疑心暗鬼な
――『共振』。
魔術における三大バグの、一角。
そして、それが生じる絶対条件は――互いの魂が限りなく近い、つまること、血縁関係者であることだ。
「――お前の身体強化が私にも及んだ。この意味、分からないワケないのだ」
「……そういうことね」
流石に、それは盲点であった。
そもそも、『共振』はその厳しい条件故にそうありふれた品物ではなく、ただただインパクトが強すぎる類だ。
故に、さしもセフィールも経験が浅い。
それ故に、それを見落としてしまっていたのだろう。
なら――、
「――なら、どうするの?」
「――――」
そう、結局のところそれに尽きる。
仮にメイルがセフィールの正体を看破しようとも、自らの宿業に差異が生じることは、決してないのである。
故に、その気づきも不毛。
早々に切り捨てるセフィールへ、メイルは先刻までも魔王らしさはどこへたら、年相応の少女らしい表情で、紡ぐ。
「――私は、嬉しかったのだ」
「――――」
――その、愛の言葉を。
その声音に込められた万感もの想いに、さしもセフィールでさえ一時的に愕然と放心してしまっていた。
「……どういう意味なの?」
「――家族との他愛もない痴話喧嘩」
「――――」
その声音を受け、咄嗟位に思い浮かべるのは先刻のうざったいメイルを更生させようとするセフィールの一幕。
あれは、あくまで茶番だ。
互いの利益が一致したからこその、茶番。
もちろん、それを理解できない程にメイルという女の子は愚昧ではない。
でも、――否、だからこそ。
「……あのやり取り。アレを交わす最中、私の脳内は沸騰でもしたかのように覚束なかった。――だって、歓喜で胸がどうにかなってしまいそうだから」
「……理解できないわねえ」
「そう?」
「――――」
前述の通り、アレはどうしようもない茶番の類。
あのような他愛もないモノに見出すことのできる価値なんて欠片もなく、それ故に無情にもセフィールはその意見を拒絶した。
だが、メイルは心底不思議そうに小首を傾げるだけ。
その瞳に悪意などなく、ただただ純粋に疑心を抱いているのは明白――、
「どうして疑問に思うのだ? ――家族と駄弁る内容が他愛もないことに、何か問題でもあるのだ?」
「――――」
紡がれたその声音を聞き入れた瞬間――幻想してしまった。
――もし、また三人で食卓で談笑できたのなら。
そんな、どうしようもない想いが。
「それが!? それがどうしたの!? そんなモノ、一切合理性も感じないわ! ――至極、無駄よ!」
「無駄で何が悪いのだ?」
「――――」
「どうせ、この世界には無駄が溢れかえっているのなら。精々、自らそこへ向かうのと、偶然転倒する。それだけの差異なのだ」
「……! 極端すぎるわよっ」
「そうか?」
ちょっと何言ってるのか分からない的な表情でちょこんと、それはもうイラっと来る程に可愛らしい仕草で頭上に疑問符を浮かべるメイル。
「――どうせ、この世界に正解なんてない」
「――ッ」
「だって、私たちはその正解を求めて、時には見ないふりをしたりして、そうやって無駄に生きているんだから」
「――――」
「一度見つかったって確信を得た生き方も、見解を変えたらゴミ同然の品物なのかもしれない。……あげればキリがないな」
「……貴女は何が言いたいの?」
そんな押しつけがましい感情論を語るたって、何も――そう、本当に何もかもが変わるはずがないのに――。
「――疑うのだ」
「――――」
「この世界が欺瞞に満ちているのなら、一切合切を疑うのだ。誰かを、何かを――それこそ、自分自身を」
「――っ」
何もかもを見透かすような、そんな超然としたメイルの瞳に、まるで吸い込まれそうな錯覚に陥る。
何かを、告げられている。
だが、彼女が発した声音が余りにも抽象的すぎて、それがなになのかが、恐ろしい程に定かではない――、
「……私に、何を疑えと?」
