
なにせ、俺の『天衣無縫』は一切合切を存在ごと掻き消す。
まあ、それの神髄はそこじゃないんだがな。
そんな些事はともかく。
(さてさて……引っかかってくれて何よりだ)
何を隠そう、今展開した渦はブラフ。
あくまでも周囲へ魔力を存分に放出するように仕向け、ついでにアーティファクトと化したこの廃墟の機能を併用させてもらった。
『天衣無縫』は虎の子。
それ故に、リスクの犯しどころを間違えば最悪自滅する。
だあからこそ、あの程度の威力でこれを行使することなんて滅多にない、というかぶっちゃけ皆無である。
(まあ、二度目は無理だよな)
おそらく、ルインあたりが既に看破している筈。
『念話』やらで適当に連絡でもされたらもう使えなくなるな。
(まあ、とりあえず突破口を開くことはできたんだし、良しとするか)
現在、俺の残留魔力は六割。
レギウルスとの一戦、先程のカモフラージュで随分と浪費した。
これ以上疲弊した状態で、『老龍』と刃を交えたくないな。
「さて……どうするべきか」
対してまだ水晶龍も腐食龍も余力を腹立たしいことに余力を残している。
術式改変然り、魔石崩壊然り。
前者は……まだ許容できる。
最悪、『天衣無縫』で掻き消してしまえばいいだけの話だからな。
だが、肝心なのが後者。
おそらく、それが実行されてしまえば『天衣無縫』を併用しようが相当刻限と魔力を浪費することとなるだろう。
(否……あるいは、それでいいのかもしれない)
『老龍』の不滅にはある秘訣がある。
それを打破するには、まずまず時間稼ぎがどうしても必要ということになってしまうのが現状である。
(レギウルスとの合流は……無理だな)
十中八九『老龍』が足止めしている。
一応諸々の『自戒』で奴が行使する魔術の練度は最底辺と化しているが、それはあくまで龍での基準。
まあ面倒なことに変わりはないだろう。
(ソロ以外選択肢ナシ、ね……)
なんたるクソゲーか。
製作者の親の顔でも見てみたいものである。
そう嘆息しながら、俺は一計を案じることにした。
現状維持は停滞と同義。
そんな明言をどっかの誰かが言ってたっけ。
それに関しては俺もすこぶる付きで同意見であり、俺はそんな日和った日常を嬉々として破砕する派だ。
リスクは冒してナンボである。
故に――、
「――殺す!」
「――――」
俺は、『天衣無縫』が収まったとそう判断したのか、猛然と大地を蹴り上げる水晶龍と腐食龍を見据え――、
「――術式改変」
「!?」
指先をまるでタクトのようにしなやに振るう俺に目を見開く水晶龍と腐食龍。
が、その直後には傲然とこちらへと急迫する。
そりゃあそうだ。
なにせ先刻の『天衣無縫』、もう気配で理解できたと思うのだがまったくのハリボテでしかないのだ。
何度も引っかかってたまるか。
そんなプライドの高い水晶龍の心境が見え透ているぞ。
ちなみに機械的な腐食龍も案外水晶龍と同様におざなりな俺に対し義憤にも似た感情を抱いているようである。
心底どうでもいいなと思い直す今日この頃。
「覚悟――っ‼」
「――ッ」
水晶龍がその鋭利かつ鮮烈で透き通った鉤爪を猛烈な勢いで薙ぎ払い、腐食龍はこの距離からブレスを吐きだしていった。
四面楚歌とはまさにこのこと。
と、現状を分析しながら俺はニヤッと、してやったりとばかりに不敵な笑みを浮かべ――、
「術式改変――『蒼ノ地平線』」
そう、囁いたのだった。
――『蒼の地平線』。
激烈な大質量に見舞われ、俺を起点として文字通り洪水のようにその侵食流域を拡大していく、莫大な大海原。
「俺が、今更魔力消費の観点からこれに躊躇するとでも?」
「――ッッ‼」
俺はあくまでも、大局面以外では虎の子を扱わないだけだ。
というか、『蒼ノ地平線』は魔力調節不可な『天衣無縫』とは打って変わってその浪費魔力は極限にまで低減されている。
それにも関わらず威力は健在――否、前回以上だ。
そして、俺は屋敷的な廃墟の出口の一切合切をシャットアウト。
微かな隙間も埋め込ませてもらうぞ。
この廃墟はライムちゃんの改修工事により相当強靭――具体的には、俺が織りなす水流にも耐えられるようになっている。
げに恐ろしき創造魔術。
起用貧乏という欠陥を抱えているものの、それを扱う術師はかつて『賢者』ともてはやされた少女なのだ。
そりゃあ相性は最高潮である。
(後でなでなでしてやるか)
まあ何故か沙織のフォロー全然してないんだけどね!
