ママみ
急展開すぎますよね。
私もそう思います。
一応ちょくちょくあえて矛盾させるような手法で伏線を張っておりますが、実際のところ詳細が言及されるのはちょっと先です。
まあ、私にとっての「ちょっと」は全然信用できませんがね。
一文字の軌跡。
それが切り裂いたのは胸元だけではなく、セフィールを永劫雁字搦めにしていた束縛までも成す術なく両断されてしまう。
そして……、
「――メイル」
「――ぁ」
そう、セフィールは目を細め、あの頃のような気高くて、それでもどこか可憐な笑顔をメイルへ見せ、その頭髪を優しく撫でる。
その仕草の端々には、掻き消えた筈の親愛が見え透いており――、
「……お母さん?」
そう、メイルはその眼を盛大に見開き、顔を上げる、その寸前。
「ええ。――貴女のお母さんよ」
「――――」
まるでセフィールはメイルが顔をあげるのを遮るようにして、そっと優しく、されど優しく抱擁する。
その人肌からは、確かに温もりが感じられて――。
「お母さん、なの……?」
「ええ、勿論よ。……なんて、自信満々に断言できるのかは別の話だけどね」
「お母さん!」
「ぐふっ!?」
と、冗談めかして自嘲するセフィールなどなんのその。
メイルはその端正な容姿を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、万感の想いを込めて飛び込むようにしてセフィールへ抱き着いてきた。
数瞬前のセフィールなら、強引にそれを引き剥がすだろう。
だが、今は――。
「よしよし」
「…………」
「大きくなったわね、メイル」
「お母さん!」
今は、明確に異なる。
サフィールは先刻までの辛辣かつ冷徹な雰囲気はどこへやら、圧倒的な母性が溢れ出てている始末である。
豹変。
そんな形容では済まされない変化に本来ならば違和感を抱き、不信感を抱くのがセオリーであるが、必然メイルにそんな様子は感じられない。
百二十年。
それだけの歳月の間、この夢のような現実を想い求め、恋焦がれたのだ。
必然、警戒心や不安やらの、そんな些事の一切合切をかなぐり捨てて、セフィールへと嗚咽混じりに泣きつつ。
「私、私ね、たくさん辛いことがあったんだ。でも、それを差し引いても幸せてって、そう断言できるよ。――だって、またこうしてお母さんに合えて、レギとも想いが通じて、沙織っていう親友もできたからっ」
「あらそう。――レギ?」
おや、セフィールさんの様子が……。
先刻までの母性はどこへやら、悪鬼さえも全力で逃げ惑うような威圧を周囲に無作為に振りまいていらっしゃる。
「め、メイル。『傲慢の英雄』とはどういう関係なの……?」
「まだ子作りはしてないよ!」
「――殺す」
溢れ出す殺気!
それまで空気を呼んで蚊帳の外という残念な立ち位置を甘んじていた沙織も「ひぇっ」と情けない程の殺意が四方八方へ。
今頃、某英雄がくしゃみでもしているのだろう。
(逃げて。レギさん超逃げて)
そう、心中で微苦笑しながら冷や汗を流す沙織であった。
「――で。どういうことなの?」
と、ジッと一切合切を見透かすような沙織の眼差しの焦点は、言うに及ばず反省の意を示すためか正座するセフィールであった、
どこか険悪な沙織の柄にもない雰囲気にメイルは小首を傾げる。
「沙織。心なしか、不機嫌になっていないか?」
「なってないもんっ」
「い、いやでも……」
「なって、ないもんっ!」
「アッ、ハイ」
キッ! と睨む沙織さん。
が、その愛らしさは「もんっ」という破壊的な語尾で半減、というか皆無である。
可愛い!
