ひしめき合う魂
シャンフロも捨てがたいですね
「あ」
直後、間抜けな声音が途切れるタイミングと同刻、猛烈な衝撃が、メイルの頬を張り飛ばしていった。
どうやら、全身全霊の魔力が込められていたらしく、流星の如く、視界から消え失せるメイルさん。
が、流石にメイルも幹部レベル。
唐突な奇襲であろうとも容易く受け身を取り、なんとか激突により衝撃の一切合切を押し殺していく。
そして、叫んだ。
「この外道!」
どうやら空気を読まずに奇襲する輩は鬼畜認定されるらしい。
物凄くブーメランである。
と、そんなメイルへ、セフィールはとってもいい笑顔で中指を立て、
「ざまあ」
仰った。
それはもう、物凄く清々しい笑みで。
――プチンッ。
言うに及ばず、それは度重なる人道を無視した非人間的な道徳に背く蛮行にとっても憤慨するメイルさんの堪忍袋が切れた音で。
「――オマエヲ、コロス」
直後、メイルの輪郭が掻き消える。
そして、次の瞬間その常人離れの脚力を存分に発揮していき、電光石火が如き勢いでセフィールの死角しと跳躍する。
ついでとばかりにその両腕には龍鱗が生えており、鉤爪の鋭利さは名刀さながら。
それで人肉を撫でれば、容易く壮絶な惨状の出来上がりだ。
「――ッッ!」
「あらあら」
当たれば、の話だが。
メイルが大仰な動作により振るっていったその鉤爪を、セフィールはさも当然とばかりに軽々と扇で受け止める。
「くっ……! 扇で近接戦とか、お前正気なのだ!?」
「あらあら? なら、その正気じゃない奥義なんかに圧倒される貴女って、一体なんなんでしょうねえ?」
「あ”ぁ?」
煽る。
それはもう、物凄く煽る。
どうやら先刻の仕打ちをかなり根に持っているらしく、セフィールは妖艶な雰囲気を崩し、物凄くイラっとするような素敵な笑みを晒す。
もちろん、メイルはキレる。
「ふんぁっ‼」
「んん? 何? どうしたの? 力が全然入ってないわあ。あれ? もしかして、これで全力だったの? あらあら。私ったら、デリカシーないわねえ」
「――ッッ‼」
憎悪をあらわにするメイルの猛攻を、セフィールはのらりくらりと躱していく。
一方、メイルの残留魔力は次第に擦り減っているばかりだ。
セフィールは、あくまでも近接タイプ。
それ故にスズシロ・アキラや魔王のような魔術師たちとは異なり、本格的に魔術という学問を鍛えていない。
魔力は魔術の技量に比例して増大する。
上記のルーツにより、メイルの魔力はそこらの魔術師よりも大幅に下回るのだ。
故に――、
「あらあ? バテちゃったの?」
「……っ!」
疲労故に精彩を欠いたメイルの足首を、セフィールは遠慮することなく華麗に崩し、更に柔道の要領により投げ飛ばす。
転倒。
その直後に立ち上がろうとするメイルであったが――それよりもなお、扇という凶器を振りかざすセフィールの速力の方が速い。
「――ッッ」
「ふーん」
メイルはこれまで培ってきたモノのことごとくが一蹴されてしまう事実に歯噛みしながら、全力でバックステップ。
そして、額を掠めるようにして鋭利な氷細工の扇が通過する。
それと同時に、右腕にのせた少女の温もりも――、
「!?」
「この子は、頂くわ」
その妙に嫣然とした囁きを聞き入れ、妙齢の女性を刺客にいれた途端、否応なしに全てを把握する。
セフィールの腕には、彼女の豊満な乳房を枕代わりにしながら、安らかな、それはもう今にも昇天してしまいそうな表情で眠りにつく友人の姿が――、
「――沙織が犯される!」
「だから誤解よ!」
犯されるらしい。
メイルの戯言に息を荒げながらも、直後には扇で口元を隠し、心底愉快下にセフィールは目を細める。
「さて、これでようやく対等ねえ?」
「……っ!」
沙織という唯一無二のアドバンテージを喪失してしまった今、メイルは実質的に退路を断たれたこととなる。
おそらく、今この場で死にも狂いで逃走すれば、それは成功するだろう。