「そんなこと聞かれてもどうしようもないのだ。そんなの、自分一人で勝手に探し出すのだ。他人から言われてやったって、そうやって見つけ出した星々が煌びやかな筈がない。少なくとも、私はそう考えているのだ」
「そう」
言いたいことは理解できた。
セフィールは一度メイルに表情を露見しないように俯き――そして、大地が猛烈な勢いで破裂する程の速力で、肉薄する。
「――死ね」
「――――」
セフィールは忍者を彷彿とさせる足取りにより、音もなくメイル死角へ忍び寄り、その胴体を切り裂こうとする。
振るわれた斬撃は極限にまで洗練されており、生半可な力量では防ぐことはおろか、目視さえもままならないだろう。
故に、結果は必然。
「――で?」
「――ッ!」
龍化、魔力強化、踏み込みをほぼ一瞬で済ませ、メイルは無音で急迫していったセフィールが放つ斬撃を爆音を奏でながら受け止める。
だが、今回は先刻の一撃とはワケが違う。
今回の戦い、最大の難点は言うまでもなく『共振』だ。
なにせ、互いの一挙手一投足が未知数の化学反応を齎してしまう。
現状、身体強化魔術の場合互いに打ち響くということを理解できたので、現状セフィールは身体強化を併用していない。
が、それでもなおその脚力は超一級。
龍としての血筋により齎せれた常人離れな肉体は、ブレス同様に魔術云々とは無関係であり、故に成立する音速じみたこの速力。
それを、メイルが見切った?
「ふんっ」
「――――」
メイルがバックステップと同時にセフィールへと目が覚めるような蹴り上げを披露し、靴底は顔面を強打。
「!?」
靴底との接触の瞬間、生じたインパクトに盛大にセフィールは目を剥く。
その由縁は、女性の御尊顔にさも当然とばかりに暴行を加えるその図太い神経に驚嘆――した、ワケではない。
問題なのは、その威力。
(重い!?)
メイルが放った蹴りは、先刻までの品物とは一線を画すようなモノであり、それこそセフィールさえも目を見張る程の。
だが、果たしてメイルにこんな余力が有ったか?
否、断じて否。
仮にメイルが自らに身体強化魔術を行使してしまえば、それに呼応してセフィールも相応に強靭な肉体を会得するだろう。
が、依然その気配はない。
ならば、龍としての才覚?
否、そのようなモノが存在するのならばさっさとそれを行使していればいいだけの話だし、隠蔽する利益が見当たらない。
ならば、一体全体何だというのか。
意味不明なブーストに頬を引き攣らせるセフィールへ、メイルは彼の幼馴染のように、どこまでも傲岸不遜な笑みを浮かべながら、告げる。
「――疑えと、そういったのだ」
「!?」
ブレたのは、メイルの姿形。
龍種として最高位たるセフィールさえも真面に視認することのできぬ程の速力で、メイルが跳ね飛んだのか。
それだけ余力を残していながら、何故今更。
「――知りたいのだ?」
「――ッッ‼」
はんば没頭してしまった思案の砂嵐より復帰していったセフィールは、なんら前触れなく頭上に生じた人影に目を剥く。
が、腐っても『龍』。
セフィールは精一杯驚愕しながらも、反射的にかざした扇を、なんとかその剛腕が振り落とされる寸前にかざすことに成功。
その直後に、脳天を揺るがすかのような衝撃が全身を駆け巡る。
「!? 何、この威力!」
「ご想像にお任せするのだ」
あの『赫狼』の業炎を浴びてもなお無傷同然であった扇に、先刻の一撃により、小さな、されど確かなる歪が。
(明らかに、強くなっている!?)
何故、何故とその契機を探り、模索していき――不意に、もっともそれらしい正答に辿り着くことに成功する。
それは、あまりにも単純明快で。
それ故に真っ先に除外したモノで。
だが、今抱くのは、その荒唐無稽な可能性に対する確信であった。
「――『術式改変』!」
「正ッ解」
そして――メイルが、一陣の疾風と化す。




