……一応、善戦
「――なあ」
「……なんだあああい?」
相変わらず気色の悪い口調だなあと、内心で踏んだり蹴ったりな仕打ちを受ける襲撃者へと、グレンは不思議そうに問いかける。
「貴方……どうして龍陣営に加担を?」
「――――」
「気配からして貴方は正真正銘の人間。洗脳された痕跡もない。――なら、何故?」
「――――」
百花繚乱。
まさに、そんな四字熟語がお似合いな程にそこら中から影たちが鮮烈な華を織り成し、グレンの天命を削り切ろうとする。
が、グレンとてそれを許容しやしない。
「――っ」
『千里眼』により広大になった視界を駆使することにより、どれほど奇抜な手段を用いられたとしても容易く回避。
が、直後そんなグレンに影が差す。
それも、物理的に。
「――――」
「――『常闇・鎮魂歌』」
ネーミング! ネーミング! とグレンは内心で叫び出しながら、差した影の何よりをも要因を頭上を見上げることにより視認する。
そこには、ドームさえも容易く覆い尽くしてしまいそうな程の規模の顎門が――、
「チッ……!」
「ふんっ」
奇襲が通用しないと判断したのか。
確かに、これだけの術式範囲、流石のグレンも脱サラらしからぬ身体能力を駆使しようが回避は不可能だろう。
故に――、
「――『紅蜘蛛』‼」
「ほううううう……」
直後、明後日の方角へとプロのピッチャーさえも霞む程の猛烈な勢いで鎖鎌――『紅蜘蛛』が無作為に放り投げられた。
が、これは何の考えなしの愚行ではない。
『紅蜘蛛』は、不思議なことに初期と比べて明らかに増大している鎖のリーチを以て丁度数百メートル先の箇所を鎌で捉える。
鎌の切っ先が掴み取ったのは荒々しい岩盤であり、グレンはそれを確認しすぐさま『赤蜘蛛』に付与した魔術を解除。
それと同刻、神速と見紛う程の勢いで頭上より巨大な顎門が押し寄せる。
この距離、この範囲だ。
もはや、回避など不可能。
「――ッッ」
「――――」
直後に、グレンの輪郭が掻き消える。
それと入れ違いに、暴威が存分に猛威を振るう。
――『紅蜘蛛』。
『紅蜘蛛』は、それまで起動されていた『増長』の魔術が解除していったことにより、元のリーチへと鎖は縮小する。
故に、その反動を利用してこのような移動手段に併用することも可能である。
「――ッ」
間一髪で影が織りなす暴威からの脱却を果たしたグレンであったが、そんな彼へと地獄さえ生温い程の猛攻が再度襲い掛かる。
(……殲滅はそう安易に使わないな)
推し量るに、それを利用するにはそれ相応の魔力が要求されるのだろう。
でなければ今頃グレンはあの暴威を猛攻ち形容しても差し支えない弾幕で披露され、成す術もなく滅亡していた。
だが、今はその未来は訪れていない。
(……温存でもしているのか?)
有り得ない話ではない。
グレンの背後にはクリスやライカが控えており、特段帝王に関しては十二分に警戒に値するであろう。
「舐められたモノだな」
「――――」
成程。
どうやら、目下の彼にとって自らは踏み台でしかないらしい。
「――『紅蜘蛛』」
「――――」
笑止千万。
確かに、年のせいもあり全盛期とは程遠い力量であることは否定はしないが――だが、それでも帝国の最高位に位置するのだ。
そんな彼が、生半可な認識で打倒できる筈もなく。
「――ギアー、上げますよ」
「――ッ」
直後に、それまで鋭く空を切り裂いていた鎖鎌の速力が、何かの拍子に一気に加速していくこととなった。
その勢い、まさに彗星が如く。
しかも、それが描く軌道は縦横無尽という形容さえ生温い程にトリッキーな品物になっており、たとえ視認できたとしても回避は困難。
「――『裂斬糸』」
「――ッッ」
次の瞬間、流星のような勢いで虚空を飛翔していった鎖鎌は、その進行方向上に滞在する影の一切合切を、容易く両断。
「!?」
帝王たりライカでさえも太刀打ちできない硬度を持ち合わせているあの影が、何の抵抗もなく切り裂かれたのだ。
面食らった様子のの襲撃者へ、なおも留まることなく鎖鎌は急迫する。
空を猛烈な勢いで切り裂く独特な音程が耳朶を打つことによりようやく衝撃から立ち直った襲撃者は、即座に代案を提示。
「――『常闇・劫縛』」
「――――」
その詠唱に呼応して、蠢動していた影たちは襲撃者の四方八方を死守すり分を除き、その構図を変性する。
形成されたのは無骨な捕縛の鎖たちだ。
数多の鎖は、蛇のようにうなり――直後、神速の勢いで鎖鎌へと殺到する。
(これなら――!)
