非宍
グロ注意! 注意ぃ!
食欲にまつわるキャラって器用値において二人いるんですけど、そのうち一人がこの『暴食鬼』なんですよね。
まあこっちの場合は比喩的な意味合いが大きい、というかオンリーなんですけど。
ちなみにもう一人がシロハちゃん――あのヤンデレです。
誰だ? と首を傾げないでくださいね! 八章でバリバリ出番あるんですから!
「……終わったか」
「――――」
一閃。
たったそれだけであれだけ頑丈な肉体を誇っていた『暴食鬼』の胴体が冗談のように裂けてしまう。
鮮血が滝のように溢れ出し、いやに生々しい臓腑がころころとガバルドの硬質な靴の、その一歩前を転がった。
それを見下ろしつつ、
「――っ」
「――ッ!?」
踏み込み、絶え間の無い四連撃。
『英雄』の名に恥じない痛烈な斬撃は容易く倒れ伏す『暴食鬼』の四肢をなんら抵抗もなく切り裂く。
それと共に苦悶の声音も微かに木霊する。
(……流石にこれは教育に悪いか?)
と、背後で生まれだての小鹿のように震えるエルフの長の息子を慮るガバルドであるが、今更だなと思い直す。
「はあ……どっちが悪役なんだか」と疲れ気味に嘆息するガバルドは、何でもないように空間魔法が付与された懐から鋭利な太刀を四本取り出す。
次いでガバルドは、無造作にそれらを『暴食鬼』の四肢へ遠慮容赦なく突き刺していった。
「っ!?」
「へえ……これでも正気を失わないか」
そう感心しつつ、ガバルドは更に追加でもう一本取り出そうと……、
「ま、待て!」
「あぁん?」
何とか狂った声帯を絞り出し枯れ果てた声音を吐き出す『暴食鬼』。
そんな彼に、ガバルドは怪訝な眼差しを向けつつ、続きを促した。
「なんだ?」
「お、お前は何故ボクを殺さない!? どうして一思いに殺して――」
「おいおい……お前、阿呆だろ?」
そう呆れ果てたガバルドは、気だるげな動作で懐から再度大太刀を取り出し――それと、『暴食鬼』の口元へと突き刺した。
「ぁあっ、ぁあっっ!!!???」
「ハッ」
想像を絶する激痛を目を限界まで見開き、脳が真っ白になる錯覚に陥る『暴食鬼』へ、ガバルドは呆れ果てたような眼差しで見下ろす。
「お前が、楽に死ねる? ――そんなワケねえだろうが」
「――っ」
「お前、どれだけ人間を殺してきたと思っている? 少なくとも、千じゃ足りないよなあ。なら、その分苦しめ」
「――! ひっ」
漏れ出た悲鳴。
それは、圧倒的な義憤――そして、狂喜と呼称しても差し支えない程の激怒の念を宿したガバルドの瞳を垣間見てしまったが故か。
「お前も、この世界を相当に怒り狂っている」
「――――」
「お前の胸の内は烈火のように燃え盛ってて、それがベールになって真面に思考回路を推し量ることができなかった」
「――ッ」
そこまで見透かされていたのか。
今まで対峙していた愚昧なる者たちの誰れ一人として見出すことのできなかったその烈火を見通すガバルドに生理的な嫌悪感を抱く。
だが、それは序の口。
「――教えてやるよ。本当の憤怒っていうヤツを」
「――ッ」
――死ぬ。
そう本能がこれでもかと警鐘を鳴らし、即座に『暴食鬼』もそれに順々に従おうとするが、手首の物騒な枷がそれを許しやしない。
そうこうしている間に、ガバルドがこちらへと肉薄していて――、
「――お前が殺される相手は、俺じゃあない」
「――――」
そしてガバルドは口元に嗜虐的な笑みを浮かべながら、ふいにちらりと遠目に巨大な顎門を保有する犬さながらの龍の大群を補足する。
――『乱食鬼』。
確か、そういう名称の龍だっただろうか。
その悪食差はあ墨付きであり、骨の髄まで喰らい尽くすその悪辣な有り様からありとあらゆる人々より忌み嫌われている。
そんな餓鬼たちが、まるで待っていましたとばかりに群がってこちらを見ているのだ。
ならば、ここは大人としてその期待に応えるのが流儀だろう。
「ふんっ」
「ぁっ、っがぁっ」
ガバルドは突き抜けた太刀がさらに食い込むことに厭わうこともなく、強引に『暴食鬼』を致死の束縛から解放した。
温情?
