撃ち抜いて
夏だ!
海だ!
おっぱいだ――――――!!
(『術式改変』……!? この土壇場で!?)
否、有り得ない――ことでもない。
そもそも、死闘というのは『術式改変』を会得する上で最高の条件下であり、図らずともセフィールはそれを幇助してしまったようだ。
だが、依然膨大な魔力は感じられない。
いや、それ以前だ。
「――――」
何故か、魔力の流れがいっそおぞましい程に凪いでしまっているのだ。
確かに、『共振』という厄介迂遠極まりないイレギュラーが存在する以上、それは得策ではあるのだろう。
だが、それにしても極まっている。
0だ。
ほとんどなんて生半可ではなく、本当に一切魔力が蠢動していないのだ。
これらから導き出される結論は、必然唯一無二。
(まさか自らの魔術を捨て去ったの!?)
魔術は、非力な人間における虎の子。
もちろん、その力量の程にもよるのだが、あるいはそれが強烈な魔術であるのに比例して、その価値は倍増していくだろう。
そして、その加算された価値は『自戒』の駆け引きで痛烈な材料となる。
が、違和感。
(いや違う! 魔力が消え去っていない!)
仮にそんな愚行を実行すれば、魔力が完膚無きままに掻き消える筈だが、メイルにはそれが見受けられない。
ならば、一体――、
「……えっ?」
「――――」
不意に、視界の挟間――具体的にはメイルの左腕に、目が向く。
そこには、どうもセフィールには覚えのない傷跡が無数刻まれており、痛々しい鮮血を滴らせている。
(これは……)
その現象の意味が分からず硬直するセフィールへ、ふいにメイルは真正面から猛然とこちらへ肉薄してきた。
「!?」
「――――」
メイルは、その必要もないとばかりに龍爪を解除し、その華奢な拳で、認識する暇さえ与えずセフィールの頬を張り飛ばした。
その一撃は、さながら破城槌並みの威力が宿っており、頬骨が軋む嫌な音が耳元に残る。
何とか咄嗟に受け身を取ることにより転倒だなんていう無様を避けることは叶ったが、依然として戦局は劣勢。
「……貴女、その傷どうしたの?」
「お前が刻んだのだろう? 何をとぼけるのだ」
「?」
噛み合わない会話に小首を傾げるが、瞬間に素知らぬ顔で首を傾げるメイルの狂言だと、そう納得できた。
(成程……自傷行為。否、ダメージそのものをなんらかのエネルギーへ転変しているのかしらねえ……?)
色々と不可解な点はあるが、それでもこれに関してはもはやどうしようもないと、そう開き直り、扇を構える。
「……強くなったじゃない、メイル」
「見直した?」
と、どこか誇らしげに胸を張るメイルに対し、セフィールは妖艶な微笑を浮かべ――そして、消える。
「いいえ。――殊更、殺したくなったわ」
「あっそ」
轟音と共に猛烈な勢いで急迫するセフィールに対し、メイルは興ざめしたとでものたまうかのように翼を広げ、
「――それじゃあ、私はお暇するのだ」
「――っ! 逃がすかっ」
このタイミングで何故逃亡を選択するのか、その真意を推し量ることはできなかったが――だが、それを阻止しなければならないことは理解できる。
龍翼を羽ばたかせ、悠々と大空を舞い踊るメイルに対し、セフィールもうなじより同系統のモノを生やす。
メイルは既に空洞の屋上へと到達しており、軽やかに着地していた。
(……屋上? どうしてそんなモノが……?)
