『獅子ノ子』
スミマセン、ちょっと短きくなりました!
――強い‼
「――『常闇・月下』」
そして、その詠唱に呼応し暗闇色に世界を染めていた影が蠢動、そして一斉に愚者たちへと牙を剥く。
形成するのは鋭利な刃。
が、しかし影という変幻自在な特性を生かすことによりそれが描く軌道はさしも歴戦の猛者であるグレンさえも看破できない程に滅茶苦茶だ。
「くっ……! 一々ネーミングが中二くせぇな!」
「全くです!」
視界に頼るのは逆に不利になりかねない。
そう判断したグレンは、即座に出し惜しみすることもなく自らの奥義を存分に行使する。
――瞑目。
「――『千里眼』」
「――――」
直後、立ち尽くすグレンへと多角的な猛攻が畳みかけられる。
蠢きだす斬撃が織りなす斬撃の世界から何人たりとも逃れることは叶わず、ただただ細切れになるのが定め。
それは帝国において最高位の戦死であるグレンとて例外ではないだろう。
逃れようもない悪意が殺到し――、
「――知ってる」
「――――」
――それはまるで、宙を舞う木の葉のように。
まるで背中に目でもあるかのように死角より忍び寄る幾多もの影刃を、転倒するかのような仕草でグレンは躱す。
更に、頭上より神速の勢いで急迫する顎門も最小の動作のみで回避、そしてその一挙手一投足を次手へとつなげる。
正に、天衣無縫。
極限にまで洗練されたその体術を前に、どれだけ勢いを加速し、如何に斬新な指針を用いて奇襲しようが無意味。
どれもこれもが最小限の仕草だけでのらりくらりと躱されてしまう。
その瞳は、依然閉じられたままだ。
「……さっすが帝国元序列一位」
「私も見習いたいよね」
早々に戦線から離脱したクリスは、傍らの大魔術を構築している最中のライカと共に、その洗練された歩方に戦慄をあらわにする。
――『千里眼』。
それこそが帝国元序列一位である男の身に宿った唯一無二の魔術である。
『千里眼』は瞑目し正常な視界を喪失することにより、その代償として半径三百メートルのありとあらゆる事象を把握するというモノ。
これだけならば、左程目を見張るモノではない。
感知系魔術は類稀だ。
だが、帝国にて観測された最高距離が半径2・5キロだった点を考慮するのならば、依然凡庸の域を遺脱できない。――仮に、それを扱うのがグレン以外ならば。
「グレンの超常的な身体能力に、あの魔術が掛け合わされたらね……」
「……ぶっちゃけ、触れられるか分からないんだけど」
「同じく」
グレンの身体能力は脱サラに似合わぬ品物だ。
それこそ、あるいは帝王たるライカに匹敵する程の身体能力を持ち合わせているといっても過言ではない。
それに、万象を見通す目が与えらたのだ。
奇襲を当然とばかりに見抜き、如何にトリッキーな手段を取ろうが容易く見抜き、一蹴することこそ、グレンの基本スタイル。
「まあ私は魔力でゴリ押ししてぶっ飛ばしたんだけどね!」
「同じく、気合で」
が、そんな完璧超人に見えるグレンにも弱点が。
それこそが、帝王ライカのような脳筋スタイル、そしてグレンの目さえ欺くトリッキーさなのである。
現状、襲撃者がそれに見抜いた気配はない。
だが、これからは不明だ。
ならば――、
「……大魔術は?」
「完成したけど、多分無意味だよ」
「だろうな」
既に蠢動する影の耐久は確認済み。
それは龍さえたった一太刀で、しかも片手間のようの両断してしまったライカでさえ歯が立たないという事実から推して知るべし。
ライカは基本的に近接オンリーだ。
一応魔術も相当な練度で会得しているのだが、どうしても素の身体能力と比較すれば、見劣ってしまうだろう。
そんなライカが編み出す大魔術が、繭のように自らの周囲に影を展開する襲撃者に通用するとは思えない。
「……シキでも呼ぶか?」
「シキちゃんね」
「どうでもいいとと思うがな」
ライカちゃん的には重要らしい。
閑話休題。
「シキ……ちゃんなら、多分この戦局を打破できると思うぞ」
「だね。それは否定しないよ」
「――――」
シキちゃん。
呼称に関して色々と諸事情があるこの式神は、正真正銘ライカの身に宿った魔術による産物なのである。
その式神に宿った魔力は計り知れず、それこそ『老龍』さえも圧倒してしまうような力量を誇っているだろう。
が、一点欠陥が。
「――三分」
「――――」
「知ってるよね。それが、シキちゃんのタイムリミット」
「……デスヨネー」
ライカが使役するこの式神は、一件完璧超人のように思えるのだが、たった一つの憂慮すべき欠陥を抱えている。
それこそが、制限時間だ。
そもそも、シキの権限方法にも一癖二癖ある。
制約として、シキを顕現させる際には滅ぼすべき対象をたった一つ厳選するというモノだ。
そして、シキはその選別した対象が消え去るまでその存在を消失させることは断じてないのである。
更に畳みかけるようにして課せられるタイムリミット。
シキが現世に顕現できるのは、たったの三分だけだ。
それを遺脱してしまえば――術師本人を除いて、周囲一帯の一切合切を蹂躙する残虐な殺人鬼と化すのだ。
「三分は……無理だよね」
「案外イケるかもしれないぞ」
「それで巻き添え喰らって死んでも知らないんだからね」
「へいへい」
襲撃者は中々の強敵。
それは実力至上主義故に他国と比べてはるかに軍事力が成長していった帝国の最高位の戦士さえ光明を見いだせない時点で推して知るべし。
そんな相手に、シキはどこまで健闘できようか。
――分からない。
相性もある。
だが、何よりも襲撃者自身の情報が余りにも不明慮すぎて、あまりに判断材料が気薄であったのが主な要因だ。
ならば……。
「――私たちも、グレンが保っている間に攻勢に回った方が良さそうだね」
「……一応言っとくけど、お前王様だからな」
「それとこれは別腹だよ」
「……まあ、いいか」
グレンもれっきとした人間。
その魔力、及び体力には必然限りがあり、それを超越してしまえばもはや作戦会議なんて悠長な真似はできないだろう。
ならば――、
「――行くよ」
「仰せの通りに、閣下」
ライカは微苦笑しながら、「陛下ね」と嘆息しつつ、それまで納刀していた黒塗りの刀身を思いっきり引き抜く。
――『獅子ノ子』。
それこそが、帝王に代々受け継がれた、至高の一振り。
あらわになった刀身からは、膨大な魔力の塊とも形容できる龍さえも匹敵する魔力がカンジらるようだ。
何よりも、それから発せられる威信が凄まじい。
思わず、平伏してしまうような、そんな威厳。
これこそが、百獣の王、獅子の名に相応しい太刀である。
「ハッ」
対するクリスが懐から取り出したのは、二振りの小柄な短剣だ。
その刀身は鮮烈でこそあるものの、『獅子ノ子』に宿った気高さは感じ取ることができず、猛獣のような荒々しさがあらわになっている。
故に、彼自身も鋭利な牙も――、
「――ッッ」
直後――大地が、破裂する。