一度鎖鎌を束縛さえすれば、後はこちらもの。
推し量るに、あの鎖鎌には刀身にのみ『一切合切を切り裂く』という強力な魔術を練り込まれている筈。
滞在する魔力の気配からしてまず間違いない。
ならば、危惧すべきはあくまでも刀身のみ。
後は適当に刀身付近を束縛してしまえば、容易く鎖鎌の猛威から逃れることも可能――、
「――後ろだ」
「――ッッ!?」
そう高を括った刹那に、突如として襲撃者の耳朶を低音が震わす。
それは、先刻まで遠目でも視認できない程の距離でこちらへと殺到する鎖鎌を操作していた張本人で――、
「余り、年配を甘く見ないことだな、若造」
「――ッッ!」
推し量るに、先刻の鎖鎌はあくまでブラフ。
アレで大いに襲撃者の視線を釘付けにし、その間に安全圏に居た筈のグレン自身がお出ましということか。
影を操作するには相応の集中力を必須とする。
あれほどの物量を一切余すことなく並列で操作するとなると、どうしても気配察知に粗が生じてしまうだろう。
それこそが、グレンの狙い。
そして――本命が、迫りくる。
グレンの右腕にはどこから取り出したのか、今こちらへと肉薄する『紅蜘蛛』とはまた異なった鎖鎌が握られている。
「この至近距離で回避できるモノなら、やってみろ」
「――――」
既にグレンとの距離は目と鼻の先。
この刀身にも『紅蜘蛛』の同様の、一切合切を割断する魔術が練られていると、そう認識した方が賢明だろう。
故に、仮に影を鎧のようにして併用しようが不毛。
影ごと身体を両断されてしまうのがセオリーだ。
ならば――、
「――死ね」
「それは、断ああああある」
そして、一閃――。
「――ッッ!」
一閃。
が――手ごたえは、皆無。
それも当然だろう。
なにせ、切り裂こうとしていた対象が、それこそ冗談のように明後日の方角へと掻き消えてしまったのだから。
(くっ……! 油断した!)
おそらく、影をバネのように使用することにより、あれ程の速力を成立させているのだろうと推測するグレン。
「……ギリギリだな」
『千里眼』によれば、襲撃者の位置はグレンとおよそ百五十メートル程度である。
感知事態は容易なのである、いかんせんこれだけの長距離の標的へ鎖鎌を必中させられるだけの余力はない。
更に、グレンへと畳みかけるような悲報が。
(……逃げる心算か、こいつ!)
瞑目し、今一度『千里眼』で確認するが、依然として恥も外聞もなくグレンから逃走する襲撃者の輪郭が確認できた。
襲撃者の力量は一目瞭然。
しかも、その理由は定かではないが、奴は明らかに龍陣営に位置する存在。
故に、同胞に牙を剥く可能性は十二分にあり、そんな危惧すべき存在を野放しにできる筈も当然なく。
逃亡を許してしまった自分自身に歯噛みしながら、グレンは猛烈な勢いで跳躍――、
「――『常闇・百華』」
「――っ!」
した寸前、鍛え抜かれた筋力を酷使し、何とかギリギリで踏みとどまる。
その直後、頭上より流星が如く十二分に致命傷に至れるだけの威力の影が降っては沸いてくる。
「足止め……っ!」
この密度の弾幕だ。
もはや、襲撃者の追跡は絶望的。
薙ぎ払うにはそれ相応の時間を要すると、そう判断したグレンは目を伏せ――、
「――後は頼みますよ、陛下」
次の瞬間――そんなグレンの呟きに呼応するように、爆炎が猛威を振るった。