そもそも、この空洞の存在意義は不明。
あるいは、面倒な小賢しい罠を張っている可能性も十二分に存在する。
「――油断するな、私」
ルーツは不明だが、既にメイルが『術式改変』を会得している以上、もはや油断も、慢心も皆無である。
そしてセフィールは立ち止まり、これらかの指針を決定しようと――、
「――何だ? 来ないのか?」
「――――」
これは罠。
それを理解していながらも、これほど稚拙な誘導に喰いつく理由なんてどこにも見当たる筈がないのだ。
そして、セフィールは冷静に現状を分析し、そして打開策を――、
「――また、お前のせいで失うぞ」
「――ッッ‼」
――気づいた時には、脚が身勝手に動いていた。
『共振』云々を気にすることもなく、ほとんど無意識にまで身体能力を活性化させることにより、翼を扱うこともなく屋上へ高らかに跳躍した。
――殺す。
これほどの屈辱を味わったのは幾年ぶりだろうか。
否、そんなモノ、数えたとしてもただただ不毛で、本当に何ら利益を生み出すこともないのである。
ならば、セフィールが目下の見当違いな餓鬼の履き違えを大人として正すだけ。
――理性では、理解していた。
この憤怒が、胸の内を燻る烈火が、自分自身のこの憤りこそ、何よりをも見当違いであったことを。
だが、その間違いを認められる器用さは、セフィールには存在しなかった。
そして、ようやく屋上へ到達したその瞬間――、
「――大砲!」
「そういうことなのだ」
常闇に包まれた世界であろうおとも、平常時となんら差異なく万象を見抜く龍眼は、確かにセフィールへと照準は絞られた複数の大砲を捉える。
その重工は莫大な魔力により螺旋状に魔力が荒れ狂っている。
――嵌められた。
「――そんなの、百も承知よ!」
「――――」
が、セフィールはそんな些事に気を取られることもなく、微かに魔力を投与することにより、即座に龍形態へ移行。
どうやらこれは龍という種族特有の特性なようで、それ故に『共振』によりメイルが龍形態へと変貌することはなかった。
それを見届け、セフィールは猛烈な勢いで形振り舞わずメイルへと飛翔する。
同刻、怨嗟が漏れ出た詠唱が紡がれた。
「――『氷華』」
「……あー、あーー」
次の瞬間、紡がれた詠唱に呼応していき、意気軒昂と荒れ狂う魔力を射出しようとしていた大砲が、一斉に氷結する。
既に肝心の陣は破壊した。
これにより、もはや大砲はその役目を全うにすることはない。
「――覚悟しなさい、クソガキ」
「……詰んだのだ」
生憎、空洞の屋上は断崖絶壁。
そもそも、メイルに龍の血筋が流れているとはいえ、あくまでもハーフであるが故にその技量は必然本家の方が格段に上。
故に、たとえ大空へ飛翔しようが無意味だろう。
それを理解し、微動だにしないメイル。
メイルは急迫するセフィールに包まれるかのような立ち位置で仁王立ちしており、その瞳に諦観の気配は皆無。
(狂ったか?)
稀に、人間にも極限状態で狂乱してしまうような、そんな輩が存在するのだが、どうやらメイルもそれと同等だったようだ。
それにどこか落胆するセフィール。
否、そもそも正面から迫りくるセフィールに堂々と対抗しない時点で、その不貞腐れた性根は証明されたようなモノ。
「――分相応に、滅びよ」
「ふっ」
猛烈な殺意を周囲に撒き散らし、セフィールは疾風怒濤の勢いでメイルへと突撃していった。
ダンプカーが如く、メイルを文字通り圧殺してしまおうという算段なのかと、嫌に冷徹に分析するメイル。
そして――、
「お母さん。一つ、人生経験が豊富な娘から時代遅れな老害に、指南してあげよう」
「戯言をっ」
聞く必要のない、ただただ死刑執行を延長するためになんら考えなしの見切り発車で紡がれた声音だ。
故に、そのまま勢いを留めることもなくセフィールは突進していき――、
「ねえ、知ってる? ――人はね、呆気なくそれを真実だって、信じて疑わないんだよ?」
「――っ」
そう、悪魔さながら――否、悪魔の笑みをこぼしていったメイルは、口元にどこぞの傲慢野郎らしい不敵な笑みを浮かべながら、勅命を下す。
「沙織。――何もかも、壊しちゃって」
「――了解!」
そして、何気なく地面へ結果的にとはいえ落下し、ようやく覚醒した沙織は、セフィールの背後により、そびえ立つ幾多もの大砲を起動していった。
――直後、火花が舞い踊る。
……私って今何歳なのでしょうか。そろそろ、年甲斐もなくはしゃぐのも自重しなければならない年頃な気がしますが……きっと気のせいでしょう。
ちなみに作者はシャイなので海なんていう人がごった煮な場所にはいけません。無念!