と声を張り上げて叫び出したいメイルであったが、そんなことをすれば更に機嫌が悪化するのは目に見えているので、沈黙を行使する・
沙織はそんなメイルをやや複雑そうな眼差しを向けながら、そして再度未だ満身創痍の傷跡を負ったセフィールへ、一言。
「見てないで、早く答えてよ。――ドM」
「!?」
おや? どうやら、先程の激戦で鼓膜がやられてしまったようだなあ……と現実逃避するメイルさん。
が、当事者であるセフィールにはその恨み言はしっかりと届いていたようで。
「……ドMって、どういうことかしら」
「だって、自分の胸思いっきり、それは躊躇なく存分に切り裂いてたじゃん」
「!?」
事実である。
「ち、違うのよ! あれは決してそういう意味があったんじゃ……」
「言い訳?」
「違う!」
と、声を張り上げるセフィールは、ようやくその眼差しに気が付く。
「……お母さん」
「!?」
嘘でしょ……とばかりにドン引きし、更にこちらからそくさと距離を取る愛娘の、その姿が!
必然、魂は即刻ノックアウト。
愛娘からの拒絶はそこらの拷問が生易しく思える程に深々とママのメンタルを抉ってしまうらしい。
「違う! 違うのよ、メイル!」
「なんとなくスルーしてたけど……アレはないのだ」
「だから、そういう淫らなかつ不埒な意味合いがあってあんな蛮行を決行したワケじゃないのよ! アレには理由があって――」
「変態って、詭弁な人が多いよね」
「どうして私をジッと見ながらそんなことを言うのかしらね!」
沙織さん、なんだか物凄く黒い。
実は途轍もないメイルの親愛を一身に浴びるセフィールにちょっと、ほんのちょびっと嫉妬してしまったのだが……それはまた別の話。
「ともかく! アレにはちゃんと意義があったんだし、今からそれをお猿さんでも理解できるように説明してあげるから、静かにして頂戴!」
「……お猿さん?」
――プチンッ。
もちろん、それは沙織さんの堪忍袋の緒が切れた音で。
「ブッコロ! 巨乳はブッコロ!」
「ちょ、落ち着くのだ沙織!」
「あらあら。残念わねえ、貴女も私みたいに大きくなれなくて」
「ぶっ殺してやんよ、クソババアああああああああああああああああああああッッ!!!」
「沙織! 落ち着いて! 本当に落ち着いて! 顔面が物凄いことになっていらっしゃってるのだ!」
沙織さん、悪鬼さながら――否、それ以上のモザイク必死な物凄い形相でセフィールへ詰め寄った。
ちなみに、セフィールはお胸は……すごい。
それはもう、エベレストさえ引けを取らないレベルで、実は戦闘の度にこれでもかと揺れるその美乳がずっと目障りだったりもする。
対して、沙織は……沙織は……。
それこそ、凪いだ大海原を連想してしまう程に水平であり、明らかに『貧乳』という呼称がお似合いなカンジである。
言うに及ばず、二人の相性は既に最悪だったようだ。
が、セフィールさんは、そんな沙織を挑発するかのように、そのナイスなお胸を張り、更にその膨らみを強調。
必然、キレる沙織。
結局キレッキレな両者をメイルが鉄拳と言う最も単純明快な手段を用いて制裁することにより、ようやく喧騒は収まった。
「……反省してる?」
「沙織反省しております」
「セフィールさんも同じわよお」
「……もう一度シバいた方が得策な気がするのだ」
その呟きごとにビクッ!と震える女性陣。
もはやセフィールの威厳はとうの昔に消え失せており、今やちょっとお茶目な『お母さん』に成り果ててしまっている。
別に、心を開いてくれたことは嬉しんだよ?
でもね、ちょっと自由人過ぎなんじゃ……と、そう思わずにはいられないメイルである。
メイルは残念なモノでも見るかのような眼差しで見下ろし、次いでようやく話の本筋に突入していく。
「それで……お母さん、何がキッカケでそんなに豹変したの?」
「お母さんに膝枕されてくれたら教えてあげるわ」
「メロン星人。今はシリアスなお時間だよ?」
「メロン星人……」
何がメロンなのかは、それこそ親の仇とばかりな沙織さんの殺気だった眼差しから推して知るべしである。
最近、沙織のキャラ崩壊がどんどんひどくなり、どこに向かっているのかちょっとよく分からなくなってしまう今日この頃である。
閑話休題。
「はいはい。膝枕されてあげるから、答えて頂戴なのだ」
「ふはぁー、やっぱりなのだ語尾なメイルも可愛い――」
「お母さん?」
おっと、愛娘が虚無の眼差しでこちらを……
「アッ、ハイ」
無論、萎縮してしまうママさんであった。