残留魔力は十二分。
全力で味方陣営の元に向かえば、あるいは。
だが、それを実行すれば、沙織は、沙織は……
「大人になっちゃうのだ……」
「誤解よ! 大いに誤解よ!」
このやり取り、何度続くのかしらんと小首を傾げながらも、セフィールは射抜くような眼光でメイルを睥睨する。
「さて。状況は理解できた?」
「……死ねって?」
「ええ。そういうことよ♡」
「……そんな笑顔で断言されても」
セフィールがメイルの天命を狩り尽くそうとしていることは、既に沙織から聞いてるし、それを阻止できないことも知っている。
絶対絶滅。
もはや、逆境どころの話ではない。
そして、メイルという少女はその外見に似合わず、希望を抱くことは何よりを不得手とした少女であった。
ならば――、
「ねえ。一つ聞いていい?」
「駄目だわ。さっさと死にないさい」
まさかの遺言却下。貴様は鬼か。
と、叫びたくなるが、セフィールが術式を構築し、氷柱の弾丸を放とうとするのを敏感に察知し、口を開いて、
「どうして私を捨てたの?――お母さん」
そう、問いかけた。
「……どういう意味かしら」
剣呑な眼差しで、否――まるで、何かを押し殺したかのようにぎこちない表情をするセフィールへ、メイルは問いかける。
メイルは、首肯することもなく、もう一度。紡ぐ。
「――どうして私を捨てたの?」
「……だから、それがどういう意味だって! 聞いてるのよ!」
「――――」
一応、沙織がメイルに対して自らに素性を密告している可能性もあった。
だが、あの性格だ。
更に、なんでもメイルは愚かしくも自らの肉親を探し求め、その再開に思いを馳せ魔王軍に参入していたらしい。
それ故に、メイルのショックを考慮すれば必然口にはしない。
そう、判断していた。
が、どうやらそれはセフィールの履き違えで――、
「――訂正するのだ、母さん」
「――――」
「私は別に沙織からお前の素性を聞き入れたワケじゃない。沙織も言い出すか否かを葛藤していたが、結局言い出せていなかったのだ」
「な、ならどうして……」
「そんなの、決まっているのだ」
「――――」
毅然としたメイルの眼差しに思わず押し黙るセフィールを無視し、滔々とそれを語る。
「お前に風穴を空けれたあの時。私の意識は朦朧としていて、それこそ走馬灯さえ垣間見てしまったのだ。つくづく、深くなのだ」
「――――」
その、なんら関係性のない話に、それがどうしたと、そう問いかけようとした次の瞬間、目を剥くこととなる。
「――その走馬灯の中に、お前が居た」
「――――」
「あの時、私は背後から刺された。つまり、お前の顔面はまだ確認できていなかったのだ。それなのに、お前は居た」
「――――」
「時期は、私が赤ん坊の頃。お前と、見知らぬ男が仲睦まじく私を大事そうに抱きしめていた記憶は、存外懐かしかったぞ」
「……証拠は、それだけ?」
「――。ふっ」
明らかに狼狽するセフィールを鼻で笑い、メイルはドクドクと今もなお拍動する魔力回路を一瞥し、断言する。
「――お前を前にすると、血が沸く」
「――――」
「それこそ、泥酔でもしたように視界がおぼろげになり、脳内が真面に機能しなくなっていた。――決定的なのは、お前が身体強化を行使した瞬間なのだ」
「……まさかっ」
ようやくその解答に思い至ったセフィールへ、メイルはどこか物悲し気な表情で、そう宣言していく。
「そう。お前が身体強化魔術を行使した途端――私の身体能力も、今までにない程に上昇していった」
「――ッッ!」
――それは、類似する魂にのみ生じる現象。
ひしめき合うのは兄弟――あるいは、肉親に近し関係性の者である。
「――『共振』ッ‼」
「ビンゴ」
そう。
それこそが、何よりをも証拠であった。
ちなみに、『共振』は術式改変には適用しません。
その理由はまた後程。いかんせん、時間がないので