もちろん、制裁は決定済みである。
願わくば、そのお仕置きで彼女の癇癪をかってしまい、国家が滅亡してしまわないようにしたいモノである。
……何だろう。
物凄く人生を損している気がするのだが、これは気のせいだろうか。
「まあ、妹の処遇の考慮はまた後で、ね!」
「――ッ」
俺はそっと目を伏せる。
これだけの物量、一つ一つを操作するのは流石に俺でも無理があると思うが、それでもやり様はある。
俺が操作するのは大雑把な水流、水晶龍及び腐食龍付近の水流だけだ。
これだけ絞れば、ある程度自由自在に操ることができる。
(そういや、これも『自戒』に入るのかな?)
一応、理屈上は間違っていないとは思うが、そんなことを立証したとしてもなんら利益が生じることもない。
そう思いなおし、俺は再度水流の操作へ全神経を注ぐ。
「――『蒼蜘蛛』、『白鯨』、『烈鼬』、『龍穿』」
「まぁっ」
猛攻の塩梅は腐食龍2:水晶龍8の塩梅で十分だな。
そもそも、腐食龍は死骸同然の肉体故に物理攻撃に対する耐性が凄まじく、聖水はこの状況下じゃ併用できないからな。
取り合えず、水晶龍へ一極集中していいだろう。
さて、プロットは構築した。
後は、それを実行するだけ。
「――『流星雲』、『篠突雨』、『龍穿』、『六蓮』」
「きっ、きさぁっ」
雷電にまみれた積乱雲が周囲一帯を放電し、弾丸に匹敵する速力で極限にまで圧縮された水滴が篠突く。
更に十八番の『龍穿』、そしてそれを散弾のように併用し、無作為に全方位に『六蓮』によりばら撒く。
それと同時に、俺の残留魔力もバケツをひっくり返したように浪費されていく。
(……そろそろ〆ないとな)
俺はルシファルス家御用達魔力回復ポーションを口にしながら、倦怠感で震える体に鞭をうっていく。
「――――」
だが、このポーションにも限りが存在するんだよな。
否、良質なポーションならば無尽蔵に持ち合わせている。
だが、最高級レベルのポーションにはどうしてもその高価さ故に限りがあり、現在たた六本しか残っていない。
(……最低五本は残しておきたいな)
だからこそ――、
「――まず、手始めにお前にはさっさとお亡くなりになってもらなくちゃな」
「――ッッ」
荒れ狂う大波は存分に水晶龍へと猛威を振るい、幾度となく打ち付けた雷電によりその龍鱗は満身創痍。
それこそ、いつ朽ち果てようが可笑しくはない有様である。
が、それでもしっかりと息をしているな。
やはり、全身が水晶に覆われているだけはある。
その耐久力は一級品、否、それ以上か。
ならば――、
「――なら、その水晶ごと終わりへ導てやんよ」
「――っ」
俺は高速で指先に魔力を練り上げ、そして詠唱という手段を用いることにより、大いにそれのトリガーを引く。
「蒼海乱式――『紅獅子』」
紅獅子は地味にレギウルスさんをイメージしたらしいですよ
追伸ですが、IFは八時くらいに投稿できそうです