情け?
否、断じて否。
この男は存在そのものが悪辣、害悪であり、そんな彼に同情し憐憫を垂れる程にガバルドは優しくはない。
故に、これはちょっとしか仕返しだ。
「さあ――たらふくお食べ、餓鬼ども」
「ちょっ、止め――」
ガバルドの口元に刻まれた満面の笑みで彼が何を敢行しようとしているのか察し、盛大に狼狽するする『暴食鬼』。
ガバルドは無慈悲に串刺しの要領で『暴食鬼』の脳天を愛刀で突き刺し、完全に身動きができないようにすると――、
「――尊厳を踏み躙られる気持ち、存分に味わえ」
「――ぁ」
そして――
爆音。
それは常軌を逸した膂力により流星が如く『暴食鬼』が投げ飛ばされ、盛大に大地へ激突したが故に奏でられたモノだ。
接地の瞬間、膨大な衝撃が全身を蹂躙する。
「ぅっ、」
もはや、うめき声さえ満足に絞り出すことさえできしない。
溢れ出す血反吐で既に声帯は狂い果て、限界を超えた骨格の改変により全身は瀕死という描写さえ慈愛に満ちているように感じられる有様だ。
『暴食鬼』は忌々しきあの『英雄』へ壮絶な殺意を憤慨を抱きながら、立ち上がろうと――、
「――――」
不意に、視線が。
「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」
「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」
「――――」「――――」
肌が泡立つ。
それは、壮絶な殺意故?
否。
断じて、否。
今、『暴食鬼』を取り囲んでいる者たちに宿った感情は、そんな可愛げのある品物では、断じてなかった。
――それは、食欲。
絶え間の無い飢餓に侵され苛まれたその猛犬たちは、目元に獰猛な色彩をのぞかせ、ジッと『暴食鬼』を凝視する。
まるで、食材を吟味でもするように。
「ふざぁっ、けるなっ」
食材?
この、自分が?
笑止千万。
ならばその救い難き驕りを、隔絶した彼我の実力差を示すことにより完膚無きままにへし折ってしまおうではないか。
ああ、それがいい。
それしか、ない。
「――し、ね」
「――――」
この程度の害獣、それこそ片手間で片が付く。
そう高を括り、立ち上がろうとする『暴食鬼』であったが、不意に己の四肢を貫く忌々しき刀剣に再度気が付く。
(あのクソ野郎……っ!)
この有象無象共を始末したら、次は散々自分を舐め、あまつさえこのような真似をした『英雄』を滅ぼそう。
そう決心し、『暴食鬼』は突き刺さった刀剣を抜き去ろうと――、
「っ?」
が、どれだけの膂力で御身に突き刺さった刀剣は引き抜くことができず、あまつさえ刀身に触れるたびに耐え難き激痛が全身を駆け巡る始末である。
(あの男、こんな小細工まで……!)
詳細は不明だが、既に埋め込まれてしまったこの刀身を純然たる膂力に任せて引き抜くのは到底不可能だと理解できた。
なら、それでいい。
腹立たしいが、きっとあの男ならどうにかできる。
それに、自分のこの強靭な肉体がこの程度で滅びるとは、到底想定することはできなかった。
このままで十二分。
否、この程度のハンデがなければ、可哀そう――、
「キュッ」
「――?」
不意に、足元から可愛らしい鳴き声が。
ふと、足首付近を見下ろしてみると、そこには口元が何故か深紅に染まったかの害獣がこちらを見上げているではないか。
……?
深紅に、染まった……?
「――ぁ」
そして、ようやく『暴食鬼』はそれに察知する。――自らの足首の大半が、既に害獣により喰い尽くされていることを。
認識、伝達。
それが果たされたのならば、後は必然。
「あああああああああああぁぁぁああっさsddさああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああッ!!!!????」
何故、何故、何故!
理解が及ばない現実に絶叫し、幾度となくそれを否定しようと大地に頭蓋を強かに打ち付け――気が付く。
「――――」
――自らを、飢餓感に満たされた眼差しで見据える『乱食鬼』たちを。
そして、
「あ」
そんな間抜けな声音を皮切りに、猛烈な勢いで『乱食鬼』が『暴食鬼』へと殺到していった。




